
『Octane』UKスタッフによる愛車レポート。ラリーやサーキットで活躍する1954年ダイムラー・コンクエストと、2008年アルファロメオ・ブレラ・プロドライブSEの相次ぐ故障にもピーター・ベイカーは「よくあることさ」と平静を装っている。
【画像】頑張り過ぎた「ドリス」のデフと、ローダーで運ばれる「アルフィー」(写真3点)
2024年11月初旬に開催された『ラリー・プレスコット2024』は、ドリスと私のシーズン最後のヒルクライムになるはずだった。日中と日没後に3回ずつ、計6回の走行が行われるという点で、異例というかユニークなレースだ。また同じく珍しいことに、今回はグロスタシャー州の美しい町が大雨に見舞われることがなかった。果たして私は、いやドリスは、コースタイム72.55秒の記録を更新できるだろうか?という疑問が頭をもたげた。
答えはイエスであり、そしてノーだった。初回の練習走行では、計測時間は72.38秒と出た。勝負はついた。しかし2回目、エットーレのヘアピンに進入したときに私は才能を使い果たした。堂々たるヘビー級のダイムラーをハーフスピンさせてしまった。記録を出すのはなかなか大変なのだ。
そして3回目がやってきた。何百人もの観客が、ホイルスピンをしながらの私のスタートに声援を送ってくれた。それに励まされた私はというと、プリセレクタを3速に入れる前に、1速と2速を長く使いすぎたようだ。かなりの衝撃音の後、まったく進まなくなってしまった。
数多くのモンテカルロ・ラリーや3シーズンにわたるヒルクライムを乗り切り、年初に行われたドラッグ・レースでも頑張ってくれたディファレンシャルだったが、頑張り過ぎて粉々になってしまった。
私たちは静まり返った観衆の前で、申し訳なさそうにゆっくり、そして静かに後方へ戻り、赤いフラッグがはためく中パドックへと帰った。もちろんこれで、その日だけでなく2025年までの楽しみは終わってしまった。
私のように古い車を何台も所有していると、故障が連鎖するのはよくあることだ。なので、週末にスパの6時間レースに参加していた私のアルファロメオ・ブレラがベルギーで動かなくなったときもさほど苦労はしなかった。日曜にもかかわらず、RACのヨーロッパ・レスキュー・センターへ電話をしたら、あっという間に私のアルファロメオ「アルフィー」は、最寄りのスペシャリストの元へと向かうことができた。
その間に荷物をまとめ、次のユーロスターに乗り込み、ロンドンへと向かった。数日後、ティユーのゴブレット・ガレージの親切な人たちから電話があった。彼らは燃料ホースの亀裂を発見し、交換してくれていた。また、すべてが快調だとも言ってくれた。幸せが溢れてきた。私は急いで戻り、控えめといえる請求額を済ませた後、何事もなかったかのように家までドライブを続けた。
アルファのアルフィーはその後すっかり落ち着きを取り戻し、数千キロを無事走破したことを付け加えておく。そして『ダイムラー&ランチェスター・オーナーズ・クラブ』の親切な人たちが交換用のディファレンシャルを見つけてくれたので、ドリスはまたしても張り切っている。
わーい、やったね!2025年のさらなる冒険に、乾杯。
Peter Baker