
「うぅーーーーーーーーん」
思わず声にならない、声が出てしまいました。夜中にたまたま観た“心にグッッッッッっとくるクルマ”篇と題された日産の新しいテレビCMに対する正直な感想です。
現在の日産自動車を取り巻く状況については説明不要でしょう。中国、北米などあらゆる地域における販売不振から多額の営業赤字を出し、すぐさま経営が傾くという話ではないにしても、世間を大いに心配させることに。そこで湧き上がったのが、予想だにしなかったホンダとの経営統合の話ですが、この協議はあっさり打ち切りになります。日産は単独でこの苦難に立ち向かっていくことを余儀なくされた…というか、みずからその道を選んだのです。
そのときにも書きましたが(driver3月号[2025年1月20日売り])、私は日産とホンダは一緒になるべきだと考えていました。技術力の高さを標榜する両社がうまく噛み合えばすさまじい力になるのではと信じたのもありますが、自動運転にしても電動化にしても、とにかく数の力が必要なのが今の自動車業界だからです。
先日、トヨタが自動運転分野でのWaymoとの協業を明らかにしました。サンフランシスコでもはや普通にインフラ化しているWaymoを見れば、おそらくその規模も中身もスピードも、すさまじいものになるだろうなと想像します。
じつはそれより前の3月に私は、日産のドライバーレス自動運転の社会実装に向けた無人走行する車両を取材して、その技術力、そして技術をいかに世の役に立つよう普及させていくかという哲学、考え方などに大いに感銘を受けました。けれど日産だけでは、Waymoにもトヨタにも対抗は難しいでしょう。
しかしながら日産は、少なくとも当時の経営陣は、そういうことよりプライドのようなものを選んだ。それが私の見立てです。厳しいかな?
本当にそれでよかったのか。答えはわかりませんが、少なくとも言えるのは、ホンダとの経営統合を拒んだあと、日産は新しい社長、そして多くの新しい役員を迎えて再出発を宣言はしたものの、ここに至るまで状況は大きくは変わっていないということです。新型車の投入などの施策は打ち出されましたが、それはまだ先の話。実質的な再出発は、まだできていないのです。
そんななか、日産は早速4月に「NISSAN START AGAIN 2025」と銘打った新しいブランドコミュニケーションのイベントを開き、人気俳優さんをブランドアンバサダーに任命。そして冒頭にあげた新しいCMまで披露します。
掲げられているのは、一体何度目?の「やっちゃえNISSAN」。内容は冒頭に書いた、自動運転も電気自動車も大事だけど、クルマはワクワクしなきゃ、心にグッッッッッっと来ないと…というものです。
なぜ、それに「うぅーーーん」となったかと言えば、日産にはCMを打つ前にやるべきことがあるんじゃないかと感じたから。この経営危機を、トランプ関税みたいなものまで降り掛かってきたなかで、一体どのように切り抜けようとしているのかを、外部のアンバサダーではなく新社長なりそれにふさわしい人が真摯に説明することが、まずあるべきなんじゃないでしょうかね?
「新車を出します」、「ワクワクしなきゃ」というフワッとした話だけでは、日産の将来を案じているユーザーやファン、そして世間に対して、言葉が足りなすぎやしませんか?と思うのです。
そんなことを思っていたら某SNSで、深夜の大黒PAでその界隈の方々とGT-Rを囲む新社長の姿を目にしました。いや、無論その手のユーザーも大事でしょう。でも新社長がまず見るべきは、もっと一般のユーザーでは? クルマ好き文脈だとしても、スーパーGTが先じゃない?と私は思ってしまうのです。
私だって日産は好きです。これまで何台も買っているし、新型エルグランドにだって期待しています。でも、だからこそマーケティング先行ではなく、地に足をつけて、真摯な言葉で未来を語ってほしいなと。
再出発とは単にやり直すことではなく、真に新たなスタートでなければ。日産への深い愛情がゆえに今回は少々厳しく言わせてもらいました。
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4月には上海モーターショーの取材に行ってきました。前回は日産だけでなく日本メーカーはどこもブースに閑古鳥が鳴いていたわけですが、今年は違いました。特に日産は現地合弁先、東風汽車の技術を用いた新型車N7やPHEVのフロンティア プロなど目を引く新型車が並び、前回とは一転、人だかりの絶えないブースになっていました。そう、余計なキャッチコピーなんていらないんです。モノで語っちゃえよ、NISSAN!
〈文=島下泰久〉
driver7月号(2025年5月20日発売号に掲載)