いま、マクラーレンという選択肢がおもしろい|アルトゥーラ・スパイダーと750Sスパイダーを乗り比べ

マクラーレンというブランドには畏敬の念を抱かされる。レーシングカー・コンストラクターとしての華々しい歴史と、英国発という真摯なイメージ。そして何よりも私自身が知るマクラーレンオーナーが皆、運転がとても上手いということが、ブランド信用の証になっている。

【画像】異なるシチュエーションでマクラーレン・アルトゥーラ・スパイダーと750Sスパイダーを比較(写真43点)

さて、ちょうど良いタイミングでマクラーレンというブランドが現在提示し得る魅力的な二つの最適解、アルトゥーラ・スパイダーと750Sスパイダーを都内から高速道路にかけて連続して連れ出した体験は極めて示唆に富むものであった。

マクラーレンのラインナップは、アルティメットシリーズのW1を筆頭に、4リッターV8エンジンを搭載する750SシリーズやGTS、そして3リッターV6エンジンにプラグインハイブリッドを組み合わせたアルトゥーラなどによって構成されている。しかしマクラーレンは750SおよびGTSについては、日本の道路運送車両法の保安基準である自動ブレーキ(衝突被害軽減ブレーキ)搭載義務化の猶予期間終了にともない、日本マーケット向けの生産は2026年6月末をもって終了することが決定している。法規制への対応を鑑みれば今後はアルトゥーラがその中核を担うことになり、純粋な内燃機関モデルを新車で味わえる時間は残り僅かとなっているのが実情だ。

 

アルトゥーラ・スパイダーの未来を先取りする洗練

早朝の虎ノ門。静寂に包まれた駐車場から、まずはアルトゥーラ・スパイダーを始動させる。ここで特筆すべきは、ハイブリッド・パワートレインがもたらす”知性”である。EVモードでの発進は初爆のおどろおどろしさとへ無縁であり、都心の入り組んだ路地や住宅街を抜ける際も、通行人や近隣住民に威圧感を与えることがない。このステルス性こそが、現代の都市部におけるスーパーカーの新しいマナーといえるだろう。

丸の内へ向かい、歴史的なビル群を背景にした撮影シーンでは、その流麗なフォルムが朝の光に映える。ルーフを解放し、時速50km/hまでであれば走行中も開閉可能なリトラクタブル・ハードトップを作動させると、都会の凛とした空気がコクピットを包み込む。3.0リッターV6ツインターボエンジンとモーターの組み合わせは、最高出力700PS、最大トルク720Nmを誇る。

特筆すべきは、モーターがエンジンのトルクの谷間を埋める「トルクフィル」の効果だ。アクセルを微細に踏み込んだ瞬間から最大トルクが発生する感覚は、大排気量NAエンジンにも似たリニアリティを実現している。首都高速の合流地点でスロットルを大きく開ければ、それまでの静寂は一変し、乾いたV6サウンドが背後から響き渡る。0-100km/h加速3.0秒という数値は異次元だが、その加速感はあくまで滑らか。新設計の8速DCTは電撃的なシフトをこなしつつもショックを最小限に抑え、東名高速でのクルージングにおいては極上の快適性を提供してくれた。

750Sスパイダーは研ぎ澄まされた純粋性

アルトゥーラから乗り換えた750Sスパイダーは、コクピットに収まった瞬間からそのキャラクターの違いを明確にする。バケットシートは身体をタイトに拘束し、周囲の風景すらもドライバーの集中力を高めるための背景へと変えてしまう。

750Sは、先代の720Sからさらなる軽量化を果たし、4.0リッターV8ツインターボエンジンは750PSへと強化された。アクセルを踏み込んだ際の瞬発力は暴力的なまでに鋭く、0-100km/h加速2.8秒という加速は、脳に直接信号が送り込まれるような衝撃をともなう。V8特有の重厚な咆哮が、オープンにした頭上からダイレクトに突き抜けていく快感は、電動化モデルでは決して味わえない官能性だ。

しかし、このマシンの真の驚きは、そのスパルタンな佇まいからは想像もつかない「懐の深さ」にある。マクラーレンの代名詞である「プロアクティブ・シャシー・コントロール(PCC)」の恩恵により、サスペンションとパワートレインを個別に調整することで、750Sは二つの顔を見せる。

都内の荒れたアスファルトでは、サスペンションを「Comfort」に設定することで、路面の凹凸を魔法のようにいなし、不快な突き上げを完全に遮断する。バケットシートの硬さを忘れさせるほどしなやかな乗り心地は、やや誇張すれば「魔法の絨毯」のようだ。一方で「Sport」や「Track」に切り替えた瞬間、ステアリングは剃刀のような鋭さを持ち、首都高のタイトなコーナーを磁石で吸い付くかのように駆け抜けていく。この二面性こそが、750Sが世界最高峰の評価を受ける所以である。

二つのスパイダーが描く地平

あらためてマクラーレンのロードカーを俯瞰すると、そこには一貫した哲学が流れていることがわかる。全モデルが軽量・高剛性なカーボンモノコックを採用し、ミドシップの後輪駆動を貫く。これらの要素がもたらす、他ブランドとは一線を画す”マクラーレンらしさ”は今回の試乗でも色濃く感じることができた。

都内、首都高、そして東名高速。異なるシチュエーションでこの2台を比較して見えてきたのは、マクラーレンが目指す妥協なき二律背反の解消である。

アルトゥーラ・スパイダーは、最新のテクノロジーを駆使して「静」と「動」をシームレスに繋ぎ、スーパーカーを日常の風景へと昇華させた。それは、都市の知的なライフスタイルに寄り添う、新時代のアイコンである。

対して750Sスパイダーは、内燃機関の極致を追求し、ドライバーの五感を極限まで刺激することに特化している。それでいて、緻密な電子制御によって日常の移動すらも豊かな体験へと変えてしまう。

生産終了が迫るV8モデルの純粋な熱狂か、あるいはハイブリッドが切り拓く新たな洗練か。どちらのハンドルを握ろうとも、そこにはカーボンモノコックとミドシップ・RWDという不変の骨格がもたらす、マクラーレン特有の”濃密な対話”が約束されている。オープンエアの下で味わうその体験は、まさに自動車工学が到達したひとつの頂点と言える。いまマクラーレンを選ぶという選択肢は、実にアリだ。

文:堀江史朗(オクタン日本版) 写真:佐藤亮太

Words: Shiro HORIE (Octane Japan) Photography: Ryota SATO