日本最大手の鉄鋼メーカーの日本製鉄は、「東日本製鉄所 君津地区」の工場見学会を実施した。本会では鉄鉱石から銑鉄を取り出す巨大な高炉などを見学。鉄鋼の製造過程や環境に向けた同社の取り組みが紹介された。

後編となる本記事では、二酸化炭素削減プログラム「COURSE50」の試験高炉における実証内容など、同社の循環型社会・カーボンニュートラル実現のための先進的な取り組みを紹介する。

世界トップクラスの省人化と省エネ化を達成

東日本製鉄所 君津地区の従業員は直営・協力会社を含めて約1万5,000人。3,500人程の日本製鉄の直営社員が働いており、そのうち約1,000人は所内のさまざまな設備のメンテナンスや設計を担う設備部門に所属している。

東日本製鉄所 君津地区には1988年のピーク時で8,800人の直営社員が働いていたが、世界に通用する製鉄業・鉄鋼業の実現のため、合理化・省力化を徹底的に追求。生産量を増やし続けてきた結果、一人当たりの生産量は世界トップクラスを誇る。

また、鉄1トンの生産あたりの省エネルギー率でも世界をリードしており、アメリカ・ロシアに対しては3割、最新設備を持つ中国・韓国に対しても1〜2割のアドバンテージがあるという。

  • 東日本製鉄所 君津地区

鉄は使用時や製造工程の一部を切り出し、環境負荷が高い素材と見る向きもあるが、ライフサイクル全体の環境負荷を評価する「ライフサイクルアセスメント」の観点では、他素材に比べてエコな素材とも考えられている。

選別が簡単でリサイクルしても品質がほとんど低下しないという他素材にはない特徴があり、製品が寿命を迎えてもスクラップを原料として再利用しやすい素材だ。

  • 説明会資料【1】

日本製鉄ではプロセス・プロダクツ・ソリューションの3つのエコを掲げており、東日本製鉄所君津地区では、鉄鋼製造プロセス全体の脱炭素化や環境負荷低減の取り組みが進められている。

「エコプロセス」では、鉄の製造プロセスとリサイクルを一体化させ、所内で発生する廃熱や副生ガスを自家発電の燃料として活用。冷却等のプロセスで大量に使われる水も90%以上を再利用している。また、製銑・製鋼工程で発生する「スラグ」などの副産物は、セメントや道路の舗装材として有効活用されており、近年は海の藻場を再生する資材としても注目されている。

さらに、配慮型製品を提供する「エコプロダクト」では「NSCarbolex」ブランドとして、自動車・家電、エネルギー、インフラなどの分野で製品使用時の脱炭素化に貢献する高機能鋼材やソリューション技術を提供。環境保全・省資源・省エネに資する技術や環境マネジメントシステムなどを国内外に提案する「エコソリューション」につなげている。

脱炭素型の製法として注目されている水素

日本製鉄は水素還元技術の研究開発や、電気でスクラップを溶かして鋼材を製造する電炉などを順次実装。鉄鋼製造プロセス全体の脱炭素化と高級鋼製造の両立に取り組む。 鉄鋼製品の製造には鉄鉱石(酸化鉄)を還元するか、スクラップ(還元済)をリサイクルするか、いずれかのプロセスが必要だ。

しかし、世界のスクラップ発生量は2050年時点でも粗鋼生産量の5割程度に留まる見通し。発生するスクラップの「量」が限られるため、引き続き、鉄鉱石を原料とした還元プロセスは不可欠となる。

「質」の視点からも高炉で鉄鉱石を還元する製法と鋼材に優位性がある。スクラップには銅など分離・除去が難しい不純物(トランプエレメント)が混入しており、所内で発生したスクラップなど、出自と成分が判明している高品質なスクラップやの量は限定的。現状では外部のスクラップをメインに使った、緻密な成分調整や複雑な加工を求められる自動車鋼板などの高級鋼の製造は困難だという。

  • 説明会資料【2】

それだけ高炉での還元鉄製造は生産性・品質面で非常に効率的な製造プロセスというわけだが、粗鋼生産におけるCO2排出量の大部分は、高炉による鉄鉱石の還元プロセスで発生している。

この還元プロセスでは、酸化物である鉄鉱石と還元材のコークスを高炉へ交互に重ね入れ、炉底から一酸化炭素を含んだ高温ガスを吹き込み、鉄鉱石から酸素の引き抜く還元を引き起こす。

還元によって一酸化炭素(CO)が二酸化炭素(CO2)になる際は発熱反応が起き、コークスは還元材の役割以外に、熱を発生させる熱源の役割と炉内の通気性・隙間を確保する役割を持ち、コークスの量はゼロにできない。

  • 説明会資料【3】

同社の「カーボンニュートラル鉄鋼生産プロセス」の考え方は、還元材と製鉄プロセスの転換によって大きく「電炉」「直接還元・電炉」「高炉-転炉」の3ルートが存在する。

「電炉ルート」については、2022年10月に瀬戸内製鉄所広畑地区で電炉の商業運転を開始。還元鉄(ピュアなスクラップ)と巨大な電炉を使い、鋼種ごとの条件を最適化することで、銅などの不純物の濃度を許容範囲まで抑えた高級鋼の生産に挑戦している。

  • 説明会資料【4】

東日本製鉄所君津地区は「高炉-電炉ルート」の研究開発の中心的存在として、試験高炉が建設されており、水素還元によるCO2削減の技術の確立に取り組んでいる。

還元材とプロセスの転換に残る技術的課題

製鉄におけるCO2排出量削減を目指す技術開発プロジェクトとしては、「COURSE50」(高炉-電炉ルート)と「Super COURSE50」(高炉-転炉ルート)という、水素を還元材に使った2つのCO2排出量削減プログラムが進行中だ。

2030年度までの実装を目指す「COURSE50」では水素を還元材に高炉プロセスを転換。水素還元による高炉からのCO2排出量の10%以上削減と、高炉ガスからのCO2分離・回収技術による20%削減を合わせた、約30%のCO2削減が目標だ。

試験高炉も高炉本体とCO2を分離・回収するケミカルプラントの2つのユニットで構成されている。CO2排出の削減効果については最終的に実機サイズでの検証が必要だが、昨年12月段階の実証試験データの推算では、43%の削減効果が見込まれているという。

そんな「COURSE50」の進化版として、2050年度までの実装を目指す「Super COURSE50」では、水素還元高炉と「CCUS」の取り組み(CO2の回収・貯留、回収したCO2を資源として再利用する取り組み)を加え、カーボンニュートラルを実現させる。

「COURSE50」が製鉄所内で発生した水素を多く含む副生ガスを活用するプログラムであるのに対し、「Super COURSE50」は外部水素の調達基盤を前提としている。そのためプログラムの全体像は大きく異なるが、“水素による還元鉄製造"というプロセスは基本的に共通しているようだ。

「Super COURSE50」へのプロセス転換に向けた技術的な検討課題のひとつが加熱課題だ。従来のCOガスと原料炭(コークス)で還元する製鉄プロセスでは、COガスがCO2になる際は熱が発生し、連続的な還元反応を起こす上で、理に適った有利な条件となっている。

水素による還元はCO2が出ない一方、熱を奪う吸熱反応が起きるため、熱量の確保が必要になる。現在は水素を800度以上に加熱して還元反応を引き起こすプロセスの実用化に向けた試験が進められているという。

「爆発しやすく」「漏れやすい」水素を「大量に」「安定的に」「連続的に」「安全に」「高温で」供給しなければならず、その一つ一つは既存技術で可能とのこと。だが、800度以上に加熱した水素を42本の配管から高炉に吹き入れ、24時間365日の安全運転を実現する点に、ハードルが未だ存在するようだ。

また、「COURSE50」の実証機として、君津地区に建設された試験炉は、従来の高炉の時間あたりの生産量で比べると1/400サイズ。通気性を確保する原料炭の量の検証のほか、1日1万トン規模の生産へスケールアップさせることも、エンジニアリング上の課題となっている。

鉄鋼業にとって大きな変革プロセスとなる水素による還元鉄製造。来年から実機規模での実証試験を開始し、さらなるデータ検証が進められる予定だという。