リナス=モンレリ発、第33回ラリー・ド・パリ始動

4月の朝、パリ郊外リナス=モンレリのオートドロームに、今年もエンジン音が響いた。ラリー・ド・パリ、第33回の幕開けだ。

【画像】ポルシェ904やフェラーリF40から、最新スーパーカーまで!幅広いカテゴリの名車が集結(写真36点)

主催するのはパリを拠点とするRallyStory。1987年の創設以来、クラシックカーとスポーツカーの愛好家たちに向けてプレステージ・ラリーを企画し続けてきた老舗オーガナイザーだ。看板イベントであるラリー・ド・パリは、その中でも最も歴史が長く、フランスのクラシックカー・カレンダーにおける重要な一戦として定着している。同社はラリー・ド・パリのほかにも、往年のアルプスの激闘を現代に甦らせたクープ・デ・ザルプ、コルシカ島を舞台とするトロフェ・アン・コルス、マラケシュ・ツアー、そしてポルシェ専用イベントのフラット6ラリーを手掛け、自動車文化の多様な側面を丁寧にすくい取るイベント群を形成してきた。

3つのクラスと、広い間口

ラリー・ド・パリの参加資格は、大きく二つの軸で構成されている。クラシック部門は製造年によって三つのカテゴリーに分かれ、クラス1が1945年から1965年、クラス2が1966年から1972年、クラス3が1973年から1992年の車両を対象とする。これに加えてGT部門が設けられており、1997年以降に製造されたスポーツカー、グランツーリスモ、スーパーカーがGT1からGT3の三クラスに分類される。アルファロメオ、アルピーヌ、アストンマーティン、フェラーリ、ランボルギーニ、マクラーレン、ポルシェといった欧州の主要スポーツカーメーカーはほぼ全モデルが対象となり、KTMやドンケルフォールトといった少量生産メーカーも名を連ねる。

この幅広い受け入れ態勢こそが、ラリー・ド・パリの個性を決定づけている。1950年代のオースティン・ヒーレーと最新のフェラーリ296 GTBが同じスターティングリストに並ぶ光景は、タイムアタックでもコンクール・デレガンスでもなく、自動車そのものを愛でることを目的とするこのイベントならではのものだ。参加費は1エキップあたり2,850ユーロで、両サーキットへのアクセス、ドーヴィルのロワイヤル・バリエール・ホテルでの宿泊、3食、ラリー機材、荷物輸送、メカニカルアシスタンスを含む。

モンレリからドーヴィル、そしてル・マンへ

今年のコースは4月11日・12日の2日間、総延長435キロ。1日目の4月11日はモンレリでのサーキット走行ののち、シュヴルーズ渓谷とノルマンディの道を辿る230キロのルートでドーヴィルへ向かい、ロワイヤル・バリエール・ホテルでの夕食と宿泊で締めくくる。2日目の12日はペイ・ドージュとペルシュ地方を経由してル・マンへ向かう205キロのステージで、ビュガッティ・サーキットでのセッションと、恒例の「ル・マン式スタート」で幕を下ろす。

いずれのルートも、速度ではなく景観と運転の質を重視して選ばれた道だ。RallyStoryが30年以上にわたってこだわり続けてきた「ラリー・スタイルの路面と、美しい風景」という二つの条件が、ここにも貫かれている。参加者は競うためではなく、走ること自体を楽しむために集まる。それがこのイベントの根幹にある思想だ。

4月11日、モンレリにて

4月11日、当日のパドックには、アンドラ公国から参加したKTM X-Bow GT-XR、モナコ登録のフェラーリF40、スペインから乗り込んだトヨタGRヤリス、ドイツから走り継いできたモーガン・プラスフォーと、国籍も時代も異なる顔ぶれが揃った。オフィシャルパートナーのBARNES CarJagerとパリの各ディーラーもフェラーリ・ローマ、マクラーレン・アルトゥーラ、マセラティMC20チェロを持ち込み、会場に華を添えた。今年の参加台数は約80台。1950年代の英国製ロードスターから最新のハイパーカーまでが同じ空気を吸うモンレリの朝は、33年の歴史が証明してきたとおり、自動車文化の豊かさをそのまま映し出す場となった。

午前のサーキットセッションでは、ポルシェ904カレラGTSが先頭に立つプラトーから最新のランボルギーニ・テメラリオまでが順次コースに送り出された。1号車オースティン・ヒーレー3000がバンクを駆け抜ける傍ら、5号車ポルシェ944がシケインのコーンを引きずって戻ってくるという微笑ましい一幕もあった。

そして正午、最大の演出が待っていた。シケインが撤去されたホームストレートに、モナコを拠点に活動する元ランチア・ワークスドライバー、ラウル・マルキジオ通称「イル・プロフェッソーレ」がF40で登場。リアタイヤを白煙に包みながらのデモンストレーションで午前の締めくくりとした。

その後全車がコース上でパレードを行い、コントロールタワーから見下ろすホームストレートは80台余りの車両で埋め尽くされた。昼食を終えた隊列はモンレリのゲートをくぐり抜け、ノルマンディのドーヴィルへと向かう230キロの旅へと走り出した。

写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI