
プロ野球は3月の開幕戦に向け、各球団が春季キャンプの真っ最中だ。新天地での飛躍を誓う者、レギュラー奪取に燃える者など、各選手がアピールを続ける場となっている。しかし、過去には開幕前にトレード移籍を経験した選手も存在する。2021年3月には、巨人の13勝左腕が同一リーグへトレード移籍となった。[1/6ページ]
話題を呼んだ13勝左腕の移籍
田口麗斗
[caption id="attachment_190066" align="alignnone" width="530"] 東京ヤクルトスワローズの田口麗斗(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:左投左打
・経歴:広島新庄高
・ドラフト:2013年ドラフト3位
・NPB通算成績(2025年時点):367試合登板、47勝57敗44セーブ68ホールド、防御率3.32
読売ジャイアンツからのトレード移籍が発表された際、大きな話題を集めたのが田口麗斗である。
田口は広島新庄高から巨人入り。高卒3年目の2016年に頭角を現し、先発ローテーションの一角として10勝を挙げた。翌2017年には13勝を積み重ね、第1回アジアプロ野球チャンピオンシップで日本代表を経験した。
しかし、2018年は不調に陥り2勝8敗と大きく負け越し。その後はリリーフを主戦場とするも圧倒的なピッチングが見られず、2021年3月にトレードが発表。東京ヤクルトスワローズに移籍した。
ヤクルトでの1年目は結果を残せなかったが、2022年はセットアッパーに定着。45試合に登板して防御率1.25と見事な復活劇を見せた。
その後も抑え、リリーフとして奮闘している田口。結果的にはトレードが成功した選手と言えるだろう。
プロ野球は3月の開幕戦に向け、各球団が春季キャンプの真っ最中だ。新天地での飛躍を誓う者、レギュラー奪取に燃える者など、各選手がアピールを続ける場となっている。しかし、過去には開幕前にトレード移籍を経験した選手も存在する。2021年2月には、日本ハムの和製大砲候補として期待された野手がトレード移籍した。[2/6ページ]
かつての和製大砲候補
横尾俊建
[caption id="attachment_249782" align="alignnone" width="530"] 楽天時代の横尾俊建(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:右投右打
・経歴:日大三高 - 慶応大
・ドラフト:2015年ドラフト6位
・NPB通算成績:286試合出場、打率.211、21本塁打、71打点
和製大砲候補としての活躍を期待された横尾俊建も、春季キャンプから開幕までの間にトレードを経験した。
東京の名門・日大三高で4番に座り、2011年夏の甲子園で優勝。卒業後は慶応大に進み、大学でも一発を量産するなど、アマチュア時代からその長打力は際立っていた。
北海道日本ハムファイターズにドラフト6位で入団した横尾は、プロ1年目からファームで15本塁打。十分なパンチ力を見せつけると、プロ2年目には一軍で7本塁打をマークした。
翌2018年には自己最多となる74試合に出場し、キャリアハイとなる9本塁打をマーク。将来のクリーンアップ定着を期待させたが、2019年を境に成績が下降。そして2021年2月、トレードで東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍となった。
新天地でのブレイクを図ったものの、楽天でも出場機会が増えず。2023年に戦力外通告を受け、引退を発表した。
プロ野球は3月の開幕戦に向け、各球団が春季キャンプの真っ最中だ。新天地での飛躍を誓う者、レギュラー奪取に燃える者など、各選手がアピールを続ける場となっている。しかし、過去には開幕前にトレード移籍を経験した選手も存在する。かつて阪神で活躍したサウスポーも、2018年3月にトレード移籍を経験した。[3/6ページ]
トレードが生んだ“復活劇”
榎田大樹
[caption id="attachment_156616" align="alignnone" width="530"] 西武時代の榎田大樹(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:左投左打
・経歴:小林西高 - 福岡大 - 東京ガス
・ドラフト:2010年ドラフト1位
・NPB通算成績:237試合登板、29勝25敗3セーブ60ホールド、防御率4.16
阪神タイガースで活躍したのち、埼玉西武ライオンズに移籍した榎田大樹。榎田のトレードもまた、開幕前の期間だった。
阪神からドラフト1位指名を受けて入団。プロ1年目からその実力を遺憾なく発揮し、62試合に登板して36ホールドポイント、防御率2.27という抜群の成績を残した。
翌2012年も48試合に登板して24ホールドポイント、防御率2.34をマーク。ところが、翌年以降は大きく成績を落とし、2015年に至っては防御率10.38とまさかの成績に終わった。
ルーキーイヤーほどのパフォーマンスを見せられないまま、2018年3月にトレード移籍が発表。西武に移籍した結果、2018年はキャリアハイの11勝を挙げる奮闘を見せた。
その後は徐々に登板機会を減らし、2022年1月に引退を発表。ただ、両球団で活躍した榎田の姿は、印象に残るものだった。
プロ野球は3月の開幕戦に向け、各球団が春季キャンプの真っ最中だ。新天地での飛躍を誓う者、レギュラー奪取に燃える者など、各選手がアピールを続ける場となっている。しかし、過去には開幕前にトレード移籍を経験した選手も存在する。広島で活躍した「赤ゴジラ」も、2012年3月の開幕直前に移籍を経験した選手だ。[4/6ページ]
開幕直前に動いた「赤ゴジラ」
嶋重宣
[caption id="attachment_249773" align="alignnone" width="530"] 西武時代の嶋重宣(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:左投左打
・経歴:東北高
・ドラフト:1994年ドラフト2位
・NPB通算成績:1034試合出場、打率.279、126本塁打、421打点、22盗塁
広島東洋カープでは「赤ゴジラ」の愛称でブレイクした嶋重宣。現役晩年にトレードを経験した1人だ。
嶋は東北高からドラフト2位で広島に入団。当初はピッチャーとして入団したが、後に野手転向。きっかけを掴みたいところだったが、転向後もしばらくは一軍と二軍を行き来する日々が続いた。
そんな中、プロ10年目を迎えた2004年に大ブレイク。打率.337、32本塁打の好成績を残した。同年は189安打を放ち、首位打者と最多安打のタイトルを獲得する活躍ぶりだった。
翌年以降は徐々に成績を落とし、若手の活躍もあって出番が減少。復活の兆しを見せるシーズンもあったが、2012年3月にトレードで埼玉西武ライオンズへ移籍した。
ベテランの域に突入し、復活を果たしたいところだったが、2013年はわずか9試合の出場に。同年限りでの現役引退を発表した。
プロ野球は3月の開幕戦に向け、各球団が春季キャンプの真っ最中だ。新天地での飛躍を誓う者、レギュラー奪取に燃える者など、各選手がアピールを続ける場となっている。しかし、過去には開幕前にトレード移籍を経験した選手も存在する。ロッテで新人王を獲得した右腕も、2009年3月に阪神へのトレード移籍を経験した。[5/6ページ]
ロッテから電撃トレード
久保康友
[caption id="attachment_198712" align="alignnone" width="530"] 阪神時代の久保康友(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:右投右打
・経歴:関大一高 - 松下電器
・ドラフト:2004年ドラフト自由枠
・NPB通算成績:304試合登板、97勝86敗6セーブ20ホールド、防御率3.70
千葉ロッテマリーンズからのトレードとなったのが、後に複数のチームで活躍した久保康友だ。
ドラフト自由枠でロッテに入団し、ルーキーイヤーから10勝を挙げる活躍を見せた久保。新人王にも輝き、即戦力の役割を見事に果たした。
しかし、その後は好不調の波に苦しみ、2008年に至っては4勝止まり。防御率も5点台に迫る数字だった。
すると2009年3月、阪神タイガースへのトレード移籍が発表。開幕が約1ヶ月前に迫る時期の移籍となった。
阪神2年目となる2010年、キャリアハイの14勝を挙げ、200イニング以上の投球回を記録。阪神最終年にはリリーフも経験した。
2013年にFA権を行使して横浜DeNAベイスターズへ移籍。移籍1年目に12勝を挙げるなど活躍し、NPB通算では97勝を積み上げた。
その後は海外でもプレーし、現在はさわかみ関西独立リーグの兵庫ブレイバーズでプレーしている。
プロ野球は3月の開幕戦に向け、各球団が春季キャンプの真っ最中だ。新天地での飛躍を誓う者、レギュラー奪取に燃える者など、各選手がアピールを続ける場となっている。しかし、過去には開幕前にトレード移籍を経験した選手も存在する。2010年2月には、同一リーグへの移籍となるトレードがあった。[6/6ページ]
トレード後も存在感発揮
赤田将吾
[caption id="attachment_249772" align="alignnone" width="530"] オリックス時代の赤田将吾(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:右投両打
・経歴:日南学園高
・ドラフト:1998年ドラフト2位
・NPB通算成績:913試合出場、打率.255、30本塁打、211打点、75盗塁
一時はレギュラーを掴んだかに思えた赤田将吾だが、最終的にはトレードを経験することになった。
赤田はドラフト2位で西武ライオンズ(現・埼玉西武)に入団。当初は内野手だったが、後に外野手へ転向した。
プロ入り後は苦しいシーズンの連続だったが、2004年に初の規定打席到達。打率.259、キャリアハイの9本塁打をマークした。
中でも2006年は124試合に出場すると、自己最高の打率.293と活躍。しかし、翌年は怪我の影響により、わずか20試合の出場にとどまった。
その後も復活を果たせないまま、2010年2月にトレードでオリックス・バファローズに移籍。同一リーグへの移籍となった。
2011年、規定打席未満ながら打率.305の好成績で、存在感を発揮した赤田。その後、再びトレードで北海道日本ハムファイターズに移籍し、2014年に現役を引退した。
【了】