SL列車や「きかんしゃトーマス号」の運行で知られる大井川鐵道の大井川本線は、2022年9月の台風15号で被災し、川根温泉笹間渡~千頭間(19.5km)が不通になっている。これは大井川本線全線(39.5km)の約半分にあたる。千頭駅から井川駅まで運行する井川線との接続も切れてしまった。不通区間のほとんどが川根本町にある。寸又峡温泉、接岨峡温泉など観光地を抱えるだけに影響は大きい。

  • 大井川鐵道の位置。青色の実線が大井川本線の現在の営業区間、赤色の点線が大井川本線の不通区間。茶色が井川線(国土地理院地図をもとに筆者加工)

2025年3月28日の「第4回 大井川鐵道本線沿線における公共交通のあり方検討会」で、大井川鐵道と沿線自治体が協議した結果、全線復旧に向けた支援の枠組みが決定した。総費用約21億円のうち、国と自治体の補助を差し引いた大井川鐵道の負担分も静岡県、島田市、川根本町が支援する。大井川鐵道は復旧に約4年を見積もっており、今年度中に工事に着手。2029年度の復旧を見込んでいる。

総費用約21億円のうち、災害復旧費用は約4.8億円。協議ではこれに加えて、機能回復事業として約16.2億円を加えた。機能回復事業はおもにトンネルの老朽化対策である。大井川鐵道は今年で創立100周年を迎える。鉄道開業は1927年、千頭駅までの全線開業は1931年で、90年以上の傷みが顕著になっている。トンネルは覆工(内壁)の剥離やひび割れ、歪みが起きており、これ以上放置すれば安全運行に差し支える。この機会に国の支援制度を利用して、対策を万全にしようということだ。

  • 土砂流入、路盤流出、道床流出など、不通区間のおもな被災場所を赤丸で示した。被災箇所は全体で24カ所に及ぶ(国土地理院地図をもとに筆者加工)

費用負担の割合は災害復旧と機能回復で異なる。災害復旧は鉄道事業者が2分の1、国と沿線市町が4分の1ずつ負担する。これをもとに、国が1.2億円を負担。沿線市町の1.2億円は、島田市が0.1億円、川根本町が1.1億円を負担する。一方、大井川鐵道の負担額2.4億円のうち、静岡県が1.2億円の補助、島田市が0.1億円の補助、川根本町が1.1億円の補助となったため、復旧費用について大井川鐵道の負担は実質ゼロとなる。

機能回復事業は割合と支援の枠組みが異なり、国と地方が3分の1ずつ補助し、鉄道事業者も3分の1を負担する。国が5.4億円の補助、静岡県が5.4億円の補助、大井川鉄道の負担も5.4億円になる。大井川鐵道の5.4億円のうち、約半分の2.7億円は静岡県が貸し付け、島田市も0.9億円を貸し付ける。川根本町からは1.8億円の補助となった。

大井川鐵道の負担分を自治体が支援するといっても、大井川鐵道の負担がゼロになるわけではない。静岡県と島田市から合計3.6億円を借りたことになり、返済の義務が生じる。これは検討会の確認書で示された「大井川鐵道の最大限の努力」である。「全線開業したら、3.6億円をきっちり返せるくらい営業努力をしなさい」という意味だ。

川根本町のみ、貸付けではなく、合計2.9億円の補助となった。これは全線開通時の川根本町の経済効果に見合った数値といえる。大井川鐵道の全線復旧による経済波及効果を分析したところ、島田市は年間約1億9,600万円の経済効果、川根本町は年間約5億3,200万円の経済効果となった。これはコロナ禍前の2018年度と2023年度の経済効果を比較した結果である。経済効果が上がったというよりも、大井川鐵道の運休による経済損失ともいえる。

川根本町としては、年間5億円以上も損失し続けるくらいなら、3.6億円は取り返すために見合った投資だといえるだろう。この比較では、令和元年以降に営業開始した観光施設や宿泊施設を含まないとのことだから、実際には全線再開後の経済効果はもっと大きいはず。全線開通をきっかけに、新たな観光施設、宿泊施設、移住者にも期待できよう。

復旧方針決定に2年半を要した理由は「賽の河原」

2022年9月に被災し、2025年3月に復旧を決定した。なぜ2年半も要したか。その理由は、大井川鐵道がいままでに被災と復旧を繰り返し、そのつど自治体が支援してきたからだろう。自治体側としては、これ以上の復旧支援を繰り返すくらいなら、鉄道という交通手段そのものを見直すべきではないかとの疑念が生まれていたと思われる。

一方、大井川鐵道にも言い分がある。路盤流出等は鉄道側の原因だとしても、土砂流入は線路隣接地の法面(斜面)崩壊が原因だった。鉄道側としては法面を固めてしまいたい。しかし私有地だから勝手に手を出せない。斜面改良ができないから、土砂が流入しては復旧させ、また土砂が流入しては復旧させるという手間を繰り返すことになる。まるでこどもが石を積み、鬼が崩していく「三途の川の賽の河原」である。

2000年以降の災害復旧を列挙すると、2003年8月17日に神尾駅構内で土砂崩れが発生し、2004年3月19日に復旧した。静岡県が復旧費用9億円を支援した。2020年7月2日、「令和2年7月豪雨」の影響により、金谷~新金谷間で法面崩壊。さらに同年7月7日の倒木で全線バス代行となった。7月23日に運行再開したものの、3日後の7月26日に大雨の影響で家山~千頭間が不通となり、8月28日に復旧した。

線路際の土地所有者の許可を得て、法面の固定や樹木の伐採をしたいところだが、ほとんどの土地で所有者が不明となっている。当初の所有者が亡くなり、所有者の子たちに分割相続されても、その子たちが亡くなり……、という繰返しになったからだろう。こうした土地は固定資産税を徴収するために自治体が把握する必要があるものの、山林は固定資産税が低く、徴税費用に見合わないため、放置されているようだ。所有者不明のまま土地を買い上げ、代金を供託する方法もある。これは自治体に頑張ってもらうしかない。

こういう状況から、今回の復旧も足踏みを続けていた。2023年3月に行われた「第1回 大井川鐵道本線沿線における公共交通のあり方検討会」では、大井川鐵道と川根本町からの「検討会の目的は全線復旧を前提するものではないか」という問いに対し、県は「全線復旧における課題について共有した上で、全線復旧、今後の維持も含めて、沿線における公共交通のあり方について検討していきたい。必ずしも全線復旧を前提にしていない」と回答した。

2023年11月に行われた「第2回 大井川鐵道本線沿線における公共交通のあり方検討会」にて、災害復旧に4.8億円、機能回復で17.3億円、防災改良設備5.4億円という試算が示された。防災改良設備は運行再開後でも着手できるとして、運行再開に必要に費用は災害復旧と機能回復の合計約22億円となった。川根本町は全線復旧を求める理由として、「静岡県中部の重要な観光資源」「汽笛の音は沿線住民の生活の一部」「運行休止により観光客が大幅に減少し、経済的な打撃」を挙げた。

2024年3月に行われた「第3回 大井川鐵道本線沿線における公共交通のあり方検討会」では、静岡県の地域交通課長による「早期の運行再開を目指したい」との言葉で締めくくられた。実質的な復旧決定であり、あとは費用の負担の問題となった。

それでも「賽の河原」に石を積む

2025年3月28日の「第4回 大井川鐵道本線沿線における公共交通のあり方検討会」で、大井川鐵道の費用負担が約7.8億円になるところが、3.6億円の借入れにとどまった。静岡県と沿線自治体から支援を引き出せた理由は、2024年6月から代表取締役社長に就任した鳥塚亮氏の交渉力によるものと筆者は推察する。前社長時代から続く「きかんしゃトーマス号」に加えて、「Train Dining オハシ」や「SL夜行列車」など、新たな施策を打ち出した。

本誌記事「大井川鐵道の社長になった鳥塚亮氏に聞く『まず全線開通、次は…』」(2024年7月14日掲載)で、鳥塚氏は次のように語っていた。

「線路は半分しか通ってない。半分しか通ってないっていうことは、単純に考えて売上も半分です。だから、まず線路を全部直して、きちんとした100パーセントの状態にする。要は8階建ての百貨店だとすれば、1階から4階まで営業しているけれど、上が閉まってるという話なんです」
「きちんと直すってことは大前提だと思ってます。きちっと直していくことによって、別な使い方というか、いろんなことができるんじゃないか(略) その中でどうやって黒字にしていこうかとか、新しいことをやろうかと議論しないと話にならない」
「まず直していただいた上で、現状の価値で皆さんはお考えでしょうけど、じつは大井川鐵道はこれだけの価値があって、その価値を生かすことを我々はやってるんですよ。それを今度、直った段階で示していかなきゃいけない」
「とりあえず直して、一生懸命やっていく中で、また災害が起きたらどうするか、ちゃんと整備しておこうねっていう議論に持っていくほうが、私は現実的じゃないかな、と思っています」

直しても直しても被災して不通になる。だからといって、いまのままでは良くない。まずは直して、大井川鐵道の100パーセントの価値を受け止めてもらう。それから隣接地の行政出動など、持続可能なしくみを検討してほしい、ということである。

「第3回 大井川鐵道本線沿線における公共交通のあり方検討会」でも、とりまとめ案として「鉄道施設に隣接した斜面や河川等への災害発生源対策の調整」が盛り込まれていた。

全線復旧が待ち遠しい。しかし全線復旧で終わらせてはいけない。持続可能な鉄道であるために、いずれ線路隣接地の防災予防工事に手を付ける必要がある。いや、いまからでも着手すべき。もう「賽の河原」になってはいけない。大井川を「三途の川」にしてはいけない。