
第二次世界大戦開戦後、アメリカのフランクリン・D・ルーズベルト大統領が乗っていた防弾仕様のキャデラック・タウンセダンには、意外な経歴があった。「シカゴ・ギャングのボス」アル・カポネから脱税容疑で差し押さえた車両を転用したのだ。しかし、この車両は防弾ガラスを備えているだけで、十分な防護性能とは言えなかった。
【画像】大統領専用車の実態を垣間見られる貴重な1台、クリントン元大統領のキャデラック・フリートウッド・ブロアム(写真15点)
本格的な装甲車として、防弾ガラスだけでなくボディパネルにまで防弾処理を施した大統領専用車、リンカーン「サンシャイン・スペシャル」が登場したのは1942年のことである。以降、歴代大統領には防弾仕様の専用車が用意されてきた。ただし、ジョン・F・ケネディ大統領がパレードで使用したリンカーン・コンチネンタル・リムジンのコンバーチブルは、その脆弱性が後の悲劇を招くことになる。
そんな大統領専用車の最新世代は、防弾性能に加えて防爆仕様を備え、化学兵器対策まで施されている。その実態を垣間見られる貴重な1台が、1月18日開催のメカムオークションに姿を現す。1996年キャデラック・フリートウッド・ブロアム大統領専用車である。
この車両は、クリントン政権下で製造された3台のうちの1台で、民間に払い下げられた最新の大統領専用車だ。車体は床部分を含む全面に装甲が施され、M-16ライフルの銃弾にも耐えうるB6基準の防弾性能を有する。車両重量は驚異の5,440kg以上。動力源には、NASCARの伝説的チームオーナー、ジャック・ラウシュ率いる「ラウシュ・レーシング」特製の7.4リッターV8エンジンを搭載している。
防御システムは当時の最高水準を誇る。7.6cm厚の特殊ガラスによる完全防弾、車体全体に施された防爆装甲、化学兵器対策用の酸素供給システムと消火システムを完備。さらに、攻撃によるタイヤ破損を想定し、パンクしても走行可能なランフラットシステムも採用している。5トンを超える車重を支えるランフラットタイヤの性能は、現代の技術水準をもってしても驚嘆に値する。
走行距離はわずか1,007kmに留まる。これはリスク最小化の観点から、シークレットサービスが大統領の車両移動を極力制限していたためだ。短・中距離移動には大統領専用ヘリコプター「マリーン・ワン」、長距離移動には大統領専用機「エアフォース・ワン」が優先された結果、この車両は最高度の警備が必要な短距離移動と公式行事に限定して使用されてきた。同型車の残り2台は、1台がクリントン大統領図書館で展示され、もう1台は今もCIAが保有している。
メカムは予想落札価格を明示していないが、オークションのスタート価格が落札価格を大きく左右しそうだ。参考として、クリントン政権下でこの3台は約600万ドルで開発された。当該車両は、防弾・防爆仕様の大統領専用車としては比較的新しい部類だが、製造から29年を経た現在、その技術や仕様に機密性は残されていないのだろう。
この記事を機に、日本の歴代総理大臣専用車や御料車の払い下げも実現しないものだろうか?
文:古賀貴司(自動車王国) Words: Takashi KOGA (carkingdom)