チャーリーxcxが語る『BRAT』の真実、女性ポップスターのリアルな実像

女性ポップスターは、自分が思っていることを必ずしも正直に語ってくれない。だが、チャーリーxcx(Charli xcx)は違う。今年6月にリリースされた『BRAT』で彼女は、時代に求められるアーティストになるために必要な不安感や競争心、野心、プライド、知性を惜しみなく披露した。グラミー賞で9部門にノミネートされ、米ローリングストーン誌が年間ベストアルバム第1位に選出。海外メディアのランキングを総なめにし、一大旋風を巻き起こしたた2024年最重要アルバムの制作背景とは?

いつも「そのこと」を考えている

チャーリーは、ヘドニスティックで自由気ままなクラブレコードともいうべき本作に取り組んでいる最中に、子どもを持つというのはどんな気分だろう、と考えた。現在32歳の彼女は、常にエクストリームなアーティストとして、ひいては感情面とクリエイティブ面の両方においてギリギリの状況で本領を発揮するヒロインとして生きてきた。だが、もうそろそろ目新しさばかりを追い求める年齢でもない。30代を迎え、婚約者であるThe 1975のドラマー、ジョージ・ダニエルとの関係も順調だ。そろそろ……という思いが脳裏をよぎるのも無理はない。

チャーリーがそう思うようになったのは、あるきっかけがあった。それは彼女が脇役を演じる別の誰かの人生——友人でコラボレーターでもあるスウェーデン出身のシンガーソングライター兼プロデューサー、ヌーニー・バオの人生に足を踏み入れたときのことだった。そのときチャーリーは、友人の誰よりも先に出産を経験していたバオに会うためにストックホルムを訪れていた。「あの子はいつもと変わらない服装をしているのに、私とまったく違う視点で人生を見ていた。そのことが衝撃的だったの。でも、彼女はそれを私に押し付けようとはしなかった。(自分が母親になったことを)単なる事実として受け止めていた。いまの私とあの子とでは、生きている目的が全然違うことに気づいた」とチャーリーは振り返る。彼女は、母親になった人にしかわからない、謎めいた真理をバオが掴んだような気がしたのだ。それを機に、いつか自分もその真理にたどり着けるのだろうか、と思いをめぐらせるようになった。だが、「やっぱ、やーめた。(女性は子どもを産まなければいけないという)何世紀にもわたる”洗脳”に屈したくなんかないし」と反抗するかもしれないし、彼女のほうが”折れて”母親になるかもしれない。そうなったときに彼女は、これでよかったと納得するのだろうか。それとも、かつての自由を切望するのだろうか。

ローリングストーンUK版の表紙を飾ったチャーリーxcx(Photo by Tyrell Hampton)

実際のところ、もし自分が子どもを持ったら、という疑問は以前から頭の中にあったそうだ。「子どもを持たなければ、私は女性として劣っているの? 目的のない人生を歩んでいるような気分になるの? こんなことを言うべきじゃないってことはわかっているけど、これは生物学的な問題であると同時に、社会的なプログラミングでもあるの。女性は、こういうことをあけすけに話してはいけない、というプレッシャーと闘っている。それはポップミュージックというか、音楽全般においてもいえること。だってアーティストである私たちは、セクシーで自由で、ワイルドで楽しい人たちでなければいけないから」とチャーリーは言う。『BRAT』はすでにこうした要素をすべて兼ね備えていた。そこで彼女は、母親になるという可能性に対する素直な気持ちを綴った独白をアルバムの最後から2番目の曲に加えた。それが「I think about it all the time」(いつもそのことを考えている)である。

子どもを持つかどうかと悩む女性の多くは、誕生日が過ぎるたびに、そして知人がSNS上で妊娠を告知するたびに、自分が追い詰められているような感覚を抱くのではないだろうか。それが前作(2022年の『CRASH』)でUKチャートのトップに輝き、「Speed Drive」(映画『バービー』サウンドトラックの収録曲)というヒットを飛ばしたチャーリーXCXほどのポップスターともなれば、そう簡単に答えを出すことはできない。「私がいま置かれている状況からして、『避妊をやめないといけないし、ツアーも休まないといけない。ジョージ(・ダニエル)の意見も聞いてみて、それから子どもをつくってみよう』みたいな感じになると思う」とチャーリーは口を開き、しばらく言葉を探してから「私ってガキだな。自分には、そんなこと決められない気がする」と言った。

だが、遅かれ早かれ、どちらかの道を選ばなければならないときは来る。「決断しないといけない——私たちにはタイムリミットがあるから……」とチャーリーは言い、「女性としての」と言う代わりに腹立たしそうに鼻を鳴らした。

カルトクラシックとしての生き方

チャーリーは、自宅で本誌のインタビューに応じた。彼女が姿を現したとき——サングラスをかけて、裏口から大股で入ってきた——外はすでに暗くなりかけていた。私は、彼女がYouTube撮影から戻ってくるのを待っていた。どの部屋も内装はきらびやかで、ファッションフォトグラファーのティム・ウォーカーの作品から飛び出してきたかのようだ。驚くほど高い天井から吊るされたシャンデリアやスタイリッシュなコーヒーテーブルブック、何気なく置かれたアニマルプリントの家具やオブジェに加えて、隅には肖像画が置かれたイーゼルまである。チャーリーは、ハリウッドヒルズに立つこの邸宅を2020年に超売れっ子DJ/プロデューサーのカルヴィン・ハリスから買った(ハリスの前の所有者はスウェディッシュ・ハウス・マフィアのスティーヴ・アンジェロ)。そのせいだろうか、この家はパーティの神々から祝福されているのでは、と思うくらい縁起が良さそうだ。

縁起が良い、という表現は決して誇張ではない。チャーリーの人生は、この家を購入した直後に大きく変わった。デビューからの10年間、チャーリーのアヴァンポップは反体制というイメージが強く、イギー・アゼリアの「Fancy」やアイコナ・ポップの「I Love It」といった参加曲がメインストリームで収めた成功の陰に隠れてしまっていた。だが、パンデミックの収束とともにハイパーポップというサブジャンルの過激なゲームチェンジャーとして頭角を現し、ポップミュージックに対して強い影響力を持つアーティストへと変貌を遂げた。この日の夜は大事な予定が入っているらしく、インタビューの時間は限られていた。チャーリーは私の前に立って階段をのぼり(この日はグレーのスーツにネオンピンクのハイヒールというコーディネート)、キャンドルの灯りに照らされた仄暗いスタジオルームに私を案内した。

ほどなくしてチャーリーは、『BRAT』から何曲かを選んで再生ボタンを押した。レトロなY2K EDMサウンドから着想を得た曲がスピーカーから爆音で流れる。しばらくすると一時停止を押し、満足そうに椅子に背をあずけた。たばこを取り出し、缶コーラをごくりと飲む。その姿からは、自分が王者であるという自信がありありとうかがえた。「私の最高傑作! これだけは確かね」とチャーリーは言う。そしてオートチューンが効いた痛いくらいにパーソナルなバラード「I might say something stupid」をかけ、この曲は「有名だけど、まだ売れきれていない」自分が、業界関係者が集まるパーティに行った翌朝に感じる実存主義的な恐怖を歌ったものだと解説してくれた。

「この曲は『なんで、あんなバカなこと言ったんだろう。あの場に私の居場所はあったのかな。ありのままの自分でいられなかったから、自分の一面をやたらと誇張してしまったの? そもそも、私っていったい何者?』という気持ちを歌っているの」とチャーリーは無造作に言い、こう続けた。「特に大御所アーティストに囲まれていると、自分のポジションがいかに不安定であるかを痛感させられることがある。アーティストの多くは、私と同じことを思っていると思う。でも、誰もそれを言わない。だって私たちは、強くて自信に満ちあふれていなければいけないから」。

このインタビューが行われたのは2月初頭だったので、挑発的なシングル「Von dutch」も、EP『Vroom Vroom』の片割れ的な「Club classics」も、エネルギッシュな「B2b」も(チャーリー曰く、短期的な関係を歌ったもので、結果的にお相手はポップスターとばかり付き合うような男だった)彼女のファンの耳には届いていない。この点を踏まえて言うと、感情面はさておき、何よりもまず『BRAT』は正真正銘のクラブレコードである。サウンド面に関しては驚くほどシンプルだ。トラックごとに使用されるサウンドの数は絞られていて、それが効果的な空白を生み出すことで歌詞がより一層際立つようになっている。今回の「すっきりとした」プロダクションは、2021年に他界したソフィー(SOPHIE:チャーリーの友人でコラボレーター)の楽曲や、ピーチズの「Fuck the Pain Away」からヒントを得たものだという。その循環性といい、繰り返し登場するサウンドの効果的な使い方といい、『BRAT』ははじまりも終わりもない、心地よいDJミックスのような印象を与える。

「私がもっとも生き生きとしていられるのは、エレクトロやクラブミュージックの世界にいるとき。ポップスのライブに行ったりとか、バンドとかは最悪」と、チャーリーはカリフォルニア訛りのあるイギリス英語で言った(ロサンゼルスで暮らして10年ほどになるが、育ったのはイングランド東部エセックス)。「そう考えてみると、不思議だよね。だってジョージはバンドマンじゃない? でも、私がそう思っていることもわかってくれている」。さらにチャーリーは、エモーショナルな音楽を聴いても心が動かない、と言った。だが、エレクトロニックミュージックは違うようだ。「悲しみと美しさ、そして沈黙がある——聴くだけで、自分の中で化学反応のようなものが生まれる」。

Charli wears jeans by Maison Valentino (Photo by Tyrell Hampton)

チャーリーとジョージ・ダニエルが出会ったのは2021年のこと。ノー・ロームとのコラボ曲「Spinning」で一緒に仕事をしたのがきっかけだった。この他にも、チャーリーとダニエルはいくつかの楽曲を共作している。だが、最近は私たちがいるこの部屋にこもり、Boiler Roomのイベントに向けたリミックスに取り組んでいる(すでにBoiler Room史上もっとも多いRSVP数になっている)。「私たちは、どちらも相手にすごいって思ってほしいの。これは、私たちふたりの特技でもある。でも、ジョージとスタジオに入っていると、ビッチになるのは私のほう」とチャーリーは笑って続けた。「だって、私たちは私生活でも近しい間柄だから、普通の人がスタジオで仕事をするような感覚では働けない」。それによって、ドラマーとしてバンドのダイナミクスを担うことの多い、腰を据えて取り組むタイプの完璧主義者であるダニエルに「さっさとしてよ!」といじわるを言うこともあるそうだ。だが、チャーリーの驚くべき瞬発力とダニエルの堅実で高いスキルは見事にハマっている。「私たちの間には、すごくいい流れがある。ジョージは余白のようなものをたくさん作ってくれるから、リラックスして自分のやりたいようにできる」。

コロナ禍にリリースされたアルバム『how Im feeling now』(2020年)で歌われたリアルタイムのフラストレーションや希望、夢といったものが『CRASH』のラジオフレンドリーなポップスのメタファーに置き換えられたように、『BRAT』は『CRASH』のそうしたメタファーをすべて置き換えてしまった。「私としては、インスピレーションを得るために振り子を真逆の方向に振った感じ」とチャーリーは本作について語った。だが、これは彼女のメンタリティ全般にも言えるのではないだろうか。『BRAT』の収録曲の歌詞はボイスメモで交わされた会話のようで、そこには深い意味があるように感じられる。「確かに、プライベートで友達に言うようなことを言っている気分だった」と彼女は言い、こうした親密なアプローチを『CRASH』のシングル「Good Ones」で取り入れたアプローチと比較した。「だって、実生活では”いい男をいつも手放してしまう”なんて絶対言わないし!」と言うと、笑いながら両手で太ももを叩き、椅子をくるりと回転させて次のように続けた。「実生活では、『終わった。どうして私はいつもクソ野郎にばかり引っかかるんだろう』って言うはずだから」。

チャーリーがこれまでにリリースした楽曲の多くは、人間関係や浮気、ダメ男たちのことを歌っていた。だが、現在の恋人との関係をほのめかす「B2b」(彼女の人生とキャリアに欠かせない存在として「ジョージ」を暗示させる歌詞が登場する)を除き、『BRAT』は女性がテーマのアルバムである。彼女がいままで接してきた女性たちとの関係性やソフィーへの想い、他の女性アーティストに対するライバル意識、そして最終的には自分というひとりの女性との関係性を歌ったアルバムなのだ。それは鋭くも内省的で、真に迫ったものとして感じられる。たとえば「Sympathy is a knife」がそうだ。この曲でチャーリーは、不安定な自分を誰かに見てもらいたいと思いながらも、同情(sympathy)を寄せられることで結果的に気まずさしか感じないと歌っている。こうしたテーマは、二流の作詞家や商業的なアーティストの手にかかると、感傷的でセラピーのような語り口でリスナーをしらけさせてしまいかねない。だが、チャーリーの場合は違う。「私が何かを言うと、みんな心から信じてくれるような気がする」と彼女は言った。

ここで時間切れとなり、私は帰り支度をはじめた。その前に、このあとの予定は?と尋ねてみる。きっと大事なイベントでのスピーチを頼まれていたり、億万長者の誕生日パーティで歌うことになっているのだろう。すると、その顔から笑顔が消え、急にもモジモジしはじめた。「フェイシャルトリートメントを受けにいくの……なんだ、そんなこと? って思うよね」と口を開き、私と目を合わせないようにニヤリと笑った。「でも……すっごく上手なんだよね。だから、キャンセルしたくなくて……ごめんね」。

それを聞いて”カルトクラシック”(「Von dutch」より)と自分を呼ぶチャーリーらしい答えだと思った。キャリア史上もっとも間口の広いポップアルバム『CRASH』をリリースし、さらには映画『バービー』の一員にもなった彼女は、アメリカ中産階級向けのエッジーなデュア・リパになるのではなく、自分にとって一番楽しいと思える道を選んだのだ。賢くない自分は退屈で、アグレッシブなかっこよさを追求できないくらいなら、とうの昔にこの仕事を辞めている、と本気で思っている。

厚かましさ、野心、不安感、もろさ——これらの相反する感情が織りなすフォーミュラこそ、チャーリーがリアルなポップスターとして長く愛される——そして一部の人を苛立たせる——秘訣なのかもしれない。

Boiler Roomで見せた素顔

それから2週間後、4万人近い東海岸の同性愛者たちがFOMO (取り残されることへの不安)症候群に見舞われるなか、RSPVを勝ち取ったニューヨークのLGBTQ+コミュニティの500人の幸運な精鋭たちがブッシュウィックの小さな倉庫に集まっていた。チャーリーがBoiler RoomのDJセットの後ろに立ち、新曲を披露するのだ。イベントは、まさに「ブッシュウィック版METガラ」といわんばかりの盛況っぷりだった。

会場ではEndorによる「Pump It Up」がかかるなか、『ル・ポールのドラァグ・レース』に登場するモヒカンヘアのアクエリアが歩きまわっていた。フェンスの向こうでは、Von Dutchのキャップを被ったふたりのファンがヘドバンをしている。誰もがドラマ『バフィー〜恋する十字架〜』のスパイクをもっとゴスっぽくした服装をしているか、ブリトニー・スピアーズのMVに登場するバックダンサーのように裸同然で、会場は熱気に包まれていた。それもそのはずだ。ここにいる人たちはみんな、チャーリーXCXの世界を体感しにきているのだから。アルファオス風のロックスターから2000年代のお騒がせセレブにいたるまで、あらゆる人がチャーリーに夢中なのだ。

Charli wears dress and boots by Louis Vuitton (Photo by Tyrell Hampton)

DJセットの後ろにチャーリーと長年のプロデューサーであるA・G・クック、そしてジョージ・ダニエルが立った。この時点では、チャーリーが「me」と連呼するサンプリングの音しか聞こえない。サンプラーを叩いているのは、ブルーのオーバーサイズTシャツを着た(胸のところに「CLUB CLASSICS」の文字が)チャーリー本人である。新曲を2曲披露すると、ベニー・ベナッシの「Satisfaction」を再生した。「Vroom Vroom」とミキシングする間、時おりサンプラーを叩いて「ジョージ」という音を入れる。チャーリーは肩越しにダニエルのほうを見ると、ふたりは目を合わせて微笑みあった。その後、チャーリーは「私のファッキンセクシーな婚約者です!」と言ってダニエルをオーディエンスに紹介した。

イベントの途中でチャーリーは、俳優兼アーティストとして活躍する注目株、ジュリア・フォックスの名前を呼んだ。するとVIPエリアからフォックスが登場し、ステージ上で「Down the Drain」を披露した。フォックスは、会場に来る途中でチャーリーからオーディエンスの前でデビューシングルを披露しないか、と誘われていたのだ。「大事なイベントを私と分かち合ってくれることに驚きました。こうしたことは、チャーリーがどれだけ素晴らしい女性であるかを物語っていると思います。それに彼女は、周りにいるすべての人たちをもっと有名にしたいと思ってくれているのです」とフォックスは言う。チャーリーとフォックスは、しばらく前から親交を結んでいる。フォックスは、チャーリーがそばにいるだけで力が沸いてくると言った。「チャーリーには、周りの人を安心させるエネルギーがあります。姉御肌なんですよね」。

盛り上がりが最高潮に達したところでチャーリーはブーツを脱ぎ、タイツのままステージにのぼった。そしてサングラスをかけたまま、クックのミックスによるリアーナの「Bitch Better Have My Money」のリズムに合わせて踊った。チャーリー以外の人がこんなことをした日には、頭がおかしくなったのかと誰もが思うだろう。だが、ミロのヴィーナスのように美しいボディ(肌の色はヴィーナス以上)を持ち、ライオンよりも自信に満ちあふれたチャーリーがやると、オーディエンスは待っていましたと言わんばかりに歓喜した。

実はその日の夜、私はチャーリーが震える手でスライダーやノブを操作しているのを見ていた。すぐに緊張はほぐれたようだが、イベントがはじまったばかりの彼女はあまり楽しそうには見えなかった。「私とジョージは、あの日はガチガチに緊張していた」と、あとになって私に明かし、いままでは荒れたパーティでDJを務めることが多かったから、と言い添えた。「実際、あの日の映像を見返してみると、トラックをエディットしているときのビビりっぷりときたら。ライブイベントでは、あんなことは滅多にないのに。でも、自分の目の前に8台もカメラが置いてある状態でDJをするのは初めてだったから」。

まだ10代前半だった頃、チャーリーはロンドンの違法レイヴでDJを務めた。未成年ということもあり、当時は両親が付き添っていた。ミックステープ『POP 2』(クックがプロデューサーのひとりとして参加している)がリリースされた2010年代半ば、クックは絶景で有名なセブン・シスターズに、クラブに併設されたスタジオを持っていた。チャーリーとクックは出来立てホヤホヤのトラックを披露しては、その場でオーディエンスからフィードバックをもらった。Boiler Roomのイベントは、その頃のスリルを思い起こしてくれたという。「パーティで自分の曲がかかるのってサイコー。一番いいのは、大音量で聴くこと。スタバで聴くわけじゃないからさ。そもそも、私の曲がスタバでかかることはないと思うけど——店長がエレクトロ好きのゲイでもない限りは」。

飼い犬が飼い主に似るのと同じように、ファンベースというものは、そのアーティストについて多くのことを教えてくれる。外ではニューヨークのベストドレッサーたちが雨のなか傘も差さずに列をなし、1時間半前からBoiler Roomのアフターパーティの会場の扉が開くのを待っていた。チャーリーの「エンジェル」(複雑で頑固でありながらも、忠誠心が高いファンベースの名称)のひとりが大声をあげるかたわら、別のエンジェルは諦めたように静かに泣いている。トランスジェンダーの女性が見事なボブヘアを揺らしながら文句を言い、セクシーな別のエンジェルは「アディソン・レイです。通してください」と言って人混みをかき分けようとした。するとSUVから本物のアディソン・レイが姿を現した(車から降りるや否や、レイはゲイの男性に「あなたの作品のファンです」と声をかけられていた)。それを見た先程のエンジェルは「『スパイキッズ』のママです。通してください」と戦術を変えた。大混乱のなか、誰ひとり帰ろうとしない。ようやく中に入ると、ファンたちは「どう? 変じゃない?」「いい感じ」と互いの服装やメイクをチェックしていた。

ロードへの嫉妬をさらけ出した理由

強い意志とエネルギー、そして影響力のある人物がこの場に降り立ち、会場内の雰囲気をすっかり変えてしまう——それは”パワーハウス”という表現がいかにもふさわしい。チャーリーは、3月6日に行われたビルボード・ウィメン・イン・ミュージック・アワードの授賞式で、これから自分にとってセンシティブな曲を披露するので、もしかしたらパフォーマンス中に泣いてしまうかもしれない、と言った。それに対し、女性のインタビュアーは陽気に「オーディエンスはみんな女性ですから、安心してください!」と応じた。それを聞いたチャーリーは心の中でため息を吐き、「そうですね、ガールパワーってやつですね」と感情を込めずに言った。チャーリーの皮肉が通じなかったのか、インタビュアーは声を出して笑っていた。

チャーリーはステージに立ち、自分が緊張していることを正直に言った。パフォーマンスに選んだのは「So I」。2021年に事故で亡くなったソフィーに捧げられた、オートチューンを使ったバラード風の楽曲である。この曲には、ソフィーが差し伸べてくれた親密さを受け止めることができなかった未熟で不安定な自分に対する後悔が散りばめられている(”厳しくも愛と真実を語っていたあなたの言葉/私は石のように無感情だった”)。同アワードは、女性アーティストの功績を称えるための賞である。それを踏まえたうえでチャーリーは「トランスジェンダーの偉大なアーティストとしてだけでなく、先見性あふれる素晴らしい人間としてソフィーに敬意を表すのが正しいことだと思った」と言った。

授賞式でパワーハウス・アワードを受け取ると、チャーリーはステージの上で思いがけないことを言った。オーディエンスである女性たちの前で彼女たちの功績を称えたり、エンタメ業界における女性の影響力を強調したりする代わりに、女性であること、そして音楽業界を生きる女性であることは「マジで混乱する」と告白したのだ。チャーリーはステージの上で、女性の嫉妬深さや足の引っ張り合いをあげ、女というものは、別の女性のようにもっとセクシーになりたい、もっと成功したい、と常に思っているものだと語った。

チャーリーの友人で、ロサンゼルス在住の俳優兼コメディアンとして活躍するジョーダン・ファーストマン(ロサンゼルスのことを「日和見主義のクソッタレどもの地」と呼ぶいっぽう「チャーリーはそいつらの仲間ではない」と言う)は、いまになっても彼女の誠実さに驚かされることがあると指摘する。「自分が抱いている不安をあんなにも正直に言えるところは、見ていてスカッとします。チャーリーは何か嫌なことがあったり、誰かに嫉妬していたりしても、それを恐れずに話してくれます。それに対し、たいていの人は、自分はそういった負の感情を抱いたことなんて一度もない、みたいな顔をするんです。でもそれは、自分の中にとじこもっているから。負の感情を抱かない人間なんていません」。

「So I」という特別な曲を披露できたことへの感謝を伝えるいっぽうで、チャーリーは自分が思っていることを言わずにはいられなかった。「女性は、賢くて誰からも好かれるために、道徳的で一番安全な道を進む必要はない。女性でも正直でいられると思う」とチャーリーは言った。実際、あのような場においても、嫉妬や不安感が渦巻いていることはわかっているのだ。「誰かに嫉妬することは、女性を支援しないことと同義と思われている。でも、それは間違っている。嫉妬心を抱きながらも他の女性を称えることはできるし、素晴らしい人間でいることは可能だと思う」と言い、次のように言い添えた。「でも、嫉妬心って、あまりセクシーな感覚じゃないよね。キャラとしてもセクシーじゃないし。そう思わない?」。

Charli wears top by Chet Lo (Photo by Tyrell Hampton)

チャーリーにとっての嫉妬とは、適者生存のことにすぎない。そしてこの動物的な衝動は、目新しさや女性の若さ、そして”嗜好性”を価値と見なす音楽業界で成功するために欠かせないものでもある。「穏やかでハッピーな人だったら、私みたいに無我夢中でこの業界で働かないよね。この業界には競争的なところがあって、それをどうやって制御するか、あるいは制御しないかを自分で選ばなければいけないんだと思う」。

チャーリーがアルバムないしプロジェクトごとにレベルアップしているように思えるのは、こうした姿勢が理由なのかもしれない。ファーストマンは、初対面のとき(「破廉恥だけど、不道徳ではない」コロナ禍のホームパーティ)に正直にこう言った。「チャーリー、きみは他人の才能を見抜くことができるし、影響力のある人たちと仕事をして、自分の理想を具現化できる。まるで次世代のリック・ルービンだ。でも、きみがポップスターかどうかは、正直わからない」。ファーストマン曰く、チャーリーは礼儀正しくうなずいていた(ファーストマンは、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう、と翌朝後悔に苛まれたに違いない)。だが、CRASHツアーでダンスとポップミュージックを自分のものにするその才能を目の当たりにし、チャーリーが望むなら彼女は何にでもなれる、と気づいた。「意志さえあれば、彼女に不可能なんてない」とファーストマンは言った。

チャーリーのファンは、彼女がいままで一番嫉妬したアーティストがロードだと知って驚くかもしれない。実際、ファンの間では「チャーリー・ロード」というジョークがあり、ライブで「Royals」(ロードの代表曲)を歌ってほしいという声もあるほどだ。これには理由がある。あるインタビュアーがチャーリーのことをロードと勘違いし、「Royals」が大好きだと言ったのだ(もちろん、チャーリーは訂正することなくその場をやり過ごした)。

「『Royals』がリリースされたときは、あの曲のヒットとエラ(ロードの本名はエラ・マリヤ・ラニ・イェリッチ)が手にした成功にものすごく嫉妬した。『エラは私の音楽が好きだと言ってた。エラは、私みたいにボリュームのあるヘアスタイルをしている。前に自分が黒いリップスティックを塗っていたように、エラも黒いリップを塗っていた』のように、自分との共通点をひとつひとつあげて、『それなら、私でもよかったんじゃない?』と考えてしまう。でも、そんなことはあり得ない。だって、私たちはまったく違う人間だから。それに私は『Royals』のような曲を作らない。自分の曲に対して不安があったから、都合のいいように解釈してしまったんだと思う」。だが、嫉妬心は長くは続かなかった。いまではロードと良い関係を築いているそうだ。「嫉妬を乗り越えて、自分のどういうところがユニークなのかを考えて、それを伸ばしていけばいい。そうすれば、きっとまた5カ月後に何か別のことで頭の中がいっぱいになるから」と言い、「最終的には、いつかは乗り越えられるってこと」と言い添えた。

チャーリーは6月、ロードとの仲違いに言及した「Girl, so confusing」に本人を迎えたリミックスをリリース

抜きん出た批評性と彼女なりのルール

チャーリーは、『CRASH』のリリース前夜にメイフェア地区のアジア料理店、セクシー・フィッシュでのディナーに向かうところをパパラッチされた。その日のチャーリーは、「誰も批評家の銅像は建てない(They don't build statues of critics)」と書かれた、ピンク色のクロップトップを着ていた。『CRASH』のレビューを担当するジャーナリストはさておき、ポップスターとしての仕事に関しては、チャーリー本人が自らを批評することのほうが多い。アカデミックとも思えるようなレンズからミュージシャンとしての自分を分析し、セレブリティとしての経験に基づいて自らのセオリーを磨き上げていく。

「アルバムのために優れたキャンペーンを打つには、セオリーに興味を持たないといけない」とチャーリーは言う。そこには、自分の曲(「Von dutch」)を聴きながらロサンゼルスをドライブしている姿を一般人に撮影される、という演出も含まれるのかもしれない。あるいは、同曲のMVでジャンボ機の機内を駆け巡ること、またはファーストマンやコメディアンのレイチェル・セノットといった友人たちが、レコード会社から送られてきたバイラルマーケティング戦略を読み上げる様子を撮影した動画をSNSに投稿することも含まれるのかもしれない。

オルタナティブ・サブカルチャーとエッジの効いたユースカルチャーがネット上でどのように機能するのかを分析した結果、チャーリーはあるセオリーを導き出した。「エッジロード(訳注:攻撃的な言動をすることで自分をかっこいいと見せること)カルチャーにどっぷり浸かってきたわけじゃないけど、別にネットを見ないわけじゃないし」と言う。ダイムズスクエアを題材としたポッドキャストシリーズ「Red Scare」に関するエピソードには興味はないが、ラナ・デル・レイに関するエピソードは楽しかったと語る。「もちろん、その人がどんなアーティストであるかによると思うけど、人々の記憶に残るアルバムは、雰囲気よりもその人の思考に深く根ざしている。なんかかっこいいからってテンションで音楽を作るのは、私にとっては最大の罪なんだよね」。

Charli wears dress by Issey Miyake(Photo by Tyrell Hampton)

4月にビデオ通話アプリでチャーリーを取材すると、朝だったせいかテンションは低めだった(この日は黒いパーカにノーメイク)。この日の予定は、トロイ・シヴァンとのSweatツアーに向けての撮影準備と、チャーリーXCXメソッドに則って瞑想する(要は、5000枚のCDにサインをすること)以外は特にない。このところは『BRAT』のプロモーションに忙しすぎたせいで、子どもの件は考えていなかった。そのいっぽうで、クリエイターの女友達たちから「I think about it all the time」に共感したと前向きなフィードバックをもらった。「正直なところ、自分がどんな母親になるかなんて想像できない。でも、もし子どもができたとしたら、自分のキャリアと同じようなアプローチで子育てはしたくないかな」とチャーリーは言って笑った。

その後、とある人物が女性ポップスターのミニマルなアルバムのアートワークを集めてツイートし、アートディレクターがストライキ中なのかと言ってそのシンプルさを批判した。もちろん、『BRAT』のアートワークも含まれていた。するとチャーリーは「アルバムのアートワークとして常に女性の体や顔が求められることは女性蔑視だし、退屈だと思う」と反論した。「この時代においてもアートがここまで顔を重要視することは理解に苦しむ」と言い、『BRAT』のジャケットを手抜きや期待はずれと批判する声が多いことを指摘した。「ほとんどの場合、人は目の前にあるものを消費して、余計な質問はしない。でも、今回みたいにアートワークを批判されるとげんなりする。だって、ポップミュージックの楽しいところ、特にポップミュージックのプロモーションの楽しいところって、これはどういう意味だろうって考えることじゃないの?」。

低画質でアルファベットが4つ並んだだけの、華やかさとは無縁の『BRAT』のアートワークは、「手に負えない子ども」というその言葉通り、生意気な印象を与える。「きれいなものを見せたいわけじゃない。私は、何か考えさせられるようなものを見せたいの」とチャーリーはまくしたてるように言う。「自分を見つめて、どうして私の顔がジャケットにないことに腹を立てるのかを考えてほしい。ポップカルチャーとして何が気に入らないのか、アーティストに何を期待しているのか、アーティストとしての私に何を期待しているのかを考えてほしい。こういうアートワークにしたことで、私のことをバカだと思った? それとも勇敢? あるいはズボラだと思った? こういうことを考えてほしいの」。

「このアルバムのアートワークに関してはいろんな議論ができると思うし、それは『チャーリー、すげーセクシーだな』って言われるよりもずっと有意義だと思う。アートに関する上質な会話なんじゃないかな」とチャーリーは疲れた様子で言った。

アルバムのタイトルも、ただ単にチャーリー自身を指しているわけではない(もちろん、そういう側面もあるのだが)。タイトルは、目まぐるしく変化するトレンドやゴシップ、手短な会話からなるネット上での生活のスピードを表現すると同時に、それに関するチャーリーなりの解釈でもあるのだ。”あのダンスやってよ、あれがなければ無名なんだから”という「Von dutch」の歌詞に乗せてインフルエンサーたちが生意気なダンスを披露したのも、こうした特徴があってこそなのだ。

チャーリーは、あらゆるものが高速で消費され、捨てられるこのネット社会において”生意気なクソガキたち”が躍動していることに注目した。「Twitter(現X)荒らしであれ、TikTokでアディソン・レイの曲に合わせて踊る人であれ、ネット上では誰もがこういう態度を取るんだと思う。そこには、恥ずかしげもなく自分を中心としたコンテンツがあふれているけれど、なかには自分を守るためにこうしたことをしている人もいるんだと思う。brat(クソガキ)であることは、一種のマントのようなもの。結局のところ、bratっていうのは、自分が少し不安だから、誰かにウザがられるようなことをしているの」と解説した。

bratの気持ちは、bratにしかわからない。そしてこのセオリーは、チャーリーのプロジェクトを支え続けてきた、不安定で強烈なエネルギーの理由を解き明かしてくれるはずだ。セクシーだけど人付き合いが苦手なところのある彼女のペルソナを知れば知るほど、人間としてのリアルな姿が浮かび上がってくる。ポップスターには、かっこいい雰囲気以上のものを世に送り出す責任がある、という彼女なりの黄金ルールがすべての人に理解してもらえたら、どれだけ素晴らしいことだろう。「雰囲気だけで作品を作るのは、アーティストとしてはお粗末な感じ」とチャーリーはきっぱりと言った。「私は自分のアートをそういった平面的なものとして見ていないし、今後もそういうふうに見ることはないから」。

From Rolling Stone UK.

Photography by Tyrell Hampton

Creative and styling by Joseph Kocharian

Hair by Jillian Halouska at The Wall Group

Makeup by Lauren Reynolds at Bryant Artists

Fashion Assistant: Aaron Pandher

『BRAT』が巻き起こした一大現象

Text = Yoshiharu Kobayashi

今年の夏の主役はチャーリーXCXだった。そう言っても過言ではない。なにしろ『BRAT』は、”ブラットサマー”と呼ばれるほどの一大現象を欧米で巻き起こしたのだ。

まず押さえるべきは『BRAT』が彼女のキャリア史上最大の成功作となったこと。チャート最高位は全英2位、全米3位。発売から12週経った現在もほぼトップ10内を維持している。また、集計サイトによると、批評家がつけたアルバムの点数の平均は90点。これは年間ベスト級の超高得点だ。

ただ、”ブラット現象”の凄さは数字では計りきれない。今夏、『BRAT』から派生した流行語やミームがSNSを中心に爆発。歌詞で使われていた印象的なフレーズ「Im so Julia」「bumpin that」などが若者間でネットスラングとして流通し、、収録曲「Apple」はTikTokでバイラル、アートワークに使われたスライムグリーンはブラットカラーとして拡散され、ブラットは”イケてるもの”を指すスラングとなった。その勢いの凄さを象徴するエピソードがある。バイデンの米大統領選挙からの撤退表明後、チャーリーが「kamala IS brat」とXにポストしたことを受け、カマラ・ハリスの選挙キャンペーンアカウントは『BRAT』のアートワークを模したバナーを使い始めたのだ。つまり、若年層の支持を取り込むのに有効だと大統領選で判断されるほど、『BRAT』の勢いは無視できないものになっていたのである。

TikTokで流行した「Apple」ダンス

アルバムリリース後にはアルバム本編に3曲追加した豪華盤や、ビリー・アイリッシュやロードが参加したリミックス曲を次々と発表。また、確執が噂されるテイラー・スウィフトは、火消しのためにわざわざチャーリーを絶賛するコメントを出している。並みいる超大物たちがチャーリーをサポートする姿勢を示しているのも、現在の彼女の勢いのすさまじさを物語っているだろう。

では、一体なぜ『BRAT』はこのような現象を巻き起こしたのか。併載のインタビューからもわかるように、本作の野心的なサウンドはチャーリーの自分を曲げない強い意志の象徴だ。一方でその歌詞には、自身の弱さや迷いや嫉妬心を包み隠さずに曝け出す正直さがある。人々が共感するのは常に完璧な超人ではない。自分のダメなところを素直に認めながらも最終的にはパワフルに前進していくという、『BRAT』でのチャーリーみたいな人物像が共感と憧れを呼んだのではないだろうか。

※このコラムは2024年9月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.28』に掲載されたものです。

『ブラット [ジャパン・エディション]』

2025年1月22日リリース

日本独自アートワーク、ボーナス・トラック追加収録

詳細:https://wmg.jp/charlixcx/discography/30570/

『BRAT』

再生・購入:https://charlixcxjp.lnk.to/bratPu

『Brat and it's completely different but also still brat』

再生・購入:https://japan.lnk.to/BDAPu