大手中古車販売営業会社でトップセールスパーソンとなり、2017年に独立起業。現在は、株式会社BUDDICAを含む、計3社の代表取締役を務める中野優作氏。四国地方における中古車販売や日本最大の業販サイトで圧倒的な実績を築き、中古車販売業界の革命児として活躍中だ。
情報にあふれた時代、消費者の目がますます厳しくなっているなか、優れたセールスパーソンはどのような思考を持ち、どのような手法を実践しているのか——。元日本マイクロソフト株式会社業務執行役員で、現在は株式会社圓窓の代表取締役を務める澤円氏が神髄に迫る。
お客様にとっては、「買って終わり」ではない
【澤円】
僕は車が大好きで、実は 日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員も努めています。実際に複数台の車を所有しているのですが、車を購入する際、優れたセールスパーソンとそうでない人がいることに気づかされます。中野さんが考えるトップセールスパーソンとは、どのような人でしょうか。
【中野優作】
セールスパーソンというと、文字通り「売る人」をイメージする人が多いですよね。でも、売ることだけを優先すると、売り手側が売りたい商品をお客様に押しつける、極端にいえばお客様をだますこともひとつの手段となり得ます。それでは、長い目で見たときに好成績を残し続けることは不可能でしょう。
では、トップセールスパーソンとはどのような人か? ひとことでいうと、「お客様目線を持っている人」です。お客様からすれば、車であれなんであれ、買って終わりではありません。その先には、買ったあとの「生活」が待っています。優れたセールスパーソンは、その「生活」を売ることができる人だと考えます。
例えば、車でいえば、お客様にとっては単なる移動手段ではありません。家族とのコミュニケーションの場にもなりますし、デートの武器にもなります。お客様それぞれの条件のなかで、お客様が求める移動手段以上の「なにか」を引き出し、「これを買ったらこんなに楽しい生活が待っています」と提案できる人こそ、トップセールスパーソンとなり得る人なのだと思います。
初対面から情報収集しても、警戒されるだけ
【澤円】
中野さんがトップセールスパーソンであり続けてきた、具体的な営業手法をぜひ教えてください。他業種の営業職の人はもちろん、職種は違っても多くのビジネスパーソンの参考になると思います。
【中野優作】
僕が重要視しているのは、なにより「順番」です。スポーツでいえば、ウォーミングアップを怠れば怪我をしたりパフォーマンスを発揮できなかったりするように、営業においても順番が大事だと考えているのです。具体的には、6段階にわけています。
①初対面
②アイスブレイク
③情報収集
④差別化
⑤車種選定
⑥クロージング
これは、僕自身の失敗経験から構築したものです。かつて大手中古車販売営業会社に勤めていたとき、「まず情報収集」と教え込まれました。そのため、初対面からお客様に対して、いきなりヒアリングばかりをしていたのです。ただそれは、お客様からすると、会って間もない相手から尋問されるようなものです。それではお客様に警戒されて当然ですよね。
順に説明していきましょう。「①初対面」では、とにかく最高の挨拶だけをすればいいのです。ご来店の感謝を伝え、いったん自由に商品を見てもらいます。「わたしは敵じゃないし、無理に売りつけるつもりもありません」と、安心してもらうのが狙いです。初対面で警戒されては、その先の展開はあり得ません。
続く「②アイスブレイク」の狙いは、「信用の壁」を乗り越えることにあります。そのためのコツはいくつかありますが、「共感しまくる」というのもひとつの手です。例えば、澤さんであればおしゃれですから、「そのスカーフ、とても素敵ですね」「やっぱり車もおしゃれなものをお求めですか?」と聞かれたらどうですか?
【澤円】
まだ車も見てないのについ買っちゃいたくなるとまでいうと大袈裟ですが、やっぱり「お! わかってるな」という 気持ちにはなりますよね(笑)。
きちんとプロセスを経ていれば、特別なクロージングの言葉は不要
【澤円】
そこまで進んでから、ようやく「③情報収集」に入るわけですね。
【中野優作】
アイスブレイクまでがうまくいけば、お客様の好みやこだわりなども少なからず引き出せています。そこからさらに掘り下げていくわけです。ただし、「これから情報収集するぞ!」と意気込んでしまってはお客様に構えられてしまいますから、あくまでもアイスブレイクの延長として情報を集めるようにします。
そして、次の「④差別化」にBUDDICAの特徴があります。一般的には、「ライバルにはない自分たちのストロングポイントをアピールする」ことを考えがちです。でも、お客様の立場から見れば、僕たちも選択肢のひとつに過ぎません。そこで、ライバルを潰そうとするのではなく、あくまでもライバルとの違いを明確に伝えることに徹します。そういう意味での、「差別化」なのです。
【澤円】
もしかしたら、そのお客様もライバルの会社にこれまですごくお世話になっていたかもしれませんからね。その場合、ライバルを潰そうとしていると反発心を買いかねません。あくまでもフラットな姿勢で違いを説明することで、お客様からも「ここは信用できる」と思ってもらえそうです。
【中野優作】
まさしくそこに、狙いがあるわけです。そうして「⑤車種選定」に進みます。ポイントは、展示場を「歩きながら」行うということ。ここまでの会話を重ねながら歩くと、お客様は無意識のうちにも気になる車のほうに歩いていきます。そこをしっかりと観察するのです。「会話をするうちにお客様が自然と好みや条件について話していて、気がついたらその条件に合う車が目の前にある」というのが理想です。
そして、最終段階の「⑥クロージング」に進みます。ただ、特別な言葉は必要ないというのが僕の考えです。ここまでのプロセスをきちんと踏んでおけば、すでにお客様の目の前には自分自身で選んだ「1台」があるはずです。そこで、「買うまでお客を帰さない」といった意識や言葉など必要ないのです。
ほかのお客様にとってアンフェアにならないよう、BUDDICAでは取り置きはしません。お客様を焦らせたり突き放したりする意図があるわけではありませんが、そのことをお伝えしたうえで、「あとはご家族とご相談していただいて、ご判断ください」というだけで十分なのです。
営業は「個」の時代になりつつある
【澤円】
中野さんの「モノの売り方」の極意が理解できました。そもそもの話になるのですが、中野さんはなぜ営業職を志したのですか? 営業という仕事にある魅力にも言及しつつ、お答えいただきたいです。
【中野優作】
もともとは、お金を稼ぐ手段という認識でしかありませんでした。でも、先にもお伝えした、売って終わりではなく、その先にある生活というものを提案するようになると、面白さや喜びを感じるようになったのです。生活に生まれた変化を、お客様が報告してくれるようになったわけですね。
例えば、以前に「赤ちゃんが生まれたから」というお客様に提案したミニバンが、今度は「あのときの子どもが高校生になったから」と下取りに入ってくることもあります。その子から、「免許を取ったら買いに来るからね」なんていわれたら、もうたまらなく嬉しいわけですよ。そのように、家族の安全面の責任を負うこともなるのですから、変な車は提案できません。そうした緊張感や責任感も魅力のひとつです。
【澤円】
中野さんは以前より、「営業は『個』の時代に突入する」「どこの誰から買うかが重要になる」ともおっしゃっていますね。その真意はどこにありますか?
【中野優作】
そう考えるようになった要因に、2023年10月にはじまった、中古車の支払総額表示義務化があります。その狙いは、一部の中古車販売店による不当な価格表示を是正することです。かつては、店頭のプライスカードには諸費用を抜いた実際の購入価格より安価な車両本体価格を表示しているだけで、整備費用や車両本体価格に含まれる納車費用をあとから請求するような不適切な販売行為が横行していました。
すると、お客様は当然のことながら慎重になります。そこに支払総額表示義務化が課せられたことで、必然的に業界全体の透明化が進み商品レベルが上がっていくなか、慎重になっているお客様が考えるのは「信用できる人から買おう」ということだと思うのです。
【澤円】
そうしたなかで、どのような手を打っているのでしょうか。
【中野優作】
わかりやすいものでいくと、SNS戦略が挙げられます。BUDDICAでは、従業員全員が本名で顔出しのSNSアカウントを持っています。すると、変な写真やコメントはアップできません。お客様に「見られている」感覚を持つことで、従業員全員が「正しくあろう」と考えるようになり、責任を持つようになります。これはひとつの例に過ぎませんが、そうした日々の積み重ねが、多くのお客様の信用を勝ち得ることにつながるのではないでしょうか。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文/清家茂樹 写真/石塚雅人
(プロフィール)
中野優作(なかの・ゆうさく)
1982年3月11日生まれ、香川県出身。株式会社BUDDICA、BUDDICA・DIRECT株式会社、株式会社クラクション、計3社の代表取締役社長。高校を2カ月で中退し、土木作業員に。2008年10月、株式会社ビッグモーター(現・株式会社WECARS)に入社。店舗トップの売上を記録し、営業未経験からわずか1年半の28歳で四国香川坂出店の店長に抜擢される。本部の幹部に昇進したのち、子会社・株式会社ハナテンの社長に就任。2017年5月に退社し、翌6月、中古車のBtoB販売をメイン事業とした株式会社BUDDICAを創業、代表取締役社長(CEO)に就任する。四国地方における中古車販売や日本最大の業販サイトで圧倒的な実績を築き、2024年2月には、中古車をインターネット販売するBUDDICA・DIRECT株式会社を創業。現在は、チャンネル登録者数38.5万人(2024年12月現在)を誇るYouTubeチャンネル「中野優作/人生に愛車を。」でユーチューバーとしても活躍中。
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『メタ思考』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)などがある。
※この記事はマイナビ健康経営が制作するYouTube番組「Bring.」で配信された動画の内容を抜粋し、再編集したものです。