チーム・タイサンのポルシェ911GT3 Rがモナコで開催されたオークションに登場!

1999年3月、ポルシェはジュネーヴ・モーターショーで911GT3(996型)をデビューさせた。自然吸気エンジンを搭載したホモロゲーション・スペシャルで、かつての2.7カレラRSの現代的な後継車として登場した同車は、公道走行も可能なモデルであった。その後、間もなくして911GT3をベースにした競技車両、「911GT3 R」が投入された。

【画像】ル・マン24時間レースでも活躍した、チーム・タイサンのポルシェ911GT3-R(写真30点)

そんな車が去る4月24日、モナコで開催されたボナムスのオークションに登場した。モナコ・ヒストリックグランプリと併催して開催されたオークションに相応しいレース車両の出品である。

しかも、この車は911GT3 Rの生産第一号車である。そして、黒と赤を基調としたボディカラーに「TAISAN」の文字に懐かしさを覚える。そう、この車両は日本のチーム・タイサンがGT300やル・マンで走らせていた”そのもの”である。

3598ccの水平対向6気筒エンジンは8200rpmで415〜420馬力を発揮し、6速シーケンシャル・ゲトラグ製トランスミッションと組み合わされた。GT3-Rの総生産台数はわずか66台。当該車両は1999年8月2日、チーム・タイサンに納車された。FIAホモロゲーション番号はN-GT 002。

1983年に千葉奏常(故人)によって設立されたチーム・タイサンは、日本のモータースポーツ界を代表するチームとして長年活躍してきた。JGTC(全日本GT選手権)に長年参戦し、8度のチーム・チャンピオンシップと4度のドライバーズ・チャンピオンシップを獲得。

そんなチーム・タイサンの存在を世界に知らしめたのが、この911GT3-Rだったと言っても言い過ぎではない。タイサンは2000年から2003年にかけて4年連続でGT300チーム・チャンピオンシップを制覇し、2000年には福山英朗がドライバーズ・チャンピオンにも輝いた。

そして2000年、タイサンは初出場となるル・マン24時間レースにこの911GT3-Rを持ち込んだ。福山英朗、余郷敦、ブルーノ・ランベールの3名がステアリングを握り、GTクラスにおいて6周差で制圧するという圧倒的な勝利を収めた。チーム・タイサンの国際的な名声を不動のものにした瞬間である。

オークションに出品されている911 GT3-Rは、当時のレースカラーリングをそのまま維持している。フロントから見ると黒、リアから見ると赤と独特なカラーリングは、メインスポンサーであったヨコハマタイヤのADVANブランド・カラーである。余談だが、昨今のスーパーカーが超高額オプションで用意している”グラデーションカラー”はチーム・タイサン車両からインスピレーションを受けたのではないか、と思わせてくれる。

コレクターの世界では「最初」、「最後」、「優勝」などが重んじられる。その点、チーム・タイサンの911GT3 Rは「生産第一号車」、「ル・マン24時間初参戦&優勝」となかなか”強め”のキーワードが揃っていた。そして、予想落札価格は30万~35万ユーロ(約5,600万円~約6,500万円)が掲げられていた。

気になる競りは最低落札価格に満たず”流れ”た。GTクラス優勝ではまだ評価されないのか、はたまた日本のレース史に疎いヨーロッパのバイヤーには、チーム・タイサンという名前がまだ響かなかったのか。理由は定かではない。

ただ、この車両の価値が揺らぐわけではない。

生産第一号車であり、ル・マン24時間を制したマシンであるという事実は、落札価格がつこうとつくまいと変わらない。そして「流れた」ということは、いつかまた市場に出てくる可能性があるということでもある。次に競りにかけられる日、今度は日本のコレクターがその場にいることを願いたい。

文:古賀貴司(自動車王国) Words: Takashi KOGA (carkingdom)