「書く人」と伴走する編集者の仕事を覗いてみませんか? 『モーニング・ツー』で現在連載中の『書くなる我ら』(著・北駒生)は、文芸編集者の主人公が、新文芸誌の「デスク」を目指して作家のスカウトに奔走するお仕事漫画です。
10月22日にコミックス第1巻が刊行したことを記念して、『書くなる我ら』の作者・北駒生先生に同作品の制作における裏話について伺いました。
『書くなる我ら』著者:北 駒生(キタ コマオ)先生
漫画家。これまでの作品に、朝ごはん食堂を舞台に描いた『あさめしまえ』、 文楽の世界に人生を懸ける少年たちを描いた『火色の文楽』など。 『書くなる我ら』は、前作『銀河のカーテンコール』に続き、モーニング・ツー連載の2作目となる。
文学を漫画にするのは、かなり緊張した
――『書くなる我ら』は、文芸誌の編集部を描いたお仕事漫画です。文芸誌を舞台にされた理由について教えてください。
子どもの頃から小説が好きだからですね。小説って、読む人によって異なる世界を見ている点がとても面白いんです。なかでも文芸誌を舞台に選んだのは、学生時代から文芸雑誌を読んでいて、「群像」掲載の作品などに惹かれていたからです。
それから、「さまざまな人生を描いてみたい」という思いもありました。小説家って本当に多種多様なんですよ。身近な“言葉”を扱う職業だからですかね。ミュージシャンや女優さんなどの別業界の方が参入してこられたり、老若男女問わずさまざまな書き手がいたり。文芸誌をテーマとすることで、多様な人生を描くことができるなと。
――本作は、文芸誌『群青』の編集部を中心に物語が進んでいきます。小説家ではなく編集者に焦点を当てた理由は何なのでしょう?
「さまざまな小説家に出会える仕事って何だろう」と考えたときに、コミュニケーションを通じて人の可能性の扉を開いていける編集者がぴったりだと思ったんです。さまざまな登場人物と交流することで、そこにドラマが生まれるなって。
それに編集者って、“大人な選択”が必要な仕事ですよね。自分の核を大切にしながら進んでいく小説家と違って、いろんな横槍が降ってきたり、やりたいこととやるべきことの板挟みになったり……。そういった社会人ならではの葛藤を描くことで、仕事をすることの意味や会社員という職業の面白さも伝えられると考えました。
――「会社員という職業の面白さ」という言葉、北先生ご自身も経験があるのでしょうか。
実は、漫画家になる以前はフリーマガジンで編集者をしていたんです。飲食店や美容関係、スポーツ業界など、いろんな職種の方に取材したり、街のさまざまな場所に赴いては取材や記事の執筆をしていました。
ずっと表現一直線というわけではなく、迂回してきたからこそ、会社員時代の経験がすごく豊かなものに感じますし、その思いが本作に繋がったのかもしれません。
――文芸編集部をテーマにするうえで、大変だったことはありますか?
好きな小説をテーマにするからこそ緊張感がありましたし、漫画に落とし込むためにどうすればいいのか、すごく考えました。文学の世界って、漫画にすると躍動感が欠けてしまったり、難解なものになってしまうことがあって……。
たとえば、小説を書いているシーンをリアルに描くと、座り姿勢で固まっているので、バトル漫画やスポーツ漫画のような華やかな絵にはならないんですよね。だから酪農家やミュージシャンなどのキャラクターを登場させて、動きや展開に躍動感を出すよう意識しました。
新人作家・卯月が執筆に苦戦したり過去を回想する様子は、山登りや崖のシーンで表現し、画面を上下させました(第5話「新人作家の場合」)。「友人が手の届かない場所に行ってしまった」という感情を崖で表現するのは、文学がテーマだからこそできたことだと思います。
一方で、漫画らしい表現に走りすぎると、文学の世界から遠ざかってしまうというジレンマもあって。文学の冒瀆になっていないか常に気をつけながら、作品として面白いものになるよう制作を進めていきました。
編集者から感じた“静かな情熱”がヒントに
――作中では、幼馴染で酪農家の一之宮瞬やミュージシャンの才原蓮など、主人公・天城勇芽と出会うことで、徐々に変化していく小説家たちが印象的でした。
ありがとうございます。実は、人と人とのコミュニケーションが一番描きたかったんです。周りとぶつかることで生まれるものって、たくさんあると思うので。たとえば第1話で登場する酪農家の瞬は、創作こそしていますが、主人公の天城と再会していなければ小説家を目指していなかったはずなんですよね。
本来、生まれる予定でなかったものが、人との関わり合いによって生まれるところに、予想のつかない人間ドラマがあると思います。ときに自分にとって都合のよくないものが生まれることもありますが、それも含めてコミュニケーションって面白いなって。
――第1巻に収録されているエピソードの中で、北先生がお気に入りのシーンは?
やっぱりコミュニケーションによって、新しい可能性が開かれていくシーンですね。芥川賞受賞作家で前科者の六波羅睦と、彼が服役中に関わった弁護士とのエピソード (第4話「前科者の場合」)をはじめ、人と人との関わり合いで生まれたものを描く時は、やっぱり胸が高鳴るところではあります。
――本作の準備に長らく時間をかけたと北先生のブログに書かれていました。連載開始までにどのような準備を行っていたのでしょうか。
キャラクターたちが「生きている」と実感を持てるようになるまで、プロットやネーム、イラストボードなどを書き続けましたね。期間でいうと、半年以上でしょうか。プロットノートは、連載までに2〜3冊は書いたと思います。
明日4日のお昼にもう最新話の更新です。描きたかったキャラクターの話です。またお知らせにまいります
— 北 駒生「書くなる我ら」①巻 10/22発売 (@kitakoma0) July 3, 2024
次は原稿のなかに水彩を使えないかな、とスケッチブックに試し描いていた第1話のイメージ絵
このネームは去年の春に描いたからもう1年以上も経つのか… pic.twitter.com/QP96LRbVW9
でもこういった準備は、連載前に必ず行っているんです。キャラクターについて細かく考えるのは、自分の中では当たり前になっていますね。
――主人公・天城勇芽を描くうえで、特に意識した点はありますか。
先ほどの話と重なるのですが、文学をテーマにすると絵的に動きが少なくなるので、「何かと考え込んでしまう人にはしない」ということを一番に考えていました。結果的に、積極的で躍動感のあるキャラクターになりましたね。
ただ明るいだけでなく、その心の奥底では「作家の父はなぜああなってしまったのか」という後悔や怒りをずっと抱え続けていて。それが「作家に対して何か働きかけたい」という彼女の行動の動機になっているんです。彼女に妙に現実的な一面も、家庭が成り立たなかった過去があるからで。動きながら考える主人公を描くうえで、影の部分は切り離せない部分でした。
――今回、制作にあたって文芸誌『群像』(講談社)や『スピン』(河出書房新社)の編集部に取材されたそうですね。取材を通じて、どのようなインスピレーションを受けましたか?
自分の意見によって登場キャラクターの人生が変わったことに「これでよかったのだろうか」と真剣に迷われている編集者さんがいたり、作家さんがハードな状況に置かれているときにも「この作品は生まれたがっているから」と伴走し完成まで待ち続けた編集者さんがいたり。取材を通じて、作家さんへの静かな情熱を編集部のみなさんに感じました。それと同時に、「この漫画の表現を変えなければならない」と思ったんです。
というのも、取材前までは漫画のドラマ性を重視しすぎて、いわゆる“借り物”のような主人公になってしまっていたんですね。でも、アピールせずとも伝わってくる編集者さんたちの強い思いを受けて、見せ場を無理につくらなくても伝わるものがあるのかなって。
そこからは、主人公の手柄感や表情を抑えたり、カメラ目線でキメていたところを変更したりしました。どんどん引き算していった結果的として、主人公にリアリティを持たせられたのではないかと思います。取材にご協力いただいた皆さんには感謝しています。
作品を世に送り出す人たちを知ってほしい
――最後に、マイナビニュースの読者には就活生や若手社員として働く方も多くいます。「お仕事漫画」を描かれている北先生からメッセージをお願いします。
実際に出版業界に飛び込むと、読者として読んでいるときとまったく違う世界が見えると思います。それこそ大変なこともたくさんあると思うのですが、振り返って「豊かだな」と思えるのは編集部の特権だなと。
そういう意味で、とても可能性のある業界だと思いますし、自分次第でいくらでも楽しんでいけると思います。もし編集者になりたいと考える方がいらっしゃれば、この本を一助にしていただければ嬉しいですね。
また、本を出版するたびに編集部、販売部、校閲部など、たくさんの人に関わっていただいていることを実感します。名前が出ていない方の協力があってこそ、本を届けられていると思うので、出版業界を志す人もそうでない人も、この本を通じて作品を世に送り出す人たちのことを知っていただきたいです。
『書くなる我ら』、最新話は『モーニング・ツー』で連載中、10月22日にはコミックス最新1巻も発売されています。「人と人とのコミュニケーションが一番描きたかった」と語る北先生。天城や「書く人」たちの人生がぶつかってどのように変化していくのか、今後の展開が気になる作品です。
『書くなる我ら』1巻は好評発売中!
文芸誌「群青」で働く天城勇芽は「小説界に熱い風を吹かせたい」と望む女性編集者。理想のラインナップで新文芸誌を作るべく、勇芽は作家のスカウトに奔走。女優、ミュージシャン、そして前科者に酪農家などなど。さまざまな人生を送り、ひと癖もふた癖もある「書く人」たちと出会い、物語を世に送り出していこうとするが…。物語を紡ぐ人と編んで送り出す人が正面から向き合う熱きお仕事群像劇、開幕!
現在『モーニング・ツー』で連載中、10月22日発売のコミックス第1巻はAmazonなどで好評発売中です!
(c)北駒生/講談社