香取慎吾主演のドラマ『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』(フジテレビ系、毎週木曜22:00~ ※FODで見逃し配信)の第9話が、きょう6日に放送される。
今作は、ある不祥事で退社に追い込まれてしまった元報道番組のプロデューサー・一平(香取)が、再起を図るため政治家を目指し、その戦略として亡くなった妹の夫と子どもたちと同居し、ニセモノの家族=“ホームドラマ”を演じることを決意する…という物語。
一平は正助(志尊淳)の願いでもあった学童保育を立ち上げ、いよいよ“家族”と“政治”が完成形へと近づきつつあった。だがそんな矢先、一平の自宅を含む大江戸区内で大規模な再開発計画が進んでいることが判明し、物語は“家族”から“政治”の物語へ大きく舵を切っていく――。
明かされた“ホームドラマ”と正助の“真の存在意義”
前回は今作における2つの大きな転換点があった。一つ目は、一平の“ホームドラマ”が子どもたちへついに明かされたことだ。
一平が政治家を目指すために“ホームドラマ”を演じていたことは、第1話ラストの次回への引きになっていたなど、今作における最も重要な事象だったと言っていいだろう。そしてそれを明かすターンは、「自分たち家族を利用していたのか!?」という子どもたちの“動揺”を利用し、よりドラマチックに仕立ててもおかしくはなかった。むしろいつかバレるという“激動”がどこかで必ず描かれるだろうと視聴者の大半が予想していたはずだ。しかし結局は、“動揺”でも“激動”でもなく、真壁(安田顕)を利用した一芝居だったのだ。それにもかかわらず、全く違ったアプローチで丁寧かつ感動的に描かれていた。
子どもたちへ“政治”とは何か?を分かりやすく解説することで一平の志をまっすぐに伝えられただけでなく、「日常にあふれている様々な問題は全て政治につながっている」という今作の大テーマをここで開示させることにも成功。感動的なシーンでありながら、「描きたかったことはこれだったのか!」という爽快感にもつながった。
もう一つの転換点は、正助の“真の存在意義”が明かされたことだ。ドラマに登場するキャラクターは、誰もが物語に必要な存在であることは当然なのだが、長い連続ドラマにおいては、悪く言ってしまえば尺を埋めるためだけの存在になってしまう人物がいるのも宿命である。
しかし、正助は一平に“家族”を提供するだけの存在ではなかった。一平が政治家を目指す“理想”であるならば、正助はその場しのぎで日々を生きていかねばならない“現実”の存在だということが分かったのだ。それはまるで『踊る大捜査線』の青島と室井における「正しいことをしたければ偉くなれ」のよう。つまり2人は“対”であり“バディ”だったのだ。それを示すために用意された“学童保育”の展開が実に自然で美しく、これもまた、「2人の関係性がここで確固たるものになった!」と分かる爽快感へとつながった。
一平と正助だけではない“理想と現実”が克明に
このように“爽快”が続いた前回だが、今回の第9話では一転、“不穏”で苦しい物語になり、クライマックスへ突入していく。一平と正助の“理想と現実”を示した学童保育が始まった矢先、大江戸区の再開発問題が大きく動き出していくのだ。
予告でもあった「選挙ドラマ編」へとシフトしたこともあり、一平と正助の2人だけではない“理想と現実”が克明に描かれていく。その中で、「再開発による立ち退き」というエピソードはよくある展開でもあり、ともすれば共感しづらい絵空事にもなってしまうのだが、これまでも“政治”を分かりやすく丁寧に描きながら、十分なエンタテインメント作品へと引き上げてきた今作だ。見事に“自分事”にさせ考えさせられる展開へと持ち込み、物語へ引き込ませるドラマチック感満載の、結末が全く読めないクライマックスへと誘っていく。
“家族”でのハッピーエンドはすでに見えていると言っていい。だが今作は“政治”で一体どんなエンディングを見せてくれるのだろうか。