はしがき

藤井聡太竜王・名人が八冠を手中に収め、棋界は「藤井一強時代」に入っている。しかし、将棋界には藤井以外にも強くて魅力的な棋士がたくさんいる。この連載ではトップ棋士たちに現状の認識と、それを踏まえたうえでこれからどう戦っていくかを聞いていきたい。トップバッターは中村太地八段。プレイヤーとしても普及の面でも活躍する中村に「私の戦い方」を語ってもらった。

  • 今回の主役、中村太地八段

    今回の主役、中村太地八段

【インタビュー日時】2023年12月8日【写真】田名後健吾【記】島田修二

※本文中の段位は将棋世界本誌掲載当時のもの

【テーマ1 現在の将棋界について】

藤井さん以外の全棋士に課題が突きつけられている状態

―本日はよろしくお願いいたします。

「よろしくお願いします」

―まずは「現在の将棋界」ということで、直近で行われた王座戦と竜王戦についてお聞きしたいと思います。藤井八冠誕生の舞台となった王座戦からお願いします。

「歴史的に大きな意味のあるタイトル戦で、世間からも注目を集めました。私は決着局の解説をしたのですが、お互いの研究も深いし中終盤のねじり合いもすごい。でも最後に人間ならではの逆転のドラマがあったのは、とても魅力的なところだと思いました。内容的には永瀬王座が押していたと思いますが、一方で藤井竜王・名人の『最後に勝つ』という勝負師としての強さも感じたシリーズでした」

―永瀬王座が相当な覚悟を持って臨まれたように見えました。

「そうですね。緊張感のある展開に持ち込んで戦っていて、相手が1手でも道を踏み外したら、もうそのまま勝ちに持っていくような鬼気迫る将棋でした。盤上に現れたのは一つの手順ですけど、水面下の隅々の変化まで網羅しているのがすごい。永瀬九段の研究がたまたまピタッとはまったのではなくて、どの道を選んでもあのような展開になっていたと思います。現代将棋において一つの形でバスッとはめるっていうのは、棋士ならば誰しもが持ちうる技術ですが、それをあらゆる展開で実現できるのは永瀬九段のすごいところです」

―先日、『八冠 藤井聡太』(日本将棋連盟)のインタビューで渡辺明九段が「藤井さん、永瀬さん、伊藤さん(匠七段)の研究には自分もついていけない」ということをおっしゃっていました。

「確かにその3人については、序盤で3人の当たり前の常識というか、定跡が作り上げられているような印象です。実戦に現れていない局面からさらに2歩3歩先をいっている感じがあります。序盤研究という意味では彼らが引っ張っていると思いますし、その人たちが勝っているというのは、現代将棋の必然の流れかと思います。ただ、その中で現在は8つのタイトルを全ての一人の人が持っているというのも事実です。高いレベルの序中盤の知識があって、中盤で互角の局面を保つのはすごいことではあるんですが、未知の局面からヨーイドンで始まって勝ちきるためには、やっぱり中終盤力が必要ということだと思います。藤井八冠の場合は逆転勝ちはありますけど、逆転負けはほとんどありません。その差がいま、全棋士に突きつけられているところだと思います」

―逆転という話が出ましたが、王座戦では永瀬王座が終盤で間違えてしまう場面がありました。

「序盤から中盤まで、本当に1滴の水もこぼさないように対局してきた極限状態の中で起きたことなのかなと思います。特に相手が藤井竜王・名人ということで何か飛んでくるんじゃないかというプレッシャーもあったでしょうし。普段の実力を出せればというのはありますけど、それは言うのは簡単でやるのは難しいことです。将棋は結構、信用の世界でできているところがあって、強い相手がこう指してきたから、何か深い意味があるんじゃないかと考えて疑心暗鬼になるのはよくあることです。似たような話で、対局していて両者とも詰みに気づいていなかったというのがよくあるじゃないですか。そういうのもお互いの雰囲気が影響し合っているからだと思います。周りでぱっと見た人はすぐに詰みに気づいても本人同士は、同じような思考になってしまって片方が気づかなければもう片方も気づかない。対局者というのは朝対局が始まってから終盤になるまでずっと同じ時間を積み重ねてきていますし、中盤のこの変化があるから終盤でこの変化は利かないと思っていた、というように考えるのもよくあることです。王座戦の永瀬王座の指し手についても、別の時間軸で見ていた人とは感じ方が違うという側面はあると思います」