コロナ禍でリモートワークが浸透し「職場」の概念は拡張されました。働く場は今後どうなっていくのでしょうか。「クラウドであたらしい働き方を」をスローガンに、フルリモート・ワーケーションを実現している会社、ネクストモードの里見宗律氏にお話を伺います。
人手不足の中で求められる職場環境
「働き方改革」が世の中に定着し、職場環境の改善が企業に求められるなか、社会人だけでなく就職活動を行う学生にも同じ考えが浸透してきました。
就職マッチングイベントを行うDYMが2022年に調査したデータでは、「入社する際に重視する項目」で「テレワークやリモートワークなど場所にとらわれない働き方」が1位となるなど、コロナ禍でリモート環境を経験した学生にも「リモートワーク」は当たり前の考えとなっているようです。
「働く場」は今後どのようになるのか。そもそも職場とはなんなのか。
今回は「クラウドであたらしい働き方を」をスローガンに、海外からのリモートワークを実践している企業がネクストモードです。ネパールでワーケーション中の代表取締役社長、里見宗律氏にお話を伺ってみました。
気がついたらメンバーが海外にいる
ネクストモードは、NTT東日本とクラスメソッドの共同出資により、2020年7月1日に設立された会社です。パブリッククラウドおよびSaaSの導入支援・構築・保守・運用を主な事業としており、企業の競争力向上とともに新しい働き方を広めるサポートを行っています。
「当初は主にAmazon Web Services(AWS)を取り扱っていましたが、『自分たちの働き方そのものを売っていこうじゃないか!!」ということで、200以上から厳選し自分たちが使っているSaaSの一部をビジネスとして売ることにしました」
ところが、コロナ禍中に会社を作ったこともあり、SaaSビジネスはあれよあれよという間にAWSを超え、初年度に事業計画の20倍の売上を達成。この勢いは留まることを知らず、2023年からはSaaSが事業の中心になります。
2024年度はAWSを担当しているメンバーもSaaSビジネスに参加。現在はAWSで培った技術もSaaSビジネスに活かし、"どこでも働ける働き方"の実現に向けて邁進していると言います。
それでは、ネクストモードの従業員はどのような働き方をしているのでしょうか。
現在、同社に所属するメンバー50人弱は、全員がフルリモートワークを行っています。居住地域は、北は北海道、南は沖縄までバラバラ。いつの間にかワーケーションを行っている社員もいるそうです。
「"ワーケーションもしたい人はする"という感じで、気がついたらメンバーが台湾や韓国に行っていたりします。いつ行ったのかも僕はよく知らないので、会話をしていて『あ、いま韓国にいるんだ?』と気づく感じです。誰がどこで働いているかはまったく意識していませんし、この環境を実現するためにNTT東日本が課したセキュリティ要件もクリアしています」
里見氏の一日から見るネクストモードの働き方
ネクストモードでは一日の働き方も自由。里見氏の一日のスケジュールについて伺うと、「僕は社長なので働く時間と働かない時間をきっちり分けているわけではないのですが、朝の時間のうちに『一番集中しなければいけないことをやる』ようにしています」と語ります。
ワーケーションを始めてから、里見氏は早起きの習慣がついたと言い、起きたあとの時間は事業計画の立案や将来のビジョン策定に費やし、昼以降は打ち合わせが続くそうです。
忙しいときは朝から晩まで会議が入るそうで、社長業の忙しさが伝わってきます。では、ワーケーションのもう一つの要素“バケーション”はどのように楽しんでいるのでしょうか。
「スケジュールにポコっと空きができることがあるんですよ。そのとき海の近くにいたらシュノーケリングしに行って、山の近くにいたら自然の中で運動したり。さすがに山登りは時間がかかるのでなかなかできませんが(笑)」
ワーケーションの良い点、悪い点
NTT東日本の会社員だった時代の里見氏は、会社にへばりつくような働き方をしていたそうです。初台の本社にいることが多かった同氏は、終電がなくなっても帰れる場所に住んでいました。
「当時の自分は、そんな働き方が一番仕事上に専念できるし、通勤時間も短くなるし、QOLが上がると信じていたんですよ」
ですが1年で200日以上ワーケーションをするようになってから、里見氏の考え方は大きく変化。いまでは、働く場所が自由になることの大切さを身をもって感じているそうです。
「ワーケーションを始めてから、『会社の近くに住んでいることに意味はあるのかな?』と思うようになってですね、『空港に住んだほうがいいんじゃないか?』と成田の近くに引っ越しちゃいました。振り返ると『20年間、旅ができない場所に縛られていたのはなんだったんだ』と感じます」
一方で、ワーケーションにもネガティブは面もあります。コロナ禍でも顕在化しましたが、直接顔を合わせないことでコミュニケーション不全が生じるのです。
「ワーケーション含めフルリモートでみんなが自由な場所で働くとなると、やはりコミュニケーションはオフラインファーストで始めなくてはならないと思います。リモートワークに慣れている人ならなんとかなりますが、基本的にオフラインで仲良くなってからオンラインに行くという関係性のほうがうまくいきます」
ネクストモードでは、フルリモートだからこそランチミーティングやレクリエーション、合宿や飲み会も積極的に開催しています。
「飲み会のお金は全部会社で出していますし、月に1回ですが『社員2人以上でランチ食べたら会社がお金出す』という施策も行っています。今年は私が勝手に『シュークリームの日』を作ってですね、月末の水曜日にシュークリームを社員の人数分用意しています。『みんなが会う機会を作るなら、会社がお金を出すよ』という形ですね」
コミュニケーションを円滑にするために仕組み作りや工夫が求められる、これがフルリモートのデメリットです。その解消方法を会社のカルチャーに昇華できたからこそ、ネクストモードは大きな成功を収めたと言えるでしょう。
フルリモート勤務に向く人とは?
フルリモートで快適に働く人がいる一方で、そもそもネクストモードのような働き方が合わない人もいます。従来のサラリーマン的な働き方、つまり受動的な働き方を求める人です。
「ワーケーションみたいな働き方を認めるからこそ、業務には責任を持ってもらわなければなりません。自由を得る代わりに、ちゃんと結果にコミットする。フリーランスのように、“責任を持って仕事をしなければ生活できない”という意識を持った方にぜひ集まってもらいたいなと思っています」
自分の仕事に責任を持ち、ちゃんと結果を出す。その代わりに働くスタイルも働く場所も、雇用形態も自由。それがネクストモードという会社の社風につながっています。
「だから当社には『社員になりたい』という人だけでなく、『業務委託がいい』『派遣のままでいたい』という人もいます。異なるのは、チームワークで社会への影響力が大きい仕事につなげていることです。こういう緩い集合体が、これからの会社の在り方としてあってもいいんじゃないかなと」
どこに行ってもいいという働き方は、逆に言えば居たい場所にいてもいいということでもあります。里見氏は、現在業務委託で働いているメンバーの一人を例に挙げます。
「彼は埼玉にある奥さんの実家に単身赴任し、月曜から木曜日まで初台に出勤。金曜日は山梨の自宅からリモートワークし土日も過ごすという生活でした。『どこで働いてもいいよ』と言ったら、子どもと一緒にいる時間を多くするためにずっと山梨で働いています。リモートワークがその人らしい家族との付き合い方が実現できるきっかけになればうれしいですね」
ワーケーションという働き方が広まっていくためには?
とはいえ、ワーケーションという働き方を実現している企業はまだまだ少数です。
フルリモートを選択できることが当たり前になり、ワーケーションが実現されるには、世の中にどんなアップデートが求められるでしょうか。
「まず制度面で見ると、就業規則の中にモバイルワークに関する内容がない会社が多いんですね。そうなると上長が認めるかどうかの話になってしまいます。もちろん、先ほど言ったようにメンバーのマインドも変えていく必要がありますね」
厚生労働省が定めている働き方の区分において、ワーケーションはモバイルワークに該当します。ネクストモードでは就業規則にこの内容を盛り込んでいるそうです。この就業規則の主要部分は会社のブログ『ワーケーションに対応した就業規則』でも公開されており、だれでも確認できます。
「ハード面では、まずセキュリティは大前提。それに加えて、どこにいてもコラボレーションできる環境も必要です。我々はみんながクラウド上のホワイトボードに意見を書き込めるような仕組み(Notion)や、コミュニケーションを円滑に行う仕組みを作っています。ワーケーションというのは"どこでも働ける"というだけなので、だからこそ非同期コミュニケーションが重要になってきます」
「働く場所」「働く時間」が自由な社会を目指して
里見氏が今目指しているのは、"場所にとらわれない"だけでなく"時間にとらわれない"働き方です。それでは、「働く場所」「働く時間」が自由になることで、社会はどのように変化していくと考えているのでしょうか。
「よりダイバーシティな世の中になっていくということだと思うんですね。子育て中の方、障害を持っている方、趣味を持っている方が、その人のスタイルに合わせて能力をアウトプットできないのはもったいないと思うのです。例えば地方創生をやっていくのであれば、日本のどこにいても優秀な方が活躍できる場を作っていかなければなりません」
ネクストモードは、北海道阿寒郡鶴居村で『まち・ひと・しごと創生寄附活用事業』に関連する寄附を活用した事業を行っており、11月22~24日にはその寄附を活用した「タンチョウの里鶴居村音楽祭」が開催される予定です。
「従来型の働き方だと弱い個人になってしまいます。逆に強い個人、例えばフリーランスの仕事は単発で終わりがちです。ネクストモードは、そういった皆さんが集まって働ける場所を提供し、みんなでチームになって社会的な意義を成し遂げていく会社でありたいなと思います」
その人がその人らしくあれる環境を作ることで強い個人になり、その強い個人の力を繋いでひとつの大きな目標に向かう仕組みを作る。それがネクストモードの目指す会社の形と言えるでしょう。
「僕は、会社を『自分に嘘をつかなくて良い場所』『自分に正直であれる場所』にしたいですし、お客さまの会社にもそういった場所を増やしていきたいんです。我々の力は小さいかもしれませんが、少しでも働き方を変え、社会に貢献できるようがんばっていきたいです」