数か月前、厚生労働省から「共育トモイクプロジェクト」が発表されました。共働き・共育ての推進のため、一人で「家事・育児」や「仕事」を担ういわゆる"ワンオペ"の実態を変え、男女ともに誰もが希望に応じて仕事と家事・育児を両立し、「共に育てる」に取り組める社会を目指すとしています。男性の育児休業取得促進事業「イクメンプロジェクト」の後継事業として開始されました。この発足で育児のワンオペ解消は進むのでしょうか? 今後の展望と課題を考えていきましょう。
ワンオペ育児の現状
厚生労働省の調査で2024年度に配偶者が出産した男性のうち育児休業を開始した者の割合は「40.5%」と大きく上昇しました。これは2022年の育児介護休業法改正で「雇用環境整備、個別の周知・意向確認」の義務化および「出生時育児休業」が創設されたことが大きいでしょう。
さらに2025年度には出生後支援給付金という育児休業給付金の上乗せのボーナストラックも用意され、国としてどうにか男性が育児に参画し、女性がワンオペ育児から脱するよう制度を作り、お金を拠出しています。
しかし、育児休業取得期間を見ると、女性は9割以上が6か月以上である一方、男性はいまだ約4割が2週間未満という結果が出ています。これを夫婦でイメージしてみると、退院後、妻の体が一番ダメージを負っている産褥期に新生児のお世話が乗る絶体絶命状態の時「2週間だけいる」という状態です。
別の期間の取得であっても2週間未満ということであれば、新卒社員と変わらないので「いる」状態で「参画している」という状態にはなり得ないでしょう。つまり「休まない」から「ちょっと休む」という意味では進みましたが、「取るだけ育休」の現状が大きく改善したわけではないのです。
社会保険労務士の視点から見る「制度」と「現場」のギャップ
日本の育児休業制度は世界一充実しています。細かな制度、休業できる長さなど諸外国では類を見ないものです。手厚い所得補償もあります。企業側も度重なる法改正に対応し立派な制度を持っています。しかし、男女の取得期間の開きは埋まっていません。さらに私が現場で感じている現状は、育児短時間制度の利用者は9割9分女性です。保育園から呼び出しで急きょ早退するのも、看病ですべての休暇を使い切り欠勤が発生してしまうのも圧倒的に女性です。
つまり、育児休業以降の「育てる」の部分は当然に女性が担い「共に育てる」状態とは程遠いといえます。
どうして超重要会議に「私短時間なので」という理由で女性の欠席が許容されてしまうのか。どうして取引先からのいつでもいい要求には飛んでいくのに、保育園からの呼び出しに「俺が行けるわけない」という男性がデフォルトになってしまうのか。
精緻な制度を作っても、運用に性別役割意識に乗っていたり、立場や制度利用によって発言の機会すら搾取されてしまうのであれば、その制度は意味を持たない、砂上の楼閣です。これは社内を超えた根深い問題につながっていきます。
企業・職場ができること
上述した問題点は可視化が困難なだけで、企業間で考えると男性側の企業は女性側の企業に「育てる」という役割や労働の形についてタダ乗りしていることになります。
「育てる」ことのタスクを可視化し、運用をニーズに沿ったもので回していかないと、このままでは男性の多い産業は成長しやすく、女性の多い産業は常に割を食うというおかしな産業構造に進んでしまいます。
女性側が「育てる」の大半を担ってしまう原因については、学校関係の連絡先や情報共有が母親に一本化されているという家族内での問題や、仕事と育児の配分は家族の選択であるといった考え方による部分もあります。ただ、情報共有がないから、家族の選択によるからという理由で、企業が運用や仕組みを決めないといった理屈は「逃げ」ではないでしょうか。
皆さんは仕事で「ニーズの掘り起こし」や「アフターフォローのからの気づき」に日々腐心しています。「言われなかったのでやりませんでした」という後輩の言動を問題視して指導しています。共育ての運用も同じです。子どもがいることは把握できているので、そこから先の掘り起こしです。
以下は筆者が見聞きした職場での個人およびチームでの運用支援の好事例です。
「妻の復職のタイミングで夫が育児休業を一定期間取得し、ワンオペ体験からの欲しい支援や周囲への感謝を社内でシェアしてもらう」
「フレックスをフル活用して、どのタイミングであれば一番効率的に仕事が進むかを本人が発信して周囲が承認する」
「妻側の働き方を開示し、特定の日の15時以降をnoアポで予定を立てる」
「重要会議(当然web参加可能)はコアタイムにしか開催しない」
「保育園の送迎は家庭内でどう回しているのか、何時に会社を出れば間に合うのかを本人が開示し、この方法のフォローが欲しいという型を周囲が把握している」
「台風等不測の事態の連携方法を互換し、夫側が子どもの体調不良等で長期フル在宅になる際の連携が仕組化されている」
「平常時にも今週どこで在宅勤務を入れるか上司側から促す」
「感染症の季節に家族の状況を聞き、状況から即座に休むだけではなく時差勤務、在宅勤務等を上司側から提案しチームに周知していく」
「参観日や行事予定を積極開示するよう促す」
これらはルール化しているものも一部ありますが、規程や制度として確立できるものではありません。今ある制度をフル活用して実のある運用していたり、個人発信の文化を周囲が承認し、精査の上運用にのせているものです。
この流れの中で、ここが属人化されて仕組化できない、この時間にこの業務を集中させると進みやすい、この会議は必要ない、AI技術で省力化できる等新たな視点が出てくるのです。このトライ&エラーで醸成される運用が、共育てしやすい、働きやすい環境を作っていきます。これがいま会社がするべき運用支援なのです。
制度の整備だけでなく、運用の支援を
恐ろしいのは、一通り制度はあるから運用に労力を割いても意味はない……という慢心を若手はしっかり感じているという点です。
今回の共育プロジェクト「若年層における仕事と育児の両立に関する意識調査」の中で、理想の働き方ができていない若年社会人は、 理想の働き方ができている若年社会人に比べ子育て期間における離職意向が24.3ポイント高いという調査結果が出ています。
これだけ人手不足の中、働きやすさを求め「攻め」の転職を着々と準備している若手がいるということです。そもそも学校でジェンダー平等教育を受け、就職活動時も仕事とプライベートの両立を強く意識してきた世代です。男性でも若年社会人70.0%が1か月以上の育休取得を希望している調査結果も出ています。どんなに制度がそろっていても、実運用が伴わない、手元で働きやすさが享受できないのであれば、自分と家族にメリットがある場所に移るのは当然です。
給与でも、待遇でも、福利厚生でも埋められない「働きやすさ」がこれからを担う世代を奪っていきます。制度は実運用してこそ意味を持ちます。意識改革では限界があります。これからの共育てへの運用の支援こそ企業の健全な発展につながっていくのです。



