普段利用している鉄道路線に新型車両が導入されるとなれば、利用者にとってうれしいはず。東武鉄道が3月8日から「東武アーバンパークライン」こと野田線に投入する80000系は、ベビーカー利用者らに配慮した「たのしーと」を4号車に設け、車内防犯カメラを設置するなど快適な装備で注目されている。ただし、新型車両への期待だけではないようで、SNSに懸念の声が上がっている。
懸念の理由は「減車」にある。現在の野田線は6両編成で運行している。しかし、3月8日から営業運転を開始する新型車両80000系は5両編成で、1両少ない。そればかりか、既存の60000系も現在の6両編成から5両編成に「減車」する計画で、「通勤時間帯の混雑が激しくなる」という。平日の通勤時間帯は柏側の1両が女性専用車なので、大多数を占める男性通勤者が乗れる車両は4両だけになる。「女性はなるべく女性専用車に乗ってほしい」という意見もあった。
東急東横線で10両編成と8両編成が混在するなど、列車の種別や直通会社の車両によって編成両数が異なる路線はよく見かける。湘南新宿ラインや上野東京ラインは10両編成と15両編成が混在し、5両も異なる。10両編成で運転される列車の混雑が指摘されており、JR東日本は車両の運用を見直すなど改善に努めている。
減車の例として、阪急神戸線は2月22日のダイヤ改正で10両編成の通勤特急を8両編成に変更した。しかし、東武野田線のように全列車を5両編成に減車する例は珍しい。とくに首都圏の通勤電車は車両を大型化し、編成両数を増やすなど輸送力増強に努めてきたから、この「減車」が他の路線にも広がれば、首都圏における輸送力の折返し点になるかもしれない。
減車の理由は「環境負荷の低減」
この減車は、2022年4月28日発表の報道資料「東武アーバンパークラインに5両編成の新型車両を導入します」で公表された。報道資料を見ると、「省エネ・CO2削減により環境負荷を低減させるとともに、快適性・サービス向上を目指し」とあり、さらに「同路線で運行される列車の1編成あたりの両数を6両から5両に変更することで、従来型の車両についても使用電力量を削減しながら、適正な列車本数の維持に努める」と記されている。
2024年4月16日発表の報道資料では、新型車両の形式が「80000系」であることに加え、既存の60000系を6両編成から5両編成に改造することも示された。80000系は25編成125両を導入予定とされ、40年以上活躍した8000系、35年以上活躍した10000系(10030型)を置き換える。80000系は60000系と同程度の消費電力で、8000系に比べると40%以上の消費電力削減になるという。
また、60000系を6両編成から5両編成にする際に抜き取った中間車(モーターなし)を80000系に組み込む。60000系は18編成あるから、80000系の新規製造は125両から18両を差し引いた107両。車両の製造も大量のエネルギーが必要だから、これも「省エネ・CO2削減」の目的に合致している。
減車のもうひとつの理由にホームドアがあるかもしれない。これからホームドアを整備するにあたり、ホームの端が狭い、または構造物がある場合はホームドアを設置できない。いっそドアカット装置で該当する車両のドアを開けないという考え方もあるし、無理やりホームドアを設置すれば乗務員室の扉が開かなくなるという弊害も考えられる。減車できるならそうした配慮は不要になる。
減車しても大丈夫か
エネルギーとCO2を削減したいという考えはわかる。しかし、そうだからといって混雑を増やしたり、積み残したりしては、鉄道の役割として本末転倒ではないか。減車に至る理由は、「減車しても混雑は極端に増えない」という考えがあるからだろう。
東武鉄道が公開している資料によると、野田線の北大宮駅から大宮駅までの混雑率は1970年に192%、新船橋駅から船橋駅までの混雑率は222%にのぼっていたという。その後は輸送力の増強に努め、18m車両の6両化、車両の20m化、部分的な複線化、急行運転を推進。その間、輸送力の増加傾向は続くも、混雑率は低下していく。
コロナ禍の影響を受けた2020年度、混雑率は北大宮駅から大宮駅まで91%、新船橋駅から船橋駅まで101%だった。これは輸送人員減少が原因となっている。通勤時間帯における北大宮駅から大宮駅までの輸送人員は、2000年度の1万7,030人から2020年度は9,772人に落ち込んだ。新船橋駅から船橋駅までの輸送人員も、2000年度の1万2,950人から2020年度は1万9人に減っている。
輸送人員の減少は、2005年につくばエクスプレスが開業し、流山おおたかの森駅で乗り換える人が増えたことも影響している。ただし、こちらもコロナ禍で減少した。初石駅から流山おおたかの森駅までの輸送人員は、2010年度の1万2,674人から2020年度は6,986人と大幅に減っている。
野田線に5両編成の新型車両を導入するとの発表は2022年だったから、この輸送量の落ち込みを考慮した施策と思われる。2020年度の輸送量が大幅に落ち込み、2021年度も回復の見通しが立たなかった。当時は鉄道輸送量の回復は最大で80%という見方が多かった。ならば6両も必要ない。ちなみに、2023年度の輸送量は北大宮駅から大宮駅まで1万879人、初石駅から流山おおたかの森駅まで7,679人、新船橋駅から船橋駅まで1万1,505人。回復しているものの、コロナ禍前には届かない。
これらの実績と予測から、6両編成から5両編成への「減車」は妥当という経営判断が下ったと考えられる。「現在でも混雑しているのに」という声もあるが、数値上は国土交通省の指標である150%に届かない。この感覚の差異は何かといえば、乗車する車両の偏りではないかと思う。とくに大宮駅は頭端式ホームの先端に1カ所しか出入口がないため、おのずと大宮側の車両に乗客が集中する。女性専用車は最も遠い柏側だから、急ぐ女性も大宮側の車両を選んでいるかもしれない。
野田線全体を見ても、出入口が1カ所だけの駅がいくつかある。この混雑は列車が5両でも6両でも変わらない。混雑問題の解決は車両の増減より分散乗車の案内と乗客の協力が必要だろう。
大宮駅はさいたま市のとりまとめにより、改良計画が進んでいる。野田線の駅舎を橋上化してホームと列車の停止位置を南側に延伸し、ホーム北側に新たな出入口を設け、新設する北側東西連絡通路に接続する。これで大宮駅の先頭車混雑問題は改善されるのではないか。
いいこともある、後戻りもできる
80000系の投入と、60000系も合わせた5両編成化は、省エネ・CO2削減だけでなく、乗客にも利点がある。スピードアップだ。旧型車両を一掃し、新性能の車両に統一することで、新型車両本来の加速・減速・曲線通過速度を使える。従来は40年前の車両である8000系の性能に合わせたダイヤになっていた。5両編成化によって分岐器の通過時間が1両分減るから、大宮駅、柏駅、船橋駅の各駅で折返しに必要な時間を短縮できる。
それでも混雑が解決できず、5両編成化の利点が見出せない場合は、6両編成に戻すという選択肢もありうる。「野田線5両車両新造工事」と「野田線60000系車両5両化工事」の完了日は2029年3月まで。つまり、あと4年間は5両編成と6両編成が混在することになる。女性専用車両と弱冷房車両の位置が異なる状況はあるにしても、4年のうちに「やはり5両編成化は失敗だった」と判断すれば、新たに18両を製造して6両編成に戻せばいい。
筆者は野田線にはめったに乗らないから、利用者はこの考え方に賛同しにくいかもしれない。とはいえ、この問題は野田線にとどまらない。他社も含めて乗客数の回復が見込めない路線では、野田線を手本にして減車する選択もありそうだ。
通勤時間帯の10両編成が満員でも日中はガラガラという路線もある。日中は5両編成で、通勤ラッシュ時は5両増結というような融通の利かせ方はできないものか。かなり手間はかかりそうだと想像できるが、せめて需要回復までは手間を惜しまず、経費削減、増益する方法もあると思う。