(左から)福岡ソフトバンクホークスの大場翔太、山下斐紹(写真:産経新聞社)

 

 プロ野球のドラフト会議で1位指名を受けることは、選手にとって最高の栄誉といえるだろう。期待と注目を一身に背負い、主力選手として大きな夢を託される。しかし、期待通りの活躍を見せられない選手も少なくない。2007年ドラフトの目玉だった右腕も、ソフトバンクで活躍を継続することはできなかった。(文・シモ)[1/6ページ]

衝撃デビューも…6球団競合右腕の浮沈

大場翔太

[caption id="attachment_233041" align="alignnone" width="530"] 福岡ソフトバンクホークスの大場翔太(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

・投打:右投右打


・経歴:八千代松陰高 - 東洋大

・ドラフト:2007年大学生・社会人ドラフト1巡目

・NPB通算成績:85試合登板、15勝21敗2ホールポイント、防御率4.39

 

 鮮烈なプロデビューを飾った大場翔太。2007年ドラフトの目玉だったが、長期的な活躍には至らなかった。

 

 大学通算62試合登板で33勝11敗、防御率2.13、410奪三振。さらに東都リーグ14連勝という記録を残し、2007年ドラフトでは6球団競合の末、大学生・社会人ドラフト1巡目で福岡ソフトバンクホークスに入団した。

 

 実績通り、プロ1年目の3月23日の楽天戦では、プロ初登板で無四球完封勝利。4月5日のロッテ戦では、7者連続を含む16奪三振をマークし、早くも2度目の無四球完封勝利を挙げる。

 

 

 

 しかし、快進撃も長くは続かず。以降調子を落とし、プロ1年目は13試合の登板で3勝5敗、防御率5.42の成績に終わった。

 


 プロ2年目には、先発・中継ぎとして22試合に登板するも1勝4敗。プロ3年目には4試合のみの登板で、かつての栄光は消えかかった。

 

 そんな中、プロ4年目の2011年に復活。同年は23試合に登板し、完封勝利を含む7勝2敗、防御率2.55でキャリアハイの成績を挙げたのである。

  

 ところが、プロ5年目の2012年は右肩痛で出遅れ、打ち込まれる場面も増えた。同年は防御率2.38ながら、10試合の登板で2勝5敗の成績に。

 

 翌2013年は11試合の登板で2勝4敗、2014年はわずか2試合の登板に終わった。


 

 迎えた翌2015年。初めて一軍登板なしに終わると、シーズン終了後に中日ドラゴンズへの移籍が決まった。

 

 しかし、新天地でも登板機会に恵まれず、2016年限りで引退。プロ8年間での成績は、85試合の登板で15勝21敗2ホールドポイント、防御率4.39に留まった。

 プロ野球のドラフト会議で1位指名を受けることは、選手にとって最高の栄誉といえるだろう。期待と注目を一身に背負い、主力選手として大きな夢を託される。しかし、期待通りの活躍を見せられない選手も少なくない。かつてドラフト1位でソフトバンクに入団した捕手も、プロの世界で苦戦した。(文・シモ)[2/6ページ]

 

高校No.1捕手と呼ばれた逸材の苦闘

山下斐紹

[caption id="attachment_233043" align="alignnone" width="530"] 福岡ソフトバンクホークスの山下斐紹(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

・投打:右投左打

・経歴:習志野高

・ドラフト:2010年ドラフト1位(ソフトバンク)

・NPB通算成績:144試合出場、打率.189、6本塁打、16打点

 

 山下斐紹は、習志野高で2年春に第81回選抜甲子園に出場。走攻守そろった高校生No.1捕手の評価を受け、2010年ドラフト1位で福岡ソフトバンクホークスに入団した。

 

 2013年には一軍で11試合に出場し、2試合でスタメンマスクを被った。2015年にも11試合、2016年には13試合の出場で初打点を挙げるも、リード面と守備面に安定感を欠いた。

 

 ソフトバンクの7年間では37試合の出場に終わり、2017年オフには東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍。移籍初年度は、43試合の出場で2本塁打、9打点の成績を残してキャリアハイをマークする。

 

 

 

 しかし、翌2019年は31試合の出場で3本塁打、5打点を記録したものの、翌2020年は8試合と出場機会を減らし、同年オフに戦力外通告を受ける。

 

 同年12月には中日ドラゴンズと育成契約を締結。移籍1年目は二軍で実績を残し支配下登録されるも、わずか5試合の出場で1安打という結果に

 

 翌2022年は20試合の出場で打率.130、1本塁打、1打点。同年オフに戦力外通告を受け、その後に現役引退を表明した。

 

 山下のNPB通算成績は、144試合の出場で打率.189、6本塁打、16打点。現役生活を12年間続けたが、プロの世界では厳しい数字が刻まれた。

 プロ野球のドラフト会議で1位指名を受けることは、選手にとって最高の栄誉といえるだろう。期待と注目を一身に背負い、主力選手として大きな夢を託される。しかし、期待通りの活躍を見せられない選手も少なくない。2015年ドラフト1位でソフトバンクに入団した右腕も、将来を嘱望されたが物足りない成績に終わった。(文・シモ)[3/6ページ]

 

3球団競合ドラ1、故障に泣いた本格派右腕

髙橋純平

[caption id="attachment_178152" align="alignnone" width="530"] 福岡ソフトバンクホークスの髙橋純平(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

・投打:右投右打

・経歴:県立岐阜商

・ドラフト:2015年ドラフト1位(ソフトバンク)

・NPB通算成績:56試合登板、4勝3敗19ホールド、防御率2.63

 

 高校時代は、侍ジャパンU-18日本代表に選出された髙橋純平。しかし、プロの世界では実力を発揮できなかった。

 

 県岐阜商で1年春からベンチ入りし、3年春の甲子園では準々決勝まで進出。各球団のスカウトからの評価も上々で、3球団競合の末に、2015年ドラフト1位で福岡ソフトバンクホークスに入団した。

 

 一軍デビューは、プロ2年目の2017年だった。ロングリリーフとして4月14日のオリックス戦に登板したが、3回4失点の投球に。同年の一軍登板は1試合に終わった。

 

 

 

 迎えた2019年。中継ぎとして勝ちパターンの一角を担うと、45試合の登板で20ホールドポイント(3勝2敗17ホールド)、防御率2.65の成績を挙げた。


 

 2021年には初めて開幕一軍入りを果たし、10試合の登板で1勝1敗2ホールド、防御率0.00と好スタートを切った。しかし、その後に右手骨折のけがに見舞われて登録抹消。これが一軍最後の登板となり、2023年限りで引退した。


 

 プロ8年間で56試合に登板し、4勝3敗19ホールド、防御率2.63。右肩の不調や右手骨折などの影響で、十分なパフォーマンスを発揮できなかった。


 

 150キロを超える重い直球、大きく曲がる切れ味鋭い変化球は、目を見張るものがあっただけに残念な結果である。


 

 現在は、ホークスベースボールスクールのコーチとして、子どもたちの成長を見守っている。

 プロ野球のドラフト会議で1位指名を受けることは、選手にとって最高の栄誉といえるだろう。期待と注目を一身に背負い、主力選手として大きな夢を託される。しかし、期待通りの活躍を見せられない選手も少なくない。ソフトバンクに2008年ドラフト1位で入団した右腕も、期待に応える成績を残せなかった。(文・シモ)[4/6ページ]

 

大学で圧巻も…プロで伸び悩んだ右腕

巽真悟

[caption id="attachment_233042" align="alignnone" width="530"] 福岡ソフトバンクホークスの巽真悟(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

・投打:右投左打

・経歴:新宮高 - 近畿大

・ドラフト:2008年ドラフト1位(ソフトバンク)

・NPB通算成績:24試合登板、1勝4敗1ホールドポイント、防御率7.50

 

 巽真悟もドラフト1位で入団したが、期待に応える数字を残せなかった。

 

 近畿大では春季リーグ・京都大戦で23奪三振、同年の同志社大戦ではノーヒット・ノーランを記録。華々しい成績を残して、2008年ドラフト1位で福岡ソフトバンクホークスに入団した。

 

 しかし、一軍初勝利までの道のりは長かった。


 

 

 

 プロ1年目の2009年には、ウエスタン・リーグで20試合に登板。105回1/3、80奪三振とリーグトップの成績だったが、一軍では1イニングのみの登板に終わる。

 

 プロ2年目には一軍で先発の一角を任されるも、同年は3試合の一軍登板に。プロ3年目の2011年は、一軍登板なしに終わった。

 

 翌2012年〜2014年は再び一軍で登板するが、思うような結果につながらず未勝利。キャリアハイの登板数は2013年の6試合に留まっていた。

 

 そんな巽の初勝利は、2015年8月11日のオリックス戦。4点リードされていた9回表に登板し、味方のサヨナラ本塁打で勝利を得た。

 

 同年の成績は、7試合の登板で1勝0敗1ホールドポイント。だが、一軍での登板はこれが最後となり、翌2016年オフに戦力外通告を受けて引退となった。

 

 巽はプロ7年間で24試合に登板し、1勝4敗1ホールドポイント、防御率7.50。ドラフト1位で入団したが、プロの壁は厚かった。

 

 その後は、BCリーグ・栃木ゴールデンブレーブスで投手コーチを経験するなどし、現在は茨城アストロプラネッツの選手兼任監督として活躍している。

 プロ野球のドラフト会議で1位指名を受けることは、選手にとって最高の栄誉といえるだろう。期待と注目を一身に背負い、主力選手として大きな夢を託される。しかし、期待通りの活躍を見せられない選手も少なくない。2017年ドラフト1位でソフトバンクに入団した高卒右腕は、まさかの一軍登板ゼロで現役を退いた。(文・シモ)[5/6ページ]

 

一軍登板ゼロで終わった高卒ドラ1

吉住晴斗

[caption id="attachment_138526" align="alignnone" width="530"] 福岡ソフトバンクホークスの吉住晴斗(産経新聞社提供)[/caption]

 

 

 

・投打:右投右打

・経歴:鶴岡東高

・ドラフト:2017年ドラフト1位(ソフトバンク)

・NPB通算成績:登板なし

 

 高卒でドラフト1位指名を受けた​​吉住晴斗だが、一軍の公式戦マウンドに立つことはなかった。


 

 鶴岡東高では、2年時に夏の甲子園に出場。初戦で敗れたものの、ビハインドの場面で1イニングを無失点と好投。ポテンシャルの高さが評価され、2017年ドラフト1位で福岡ソフトバンクホークスに入団した。

 

 プロ1年目の吉住は、三軍の非公式戦で25試合に登板。3勝9敗、防御率6.69の成績に終わる。


 

 

 

 続く2019年には、二軍公式戦12試合の登板で0勝2敗、防御率5.31。同年はフレッシュオールスターゲームに出場して好投するが、一軍での登板機会に恵まれなかった。

 

 迎えたプロ3年目の2020年。三軍戦で22試合の登板に終わると、同年オフに支配下選手契約を解除。育成選手として再出発を図った。

 

 オーバースローから、サイドスローに投球フォームを変更するなど、試行錯誤を繰り返した吉住。しかし、翌2021年も二軍戦でわずか3試合の登板に留まると、再び戦力外通告を受けて引退を決意した。

 

 4年間のプロ生活。ドラフト1位での一軍登板なしという、厳しい現実がそこにはあった。

 

 吉住は現在、ホークスジュニアアカデミーのコーチとして指導に当たっている。

 プロ野球のドラフト会議で1位指名を受けることは、選手にとって最高の栄誉といえるだろう。期待と注目を一身に背負い、主力選手として大きな夢を託される。しかし、期待通りの活躍を見せられない選手も少なくない。2005年にソフトバンクから1巡目指名を受けた捕手は、一軍の舞台に立つことなく現役を終えた。(文・シモ)[6/6ページ]

 

強肩強打の捕手、届かなかった一軍の舞台

荒川雄太

[caption id="attachment_233040" align="alignnone" width="530"] 福岡ソフトバンクホークスの荒川雄太(写真:産経新聞社)[/caption]

 

 

 

・投打:右投右打


・経歴:日大高

・ドラフト:2005年高校生ドラフト1巡目(ソフトバンク)

・NPB通算成績:出場なし

 

 捕手の荒川雄太もドラフト1巡目で入団したが、苦戦を強いられた。


 

 高校通算26本塁打の打撃と強肩が注目され、2005年高校生ドラフト1巡目で福岡ソフトバンクホークスに入団。

 

 プロ3年目の2008年には、東京ヤクルトスワローズとのファーム日本選手権で「9番・捕手」として出場。先発・岩嵜翔(現:オリックス)の好投を引き出し、1失点完投勝利をサポート。打撃面では1安打2打点の成績を挙げた。

 

 

 

 しかし、打撃面での課題やけがの影響で、一軍への昇格は叶わず。2009年は二軍で40試合の出場、翌2010年は同じく二軍で22試合の出場に留まり、一軍出場がないまま同年に戦力外通告を受けた。


 

 その後、荒川は12球団合同トライアウトに参加。リード面が評価され、同年11月に埼玉西武ライオンズへ入団した。

 

 入団会見では、「また、チャンスをいただけたので、全力を尽くして頑張りたい」と、新たな決意を誓った荒川。しかし、西武でも一軍出場の機会はなく、2012年限りで7年間の現役生活に幕を閉じた。

 

 その後、西武のブルペン捕手や三軍バッテリーコーチを経て、2025年からはファームスコアラー兼ブルペン捕手を務めている。

 

 いつかコーチとして、一軍の舞台で活躍する荒川の姿を見てみたい。

 

 

【了】