
ジャガーが未来に向けて大きな一歩を踏み出そうとする今、『Octane』はFタイプ「Project 7」に再び注目する。ル・マンの栄光を宿したこの希少なモデルは、まさにジャガーらしいエモーションを宿す一台だ。
【画像】Eタイプと並ぶ”ビッグキャット”の傑作?ジャガーFタイプ「Project 7」(写真8点)
2025年にジャガーのガソリンスポーツカーを運転することは、どこか郷愁を誘う行為である。特に「Project 7」となればなおさらだ。1948年のXK120に始まり、歴史に名を刻んだ英国スポーツカーの系譜における最高峰とも言えるからだ。
この伝統の終焉には予兆があった。2022年、ジャガーは電動化へと舵を切り、ラグジュアリーEVブランドとしての再出発を宣言した。これが正解だったかどうかは、今後の展開が証明することになるだろう。しかし確かなのは、ジャガーが”行動を起こす必要に迫られていた”という事実である。
さて、目の前にあるのはジャガー「Fタイプ Project 7」。この個体は、ジャガー・ランドローバーの特別部門SVO(Special Vehicle Operations)が2015年にわずか250台だけ製造した中の1台で、英国市場には80台しか供給されなかった。初代オーナーはASKイタリアンレストランの創業者で、2016年には不動産業界の大物クリスチャン・キャンディの元へ。そして2021年に現オーナーの手に渡り、(この記事を執筆している時点では)Simon Drabble Carsを通じて販売中だ。走行距離はわずか2500マイル、ほぼ新車同然である。
Fタイプ Project 7は、2013年のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで発表されたコンセプトモデルへの高い反響を受けて市販化された。モデル名はジャガーが過去にル・マンで挙げた7度の勝利に由来し、デザインは名車Dタイプに敬意を表している。だがその牙は、決して飾りではない。
ベースはFタイプ Rコンバーチブルだが、Project 7は25馬力増となる567馬力の5.0リッターV8スーパーチャージャーを搭載し、マグネシウム製マニホールドやインコネル製エグゾーストなど、随所に専用装備が施されている。車重は1585kgと、Rコンバーチブル比で45kgの軽量化を実現。ブレンボ製カーボンセラミックブレーキやカーボンバックシートが標準装備され、パワーウエイトレシオは911ターボS(2016年型)と同等の1トンあたり357馬力に達する。
空力性能にも抜かりはない。カーボン製フロントスプリッター、リアウイング、アンダーボディのヴェンチュリートンネル、そしてDタイプを想起させるドライバー背後のフェアリングなどの効果により、FタイプR比で177%ものダウンフォース増加を実現している。
今回試乗した個体は、アルティメットブラックのボディにサントリーニブラックの内装という精悍な組み合わせ。60年代調のストライプやラウンドルが省かれており、クラシカルさと現代的洗練が絶妙に共存している。唯一賛否が分かれそうなのがリアウイングだが、機能性を考えれば納得の存在である。
ただし、機能美の代償として実用性は二の次だ。天候が急変した場合に備えて備わるのは、取り外し可能な簡易ソフトトップのみ。実用性よりも走行性能を追求した結果、フェラーリ・モンツァやマクラーレン・エルヴァ、アストンマーティンV12スピードスターなど、より高価で過激なライバルたちと同じ領域に属する。
幸いにも当日は快晴。ルーフはトランクのレザーバッグの中に収めたまま、カーボンバックのドライビングシートへと腰を落とす。スターターボタンを押すと、V8が咆哮と共に目を覚まし、重厚なアイドリングへと落ち着いていく。
予想に反し、Project 7は意外なほど扱いやすかった。ノーマルモードでは乗り心地も柔らかく、一般的なスポーツカーよりも快適性に優れている。ステアリングは軽く正確で、ブレーキもコントロールしやすい。ZF製8速ATは変速ショックもなく滑らかそのものだ。
交通量の多い街中を抜け、エプソム・ダウンズのカントリーロードへ。ここで走行モードをダイナミックに切り替えると、エグゾーストノートは唸りから咆哮へと豹変し、シフトダウン時にはパンパンという爆音が轟く。もはや”繊細”という表現は無縁である。
サスペンションは劇的に引き締まり、フロントの反応性が格段に向上。ステアリングフィールこそやや軽めだが、俊敏な回頭性は快感そのもの。ABSやトラクションコントロールの介入を感じつつも、攻めれば攻めるほどドライバーを夢中にさせてくれる。
その挙動は、まるで現代に蘇ったシェルビー・コブラのよう。強大なエンジンを小さなボディに載せたオープンカーという文脈で見れば、まさに「伝統の現代的解釈」である。
峠道での興奮から一転、街へ戻る道で再びノーマルモードに切り替えると、穏やかなキャラクターとなった。エンジン音も控えめになり、この車の二面性を改めて実感する時間となった。Project 7がもたらすダイナミズムと洗練は、電動化を進めるジャガーの未来を考えるうえでも示唆に富んでいる。これほど特別な一台を作りながら、経営的には厳しい判断を迫られるという現実──それこそが現在の自動車業界を象徴している。
Project 7は、XJ220やXE Project 8、そしてEタイプと並ぶ”ビッグキャット”の傑作として記憶されるだろう。Hagertyによると、本車両の相場は13万〜13万8000ポンド(=約2470万~2620万円)で、2015年の新車価格(13万8379ポンド=約2630万円)に近い水準を維持している。
絶滅寸前の純ガソリンスポーツカーがこの価格で手に入るとすれば、今がまさに絶好のタイミングかもしれない。
協力:Simon Drabble(simondrabblecars.co.uk) 文=エリオット・ヒューズ 写真=GFウィリアムズ
Words:Elliott Hughes Photography:GF Williams