
世界最高峰のクラシックカー見本市「レトロモビル(Rétromobile)」が、記念すべき50周年を迎えた2026年2月。パリ、ポルト・ド・ヴェルサイユ見本市会場は、半世紀の歴史を祝う祝祭の熱気に包まれていた。
【画像】未来のクラシックとも言える現在のド級スーパーカーや、志の高いレストモッドたち(写真38点)
しかし、その喧騒の只中にあって、一種異様な静寂と、桁外れの密度を保つ空間が突如として出現したことを、読者の皆さんはご存知だろうか。
その名は「Ultimate Supercar Garage(アルティメット・スーパーカー・ガレージ)」。レトロモビルと同じ主催者(Comexposium)が仕掛けたこの新たなイベントは、クラシックカーの祭典の単なる「付帯行事」ではない。それは、過去と未来、内燃機関と電動化、そしてノスタルジーとテクノロジーが交錯する、現代における自動車趣味の「最終回答」を示す実験場であった。
選ばれし者のための「プレビュー・ナイト」
その性格を決定づけたのは、開催前夜に行われた「アヴァン・プルミエール(Avant-Première)」の入場料設定だろう。
380ユーロ(約7万5000円)。
モーターショーのチケットとしては破格ともいえるこのプライスタグは、明らかに観客を「選別」していた。チャリティ(Action Innocenceへの寄付)の意味合いを含むとはいえ、この金額を支払ってでもこの場に立ちたいと願うのは、真のエンスージアストか、あるいはすでにガレージに数台のコレクションを持つポテンシャル・バイヤーだけだ。
結果として、会場には既存のモーターショーで見られるような、スマートフォンを掲げただけの群衆は存在しなかった。そこにいたのは、シャンパングラスを片手に、デザイナーやエンジニアと「カーボンの織り目」や「レストアの哲学」について直接言葉を交わす、成熟した大人の姿のみである。
この濃密なコミュニティ・スペースの創出こそが、主催者の第一の狙いであったことは間違いない。
「ヘリテージ」としてのハイパーカー
なぜ、クラシックカーの殿堂であるレトロモビルが、最新のスーパーカーを集める必要があったのか。その答えは、出展ブランドのラインナップを見れば自ずと明らかになる。
ブガッティ、パガーニ、フェラーリ(XXプログラム)、アストンマーティン。これらトップティアのメーカーが持ち込んだのは、単なる現行モデルの展示車ではない。ブガッティは「ヴェイロン」の20周年を祝い、フェラーリは禁断の公道走行可能モデルを持ち込み、パガーニは自然吸気V12への回帰を謳う。
つまり、ここでは最新のハイパーカーもまた、未来のクラシック(Future Classics)として扱われているのだ。
かつて「スーパーカー」と呼ばれた車たちは、今や単なる高性能車ではない。ガソリンエンジンの終焉が叫ばれる中、それらは時計や絵画と同じく、保存され、継承されるべき「動く芸術品」へと昇華した。
レトロモビルに集う数万人のクラシックカー・ファンは、そのことを誰よりも理解している層だ。主催者は、過去を愛する彼らこそが、最も熱心な未来のパトロンであることを見抜いていたのである。
過去と現在を繋ぐ「レストモッド」という接着剤
この会場をさらにユニークなものにしていたのが、新興勢力やコーチビルダーたちの存在だ。
ドンカーブートやニコルス・カーズといったライトウェイト・スポーツの急先鋒。そして、エキセントリカ(ディアブロ)、SM2(シトロエンSM)、ストッカルダ(ポルシェ911)、オフィチーネ・フィオラヴァンティ(アルファロメオ8C)といった、近年急速に台頭する「レストモッド」の精鋭たち。
彼らの存在は、クラシックとモダンの境界線をあえて曖昧にする。1960年代の設計思想を現代のカーボンで再現したり、90年代のスーパーカーを現代の信頼性で再構築したりする彼らの仕事は、まさにレトロモビル(過去)とスーパーカー(未来)を繋ぐ「接着剤」の役割を果たしていた。
ここにあるのは、懐古趣味ではない。過去の傑作に対する、現代技術を用いた「批評」と「再解釈」だ。
「ライフスタイル」という名の聖域
会場の一角に掲げられた「Galerie Luxe & Lifestyle」の看板も、決して取って付けたような装飾ではない。
そこには、アマルガム・コレクションによる精緻を極めた1/8スケールモデルや、プラガによる工芸品のようなモーターサイクルが並ぶ。実車を手に入れたオーナーが、その愛車と共に過ごす空間や時間をどう演出するか。その問いに対する回答が用意されているのだ。
自動車見本市の新たな形
ジュネーヴ・モーターショーがその役割を終えようとしている今、自動車の見本市は岐路に立たされている。
万人のための「移動手段の展示会」か、それとも一部の愛好家のための「情熱の聖域」か。
レトロモビル50周年に併せて開催されたこの「Ultimate Supercar Garage」は、後者のあり方を極めて鮮烈に提示した。380ユーロのチケットが約束したのは、単なる車の展示ではない。それは、内燃機関という人類が生み出した最もエモーショナルな遺産を、これからも愛し、守り、そして走らせ続けるという、共犯者たちのための「誓いの場」だったのである。
Ultimate Supercar Garage(アルティメット・スーパーカー・ガレージ)
※第49回 サロン・レトロモビル(Rétromobile)同時開催
- 開催期間: 2025年2月5日(水)~ 9日(日) ※プレビュー・ナイト(Avant-Première):2月4日(火)
- 会場: パリ・エキスポ・ポルト・ド・ヴェルサイユ(Paris Expo Porte de Versailles)
写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI