
アマチュア時代に圧倒的な活躍を見せていても、プロの世界で輝ける選手はほんの一握りだ。高校野球の名門・大阪桐蔭高からプロ入りした選手の中にも、プロで苦しむ選手が見られた。今回は、高校時代に突出したプレーを見せたものの、プロの世界で苦しんだ大阪桐蔭高出身の選手を取り上げる。
辻内崇伸
[caption id="attachment_135501" align="alignnone" width="530"] 大阪桐蔭高時代の辻内崇伸(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:左投左打
・身長/体重:185cm/88kg
・生年月日:1987年12月25日
・経歴:大阪桐蔭高
・ドラフト:2005年高校生ドラフト1巡目
超高校級として話題を集めた辻内崇伸は、故障に悩まされたプロ生活を送った。
名門校の背番号「1」を背負い、3年夏の甲子園で150キロ超えのストレートを投じたことから注目度が急上昇。また、藤代高との試合では19奪三振を奪い、世代屈指の投手と呼ばれた。
高校生ドラフト1巡目で読売ジャイアンツに入団したが、肩を痛めた影響から、本来の投球を披露できず。左肘の手術によるリハビリもあり、実戦から離れる期間も過ごした。
プロ4年目こそファームで7勝をマークしたものの、一軍登板のチャンスを得られず。2012年のオープン戦で登板し、同夏に一軍昇格を果たしたが、登板機会はなかった。
最後までけがに苦しみ続け、2013年に戦力外通告を受けた辻内。大きな期待を背負って入団したが、プロでは厳しい結末が待っていた。
青柳昴樹
[caption id="attachment_239275" align="alignnone" width="530"] 大阪桐蔭高時代の青柳昴樹(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:右投右打
・身長/体重:182cm/84kg
・生年月日:1997年5月19日
・経歴:大阪桐蔭高
・ドラフト:2015年ドラフト6位
横浜DeNAベイスターズの中軸として期待された青柳昴樹だが、プロで開花することはなかった。
大阪桐蔭高では、2年夏に全国制覇を経験。決勝の三重高戦では3番・正隨優弥、4番・香月一也とクリーンナップを組んだ。
3年春の選抜では打率.077(13打数1安打)と苦戦しながらも、全4試合で「4番・中堅」として出場。その後、2015年ドラフト6位でDeNAから指名を受けた。
プロ1年目はファームで打率.183、4本塁打、28打点に終わったが、118試合と多くの出場機会を獲得。同年オフには、「アジアウインターベースボールリーグ 」にも参加した。
だが、以降も苦戦の日々は続いた。翌2017年はファームで69試合に出場し、打率.187。2018年にはようやく打率2割台に乗せるも、一軍出場の機会は巡って来なかった。
翌2019年もファームで打率.163に終わると、同年オフに戦力外通告を受け、現役引退を表明した。
全国屈指の名門で主軸を打っても、プロでは一軍出場すら叶わなかった。厳しい世界であることを、改めて痛感させられる青柳の4年間だった。
柿木蓮
[caption id="attachment_239277" align="alignnone" width="530"] 大阪桐蔭高時代の柿木蓮(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:右投右打
・身長/体重:181cm/87kg
・生年月日:2000年6月25日
・経歴:大阪桐蔭高
・ドラフト:2018年ドラフト5位
甲子園優勝投手として、歓喜の瞬間を経験した柿木蓮。プロの世界では輝けなかった1人である。
根尾昂(中日)、藤原恭大(ロッテ)といった黄金メンバーとともに、歴代最強と言われた大阪桐蔭高を形成。3年夏は春夏連覇を目指して戦い、金足農との決勝戦に先発。9回を2失点にまとめて優勝投手となった。
強いインパクトを残した柿木に対し、北海道日本ハムファイターズがドラフト5位で指名。しかし、プロでの成績は厳しいものとなった。
2022年に一軍登板を果たし、4試合で防御率2.08と一定のパフォーマンスを見せた。ただ、同年オフに戦力外通告を受け、育成契約に移行した。
2023年はファームで33試合に登板し、防御率2.21とまずまずの安定感を見せた。それでも支配下復帰は果たせず、昨オフに地震2度目の戦力外通告を受けた。
その後は12球団合同トライアウトに参加したが、NPB球団への復帰は叶わず。同年限りで現役を退いた。
高山優希
[caption id="attachment_239279" align="alignnone" width="530"] 大阪桐蔭高時代の高山優希(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:左投左打
・身長/体重:181cm/78kg
・生年月日:1998年5月17日
・経歴:大阪桐蔭高
・ドラフト:2016年ドラフト5位
怪物左腕と称され、将来を期待された高山優希。しかし、プロ入り後は一軍登板を果たせなかった。
大阪桐蔭高で1年秋にベンチ入りし、2年時には選抜甲子園を経験。しかし、その後は腰痛に悩まされる期間が続いた。
最後の夏も本領を発揮できず、同夏の大阪大会3回戦で敗退。それでもポテンシャル十分だったことから、北海道日本ハムファイターズがドラフト5位で高山を指名した。
入団後はファームでの登板を重ねるも、一軍のマウンドに立つことなく2019年に戦力外通告。育成契約を結んでの再スタートとなったが、翌年以降も防御率が高止まりの状態だった。
2022年にはファームで22試合に登板するも、防御率10.57と大苦戦。同年10月に、自身2度目となる戦力外通告を受けた。
高校時代に輝きを放ったサウスポーが、一軍のマウンドを経験できないまま、NPBを去ることになった。
萩原誠
[caption id="attachment_239276" align="alignnone" width="530"] 大阪桐蔭高時代の萩原誠(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:右投右打
・身長/体重:178cm/78kg
・生年月日:1973年4月6日
・経歴:大阪桐蔭高
・ドラフト:1991年ドラフト1位
名門校の4番に座り、スラッガーとして注目を集めた萩原誠も、プロで苦しんだ1人だ。
今でこそ強豪として知られる大阪桐蔭高が、初めて夏の甲子園に出場した1991年。チームの4番に座った萩原は、甲子園大会で打率.688、3本塁打と打ちまくり、初出場初優勝の達成に大きく貢献した。
さらに、高校通算58本塁打の長打力を評価され、阪神タイガースがドラフト1位指名。掛布雅之が着用した背番号「31」を引き継ぎ、将来のスター選手と目されていた。
プロ2年目から一軍の試合に出場し、1995年に4本塁打をマーク。しかし、その後は快音を響かすことができず、1997年オフにトレードで近鉄バファローズ(後の大阪近鉄)に移籍した。
ただ、移籍後も出番が増えることはなく、チームが優勝した2001年はわずか5試合の一軍出場に。NPB通算124試合出場で打率.192、4本塁打、14打点と、高校時代の輝きは失われていた。
水田圭介
[caption id="attachment_239278" align="alignnone" width="530"] 大阪桐蔭高の水田圭介(写真:産経新聞社)[/caption]
・投打:右投右打
・身長/体重:175cm/74kg
・生年月日:1980年11月4日
・経歴:大阪桐蔭高 - プリンスホテル
・ドラフト:2000年ドラフト7位
複数の球団を渡り歩いた水田圭介。パンチ力を期待されて入団したが、実力を発揮できなかった。
大阪桐蔭高では甲子園出場を果たせなかったものの、高校通算55本塁打を記録。世代屈指のスラッガーとして名を馳せ、社会人野球のプリンスホテルを経て、西武ライオンズ(現・埼玉西武)に入団した。
ルーキーイヤーから一軍出場を経験し、プロ4年目に初安打をマーク。2006年にはランニングホームランでのプロ初アーチを記録した。
2009年途中にはトレードで阪神タイガースに移籍するも、限られた出場機会にとどまった。翌2010年オフには再びトレード移籍となり、中日ドラゴンズに活躍の場を移した。
しかし、移籍1年目は14試合の出場で打率.133にとどまり、わずか1年で戦力構想から外れることに。同年オフには、自身4球団目となる東京ヤクルトスワローズに入団した。
移籍2年目の2013年には、キャリア2本目となるホームランを記録。だが、同年の安打はこの1本に終わった。
同年オフには戦力外通告を受け、現役生活から別れを告げた。
【了】