(左から)バウアー、星野仙一監督、マイコラス(写真:産経新聞社)

 プロ野球選手も1人の人間である以上、時には感情を表に出すことがある。歴代選手、および監督の中には、自身やチーム全体に対する怒りから、まさかの行動を取ったケースも見られた。そこで今回は、怒りの行動を見せた歴代のプロ野球選手、および監督をピックアップしたい。

星野仙一

[caption id="attachment_232237" align="aligncenter" width="530"] 中日ドラゴンズの星野仙一監督(写真:産経新聞社)[/caption]

・投打:右投右打

・身長/体重:180cm/80kg

・生年月日:1947年1月22日

・経歴:倉敷商 - 明治大

・ドラフト:1968年ドラフト1位(中日)

 

 「闘将」の異名を持ち、指揮したチームを優勝させた星野仙一。監督時代に扇風機を破壊したシーンは、今でも映像が使われるほど有名だ。

 

 倉敷商から明治大に進学し、ドラフト1位で中日ドラゴンズに入団。闘志むき出しのピッチングで打者を圧倒し続け、1974年には沢村賞を受賞するなど、一線級の成績を収め続けた。

 

 

 1982年に現役から退き、1986年オフに中日の監督に就任。5年間で4回のAクラス入りを実現させ、1度は監督業を離れるも、1996年から2度目の監督就任を果たした。

 

 その1996年、ヒットエンドランで1塁から3塁まで行くべきランナーが2塁でストップしたことに激怒。

 

 コーチの立石充男との口論に発展すると、怒りが収まらなかった星野は扇風機を破壊。この行為にはさまざまな意見があるものの、勝利への欲求の表れとも考えられるだろう。

 

 結果的に中日だけでなく阪神タイガース、東北楽天ゴールデンイーグルスも優勝に導き、歴代屈指の監督として名を残した。

杉内俊哉

[caption id="attachment_232238" align="aligncenter" width="530"] 福岡ソフトバンクホークスの杉内俊哉(写真:産経新聞社)[/caption]

・投打:左投左打

・身長/体重:175cm/82kg

・生年月日:1980年10月30日

・経歴:鹿児島実 - 三菱重工長崎

・ドラフト:2001年ドラフト3巡目(ダイエー)

 

 普段は冷静なピッチングを展開していた杉内俊哉だが、自身の投球に納得がいかずベンチ内で怒りの行動を見せてしまったシーズンもあった。

 

 三菱重工長崎から福岡ダイエーホークス(現・ソフトバンク)に入団。プロ2年目で10勝をマークし、翌年以降のさらなる飛躍を期待された中、まさかの事態が発生した。

 

 

 2004年、千葉ロッテマリーンズとの試合で2回7失点と打ち込まれると、感情を抑えきれずベンチを素手で殴打。

 

 この行為により杉内は、両手の小指付け根を骨折してしまい、同シーズン中の復帰を果たせなかった。

 

 罰金処分を受けるほどの騒動になったものの、翌2005年は26試合の登板で18勝4敗、防御率2.11と大活躍。MVP、沢村賞を獲得し、チームのエースとして腕を振り続けた。

 

 FA権を行使し2012年から読売ジャイアンツの一員となると、3年連続で2桁勝利を達成。晩年は怪我に苦しみ続け、2018年にユニフォームを脱いだ。

マイルズ・マイコラス

[caption id="attachment_232236" align="aligncenter" width="530"] 読売ジャイアンツのマイコラス(写真:産経新聞社)[/caption]

・投打:右投右打

・身長/体重:196cm/100kg

・生年月日:1988年8月23日

・経歴:ノバサウスイースタン大 - パドレス - レンジャーズ

 

 読売ジャイアンツで安定した成績を残したマイルズ・マイコラスは、味方の守備に腹を立て、扇風機を破壊したことがある。

 

 2009年のMLBドラフトでサンディエゴ・パドレスに入団。その後はメジャーのマウンドを経験し、2015年シーズンから巨人の一員となった。

 

 

 来日1年目から好投を披露し11連勝の偉業を達成。同年は21試合の登板で13勝3敗、防御率1.92の好成績を収め、最優秀勝率のタイトルに輝いた。

 

 チームがクライマックスシリーズ(CS)に進出した2015年、東京ヤクルトスワローズとの試合では、内野手が判断を誤って3塁ランナーがホームイン。挟殺プレーに持ち込めなかったことが原因だった。

 

 すると、マイコラスは神宮球場のベンチにある扇風機を破壊。連勝中だったこともあり、相当な悔しさを感じたのだろう。最終的に巨人はこの試合に敗れた。

 

 メジャー復帰の可能性も言われていた中、巨人に残留したマイコラスは2017年にも14勝、防御率2.25と大活躍。その実績を引っ提げ、メジャー復帰の夢を叶えた。

金本知憲

・投打:右投左打

・身長/体重:180cm/88kg

・生年月日:1968年4月3日

・経歴:広陵高 - 東北福祉大

・ドラフト:1991年ドラフト4位(広島)

 

 広島東洋カープ、阪神タイガースでプレーしたのち、阪神の監督に就任した金本知憲。ボールボーイの椅子を蹴るという、まさかの場面があった。

 

 2000年に広島でトリプルスリーを達成し、2003年から阪神の一員となった金本。中でも2005年は146試合出場、打率.327、40本塁打、125打点と打撃3部門で驚異的な成績を残した。

 

 

 晩年は怪我に悩まされ、2012年に現役引退。そして2015年オフ、阪神の監督就任が発表された。チームは春先こそ首位と肉薄していたが、6月以降は苦戦。

 

 その6月、1点リードで迎えた9回に追いつかれると、平凡なフライを鳥谷敬が落球。前の試合でも鳥谷が落球したこともあり、金本の怒りは頂点に。ボールボーイの椅子を蹴り上げ、怒りを露わにした。

 

 扇風機の破壊やベンチを殴るといった行為は稀に見られたが、ボールボーイの椅子を蹴る行為は前代未聞であり、大きなインパクトを残した。

 

 監督就任後の3年間で優勝は出来なかったが、ドラフトでは坂本誠志郎、大山悠輔、才木浩人など現在の主力選手を多数指名しており、常勝チームへの礎を築いた。

マリアーノ・ダンカン

[caption id="attachment_232235" align="aligncenter" width="530"] 読売ジャイアンツのダンカン(写真:産経新聞社)[/caption]

・投打:右投右打

・身長/体重:183cm/84kg

・生年月日:1963年3月13日

・経歴:サントドミンゴ高 - ドジャース - レッズ - フィリーズ - レッズ - ヤンキース - ブルージェイズ

 

 わずか1年で読売ジャイアンツを去ったマリアーノ・ダンカン。起用法に対する不満が募り、怒りの行動を見せた。

 

 メジャーリーグでも経験豊富な選手で、オールスターゲームにも選出されたことがあるダンカン。

 

 

 メジャー通算で1247安打、87本塁打という実績を残し、1998年に巨人へ入団した。

 

 開幕直後は低打率ながらも長打力を発揮。本塁打、打点を順調に積み重ねていたが、ビジター球場での低打率が深刻で、徐々にスタメンの機会が減少していた。

 

 一方、ダンカン自身は代打起用を好んでおらず、首脳陣とのすれ違いが発生。代打で出場するも三振に終わった後、ダグアウト裏でバットを投げつけた結果、鏡を破壊したこともあった。

 

 最終的に63試合の出場で打率.232、10本塁打の成績に沈み、この年限りで巨人を退団。期待値が大きかった分、ファンの失望感も大きなものがあっただろう。

トレバー・バウアー

[caption id="attachment_232234" align="aligncenter" width="530"] 横浜DeNAベイスターズのバウアー(写真:産経新聞社)[/caption]

・投打:右投右打

・身長/体重:185cm/92kg

・生年月日:1991年1月17日

・経歴:カリフォルニア大ロサンゼルス校 - ダイヤモンドバックス - インディアンス - レッズ - ドジャース

 

 今もなお波紋を呼んでいるのが、横浜DeNAベイスターズでプレーしているトレバー・バウアーのバット蹴りである。

 

 バウアーはシンシナティ・レッズでサイ・ヤング賞を獲得し、メジャー通算で83勝を記録。実績十分の右腕がDeNA入りを決めた際は、大きな話題を集めた。

 

 

 2023年、開幕直後は苦しむ時期もあったが、徐々に本領を発揮。最終的に10勝を挙げたものの、メジャー復帰を目指して1年で退団。昨季は主にメキシコでプレーした。

 

 DeNAに復帰した今季、2023年のようなピッチングを期待されたものの、安定感に欠く投球が続いている。

 

 さらに今年8月の広島戦では納得のいく投球が出来なかったのか、ベンチに戻る際に相手選手のバットを蹴る行為を見せ、批判が集中した。

 

 9月24日時点で20試合登板、4勝10敗、防御率4.34と苦戦。成績も伴わないとなれば、来季の残留が難しくなってくるだろう。

 

 

【了】