テレビ画面を注視していたかどうかが分かる視聴データを独自に取得・分析するREVISIOでは、22日に放送されたNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』(総合 毎週日曜20:00~ ほか)の第7話「決死の築城作戦」の視聴分析をまとめた。
「うん、いける! いけるぞ小一郎!」
最も注目されたのは20時15分で、注目度73.1%。小一郎(仲野太賀)が墨俣に一夜で城を築く方法を思いついたシーンだ。
尾張を統一した織田信長(小栗旬)は、いよいよ美濃への本格的な侵攻を決断する。そのための足掛かりとして、まずは墨俣に城を建てる必要があった。柴田勝家(山口馬木也)が藤吉郎(池松壮亮)に先んじて名乗りを上げたものの、結果は惨憺たるものに終わった。
そこで藤吉郎は再び名乗りを上げ、小一郎とともに動き出す。集めた情報によれば、墨俣は斎藤方からは丸見えであり、城が完成する直前に襲撃を受け、妨害されるということだった。勝家から敵は斎藤ではなく「とき」だと助言を受けた藤吉郎は、屋敷で弥助(上川周作)と甚助(前原瑞樹)を加わえ、美濃の地図を睨み策を練る。数日で仕上げることができれば敵も油断するかもしれないが、通常城を築くには一月はかかる。「敵は時とは、そういうことじゃったか!」藤吉郎は勝家の言葉の真意を悟った。
空腹を感じた藤吉郎は、妻の寧々(浜辺美波)を呼んで食事の用意を命じる。突然の要求に戸惑う寧々だが、「汁でよければすぐできるよ。下ごしらえしといたネギと里芋があるからね。それをみそとあわせるだけだで」と、藤吉郎の母・なか(坂井真紀)が助け舟を出した。その母の言葉に「それじゃ、汁も砦もおんなじじゃ! あらかじめ下ごしらえをしておいて一息にそれを合わせる。そうすればさほど時をかけずに造ることができよう」と、何かをひらめいた小一郎。否定的な弥助に対し、「これじゃ。ここで砦を造る材木を切り出し、運べるギリギリの大きさまで先に組んでおくのじゃ」と地図を指さしながら説明する。「あとはそれを川を使って墨俣まで運び、一気に組み上げる!」「うん、いける! いけるぞ小一郎!」小一郎の妙案に藤吉郎も顔をほころばせる。
「いや、しかしそのためには…」と渋る甚助に「川並衆を手なずけねばならぬ」と小一郎がうなずいた。「すまぬが、汁はなしじゃ。早速、これから話をつけに参ろう」そう言って立ち上がった藤吉郎の頭の中には、すでに墨俣城が出来上がっていた。
息の合った豊臣兄弟にコメント続々
このシーンは、有名な墨俣の一夜城のエピソードに、視聴者の注目が集まったと考えられる。
念願の尾張統一を成し遂げた信長は美濃の攻略に乗り出すが、美濃の国主・斎藤龍興(濱田龍臣)がその前に立ちはだかる。要地である墨俣に橋頭堡を築けと命じられた築藤吉郎と小一郎は、斎藤側の横やりが入る前に砦を完成させる策を思いつき、川並衆を味方につけるべく、川並衆とゆかりのある前野長康(渋谷謙人)とともに木曽川へ向かった。
SNSでは「日常のさりげない1コマから策を思いついた小一郎、さすがだな」「思いついたら即行動なフットワークの軽さが出世には重要だよね」「勝家ですら失敗したのにひるまない藤吉郎は大物だな」と息の合った豊臣兄弟にコメントが集まった。
藤吉郎の立身出世のエピソードとして有名な墨俣の一夜城は、実は『信長公記』などの一次史料に記載がなく、後世の軍記物による脚色が強いとされている。1959(昭和34)年に発見された前野家の古文書・武功夜話には一夜城の詳細が記録されているが信憑性は疑問視されており、事実であったかどうかは意見が分かれるところだ。
川並衆は木曽川流域で水運・河岸管理・物流を担った在地の土豪。川の流れ・筏流し・舟運・荷揚げなどに精通しており、前線の砦づくりを支える重要な役割を果たした。木曽川は美濃・尾張の境界を流れて伊勢湾へ注ぐ大河。全長約229kmにおよぶ国内有数の河川で、流域は古くから交通・物流・農業の要衝だった。犬山・鵜沼・猿啄などの城が川沿いに築かれ、侵攻を防ぐ防衛帯を形成していた。戦国期の木曽川は現在の境川筋が本流であり、現在の木曽川の位置には大河は流れていなかったとされている。

