すでに映画化も発表された連続テレビ小説『虎に翼』のスピンオフドラマ『山田轟法律事務所』(NHK総合)が3月20日に放送された。これまで弱き者の声なき声を果敢に取り上げてきた同シリーズの脚本家・吉田恵里香氏にインタビュー。主人公は伊藤沙莉演じる佐田寅子ではなく、土居志央梨演じる明律大学女子部の同期・山田よねだ。よねの目線で描かれる、かなり攻めた内容の物語に、改めて吉田氏の気概を感じつつ、大いに心を揺さぶられた。そして、吉田氏の「私自身はエンタメでできる力を信じている」という言葉がより説得力をもって響く。
本作では、戦後の混乱期を舞台に、よねと、のちに彼女とタッグを組むことになる同大学卒の轟太一(戸塚純貴)とのバックストーリーが、弁護士の視点から語られていく。朝ドラ本編では描かれなかった、戦災孤児や体を売る女性の実情や、部落差別の問題。それらは、不遇な家庭環境でサバイバルをしてきたよねの目線だからこそ語ることができたと吉田氏は語る。また、『虎に翼』を象徴する憲法14条の「法の下の平等」というテーマがこれまで以上に浮き彫りになっていく。
終戦直後を舞台にした理由
――まずは、終戦直後の混乱期を舞台にした理由からお聞かせください。
よねと轟は、本編でもかなり描かれている人物ですが、今回は寅子が知らない=視聴者が知らないところを描くことに意味があるなと思いました。『虎に翼』では作品の構造上、寅子の人生からは描けなかった、生活のために体を売らなければならない女性たちの物語をポンと飛ばしてしまったので、今回はそこをきちんと描きたかった。また、『虎に翼』は憲法14条を掲げている作品なので、取りこぼしていたものをどれだけ入れるかということは、自分に課した課題の1つでもありました。
――よねの視点から見た物語は、かなり壮絶でした。
寅子は私も大好きなキャラクターですが、いわば彼女は恵まれている“ド・マジョリティ”の人間です。でも、よねは寅子と違い、いろんな地獄を見てきました。寅子からは見えない世界、憲法14条の重みを、よねへの思いを馳せて書いた形です。
――今回の脚本を書く上で苦労された点とは?
寅子の場合は、自分が何かつらい思いをしてなくても、その問題に首を突っ込んでいくし、そこが彼女の素晴らしいところです。でも、よねは自分に何か怒りを向けられないと走り出せない人。少なくとも、轟とタッグを組む前のよねは、そうでした。だから物語が転がらず、どんどん暗くなっていくので、それを明るく上げていくのに苦労しました。特に今回は題材の一個一個がけっこう重たいものを扱っているので、考証の先生や監督の梛川(善郎)さんからいろんな資料をいただいて読みこみ、すごく悩みながら作り上げていった感じです。
怒らなくてはいけないから立ち上がる
――戦災孤児や体を売って身を立てる女性についても赤裸々に描かれています。
生活のために体を売らなくてはならない当時の女性たちを描く時、すごく強く世の中を生きたかっこいい女性というふうにポジティブにコーティングし、苦い部分を見せない描き方がすごく多い気がしています。いわゆるセックスワーカーの方とか、性にまつわることを軽く描くことに、自分は手を貸したくなくて。いろいろ調べましたが、それはきっと無駄にならないと思い、実際にそれらを反映して書きました。
――被差別部落の方が「名字を変えたい」と相談に来るエピソードも印象深かったです。
被差別部落の方の話は、朝ドラでは描けなかったことです。でも、その方々は憲法14条によって支えられ、権利を得てきた背景がある方々だと思っているので、そこを絶対に書きたい気持ちがあって。専門家にもお知恵をいただき、いろいろ相談しながら作りました。『虎に翼』の前提がなかったら描けなかったことでもありますが、描き方が本当に難しくて。それでも『虎に翼』は人権を扱った作品なので、描くべきだと思い、シナリオの打ち合わせの時にみんなで相当悩みました。
――激怒したよねが「自分だって本当は怒りたくないし、好きで不機嫌でいるわけではない」という台詞が心に刺さりました。
世の中では、声を上げる人が「この人は強いから」とか、好きで怒っていると捉えられ、声を上げるという行為が少し過小評価されてしまう感じがします。でも、よねだって、別に怒りたくて怒っているのではなく、怒らなくてはいけないから立ち上がっているだけのことで。今回は、よねが主役なので、そこを言葉で伝えたいと思いました。
よねは、理想を掲げているけど、理想の角度が寅子とは違います。寅子は本当にそういう社会が来ることを祈っている人だと思いますが、よねは、そうなればいいけど、たぶんそういう社会を自分が生きているうちに見ることはないだろうと思っている人。すでに諦めてしまっているので、そこをゴールにしてはいないから、どこまでも怒り、自分が何を言えるかを考えている人物です。
理想は「0が1になる物語」
――劇中で、特に思い入れのあるシーンについて教えてください。
よねの信念は綺麗事ですが、行動は割とそうじゃない。怒って小橋(名村辰)の股間を蹴っちゃったりと、暴力にもいってしまう人です。だから大切なメッセージを言うときも、あまり聖人にはしたくなくて。例えば、よねが水谷(大谷亮介)にお酒を吹きかけるシーンもそうです。よねは、正しく怒るけれど、人にはグラデーションがあるから、その中で時にははみ出してしまう思いや怒りみたいなものもあっていいのではないかと。
私は作品の中で、常に自分が言っていることの“否定”もしなきゃいけないと思っています。マスターには「正しく怒れ」と言われたよねですが、彼女なりの正しい怒り方があれです。世間がどうというよりも、自分の中の正しい怒り方を爆発させてほしかった。あのシーンを考えつくまでにはけっこう悩み、ちょっと泥臭いよねにしましたが、自分でも気に入っているシーンです。
――よねが、司法試験を受けるかどうかを逡巡するシーンで、もしも寅子がそばにいたら、よねを猛烈に応援するという妄想シーンが実に愉快でした!
『虎に翼』の主役は寅子なので、スピンオフでも、寅子は出したいと思っていました。この時代の寅子は落ち込んで沈んでいますが、きっと視聴者が見たい寅子は、ああいう元気でウザい寅子かなと(笑)。『虎に翼』では脳内会議をするシーンなどはありましたが、寅子の目線だと、彼女自身が妄想で出てくることはあまりなかったから、今回そこを描けてよかったです。
――そういうユーモアを入れ込む際のさじ加減についてもお聞かせください。
私自身は、エンタメを作る人だと思っています。もちろんシリアスに、ノンフィクション的な物語を描くこともあるし、それでしか届かない作品も絶対にあると思いますが。ただ、私の理想は、1ある知識を100にする物語よりも、0が1になる物語というか、みんなが無自覚で、知らなかったことが1とか0.1になって興味を持ってくれる物語にすること。そういう意味で、間口を広げるために、ユーモアやポップさは必ず必要です。すごくエモーショナルになりそうなところこそ、笑いがあることが大事だから、今回、よねだけだとユーモアが作れないとも思ったので、寅ちゃんのシーンを書けてすごく楽しかったです。
ちなみに、関心を持ってもらえば、あとは勝手に調べてくれるだろうし、それをポジティブではなくネガティブに捉えられてもどっちでもいいんです。私は、そこから広がってくれるきっかけを作る物語に、ここ10年ぐらいこだわってきました。
『虎に翼』を作って「本当に良かったな」
――現時点で、2027年公開の映画について構想があればお聞かせください。
映画はやっぱ寅ちゃんが主役なので、シリアスではなくポップにならざるを得ないから、また全然違ったテイストの作品になると思います。
――では、映画化に至るまで、本作が支持された理由をどう捉えていますか?
世の中があまり希望に向かっていないからこそ、エンタメの力で、声を上げていいんだと思ってもらい、作品に寄り添ってもらえたことが大きかったのかなと。残念ながら「日に日に世界は悪くなる」気がしており、今ここで立ち上がらないと、次の世代で苦しむ人が出るから、という思いで動いている人もたくさんいると思います。
――『虎に翼』放送以降、目をつむってはいけないことは、ちゃんと声を上げていこうという女性や弱い人たちの気運が少しだけ高まった気がします。
確かにそこは感じます。『虎に翼』本編で「どの地獄で、何と戦いたいのか、決めるのは彼女だ」というよねのセリフがありましたが、それを経て、「声を上げることに参加します」とか、「こういうことを話すコミュニティができました」という報告をいただいたり、何かしらの権利を訴える裁判を起こしている最中の方から「心折れそうな時に『虎に翼』を見れてよかったです」と言っていただいたりしました。そういう自分のことを話してくださる感想もたくさんいただけることがとても幸せだし、自分の中では『虎に翼』を作って本当に良かったなと思えています。
――『虎に翼』は、ご自身のキャリアの中でどういう存在になりましたか?
間違いなく今、現段階での自分の代表作です。最悪、『虎に翼』を書き切ったから、もしも今後、何かあって作家をやめたとしてもいいやと思えたくらい、何か1個、自分の中で大きいものを残せたなとは思っています。でも、『虎に翼』に限らず、常にベストを尽くして、作品に向き合っているつもりではあるので。また、『虎に翼』のスピンオフをやりませんか? と、誰かが言ってくれたらいいなとも思っていますし、引き続き、自分が書く物語を誠実に、なるべく面白いものを書くことを頑張っていけたらいいなと思います。
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