――多くの犬猫を救い続けている、元イギリス軍兵士のトム率いる動物救助隊「BREAKING THE CHAINS」に関する話も非常に印象的です。戦争で自分自身が重度のPTSDを患ったトムの「命を救うことは、戦うことよりずっと勇気のいる大切なことだと思います」という言葉は本当に刺さりました。
かっこいいですよね。なにしろ元兵士で、イラクやアフガニスタンで従事していた人が言うから余計に心に響きます。彼はロンドンの生まれで、おじいさんもお父さんも軍人の家で育って、中学を出てすぐ軍隊に入った。だから自分の一生は軍に入って敵を倒す、殺すことだと疑わず大人になった。
だけどあるとき、部屋から出られなくなって何もできなくなってしまった。何回も命を絶とうとするほどだったそうです。そうした彼を誰も救えなかった。人間ではダメだった。けれど、軍用犬の世話をしたら笑うことができた。彼は「自分の命を救ってもらった」と感じて、残りの人生を全部犬に懸けようと思ったと。それでイギリス軍にいた仲間と「BREAKING THE CHAINS」を作った。かっこいいなとすごく胸を打たれました。次は彼を追ったドキュメンタリーを撮りたいなと思うくらい魅力的な人です。
――本当ですね。しかし動物を救うという目的があるとはいえ、自分自身がかつて精神を病んだ前線に出ていくのは相当キツいのでは。
殺しにいくのと救いに行くのでは違うらしいんです。以前は殺しに行っていた場所に、今度は犬猫を救いに行っている。それは精神のありようが違うみたいです。
あらがって命がけで動物たちを助けている人たちが必ずいる
――ロシアの侵攻から3年です。こんなに長引くとは正直思っていませんでした。
大きな歴史の中で、ロシアがウクライナに侵攻したということは残るだろうけれど、その中で動物がどうだった、何が起こったかということはおそらく残らないし、忘れ去られてしまうかもしれない。でも現実にはたくさんの動物が犠牲になっていたり、それでも助けようとした人がいた。そのことを知ってほしい。それも彼らなりのレジスタンス(抵抗運動)、ひとつの反戦につながればいいなと思っています。この映画も、戦争が起こるとこういうことが起きてしまうんだということを知っていただくためのひとつの手段になる。
――今回、長きにわたる取材の上で本編を完成させて、改めて山田さん自身が強くした思いを教えてください。
最初に動物愛護について撮ろうと思ったときのことをさかのぼって考えてみると、日本には殺処分が多くて、「どうして犬を殺すんだ」「殺しているのはどんな人たちなんだ」という悪い部分に目を向けてスタートしました。その後の被災地や、今回の戦争にしても、動物がひどい目に遭っている。その状況には何があるのかを、ある意味多少告発するような気持ちで取材に行くんです。最初は。でもいざ足を運んでみると、そこには必ず命がけで動物たちを助けている人たちがいる。福島のときもそうだったし、能登半島のときも、今回もそう。
とても献身的で、たくましくて優しくて人間的にも魅力的な人が多いから、彼らを撮ろうと気持ちが変わるんです。「なぜこうなったんだ!」と悪い部分を暴いてやろうというより、そうした状況にもかかわらず、あらがって頑張る人たちを撮ろう。「人類捨てたもんじゃない!」という気持ちに変わる。
誰が悪かったのかと追及するメディアはたくさんあるかもしれないけれど、自分は「でも頑張っている人がいます」ということを撮るほうが好きだなと。自分の利益とか関係なく、何なら犠牲になってもいいから動物を助けに行く人たちがいる。そういう人たちが必ず現れるし、それを伝えなくてはと思う。その思いを、今回も改めて強くしましたし、現実とともに、彼らの姿を知ってほしいと思っています。
●山田あかね
東京都出身。テレビ制作会社勤務を経て、1990年よりフリーのテレビディレクターとして活動。ドキュメンタリー、教養番組、ドラマなど様々な映像作品で演出・脚本を手がけている。2010年、自身の書き下ろし小説を映画化した『すべては海になる』で映画初監督。東日本大震災で置き去りにされた動物を保護する人々への取材をきっかけに手掛けた監督2作目『犬に名前をつける日』(16年)は、国内外で評価され続けている。映画『犬部!』(21年)では脚本を務めた。2022年2月24日に起きたロシアによるウクライナ侵攻から約1カ月後、『犬と戦争』の取材を開始し、完成に至った。元保護犬の愛犬“ハル”と暮らす。