オアシス(Oasis)はどのようにして、あそこまで大きな”現象”を巻き起こすことができたのか? それを検証するには、彼らを輩出したマンチェスターの音楽シーンと、UKインディ・ロックの90年代前半を振り返る必要がある。
オアシス台頭前夜のUKロックシーン
ストーン・ローゼズは1990年5月にスパイク・アイランドで約27000人以上を動員した歴史的なコンサートを行なった後、7月にシルヴァートーン・レコード在籍時最後のシングル、「One Love」をリリース(全英シングルチャート4位まで上昇)。飛ぶ鳥を落とす勢いだった彼らは、シルヴァートーンの待遇に不満を抱き、契約解消を求めて法廷闘争に突入する。多額の前払金を獲得してゲフィン・レコードへ移籍するも、待望の2ndアルバムは制作が遅れに遅れ、一向に完成しない。ようやく出来上がった『Second Coming』がリリースされたのは1994年12月。英4位、アメリカでも47位まで上昇したが、期待を上回るセールスとは言えない結果に終わった。彼らがトップに君臨していた時期に2枚目のアルバムがタイミングよくリリースされていたら……その後のUKロックの歴史は、まったく異なるものになっていたかもしれない。
ストーン・ローゼズと共にインディ・ロック×ダンス・ミュージックの流れを牽引していた”マッドチェスター”の中心的グループ、ハッピー・マンデーズは、1990年11月にリリースした3枚目のアルバム『Pills 'N' Thrills And Bellyaches』が全英4位まで上昇。しかしフロントマンのショーン・ライダーが重度の薬物中毒に陥り、他のメンバーもドラッグやアルコールに溺れ始め、活動が停滞する。トーキング・ヘッズのクリス・フランツとティナ・ウェイマスにプロデュースを託し、どうにか完成まで漕ぎ着けた次作『Yes Please!』が世に出たのは1992年9月。アルバムのセールスは英14位止まりと伸び悩み、所属していたファクトリー・レコードは破産、バンドも1993年に一旦解散した。
ストーン・ローゼズやハッピー・マンデーズと共に”マッドチェスター”の中心にいたインスパイラル・カーペッツは、『Life』(1990年/英2位)で生み出した熱狂を持続できなかったが、3作目『Revenge Of The Goldfish』(1992年/17位)でギター・ロック色を強め、しぶとく活動を継続。その直前のUSツアーで大きな刺激を受けたことは明らかだったが、彼らのツアーにクルーとして同行していたのがノエル・ギャラガーで、後にオアシスの作品を手掛けるエンジニア、マーク・コイルとの運命的な出会いもクルー時代に果たした。ノエルはインスパイラル・カーペッツとのツアーから戻ってきた1991年に弟のリアムが参加していたバンド、オアシスのライブを観て、間もなく加入する。
クリント・ブーン(インスパイラル・カーペッツ)、リー・メイヴァース(ザ・ラーズ)、ローディ時代のノエル・ギャラガー。1990年頃に撮影
”マッドチェスター”の全盛期にはマンチェスター以外の地域のグループもインディ・ダンスの波に乗り、シャーラタンズ(ウエスト・ミッドランズ出身)やザ・ファーム(リヴァプール)が次々に成功したが、1991年にニルヴァーナがブレイクしてからはUKバンドの潮流にも変化が出てくる。USオルタナティブの影響下にあるレディオヘッドのシングル「Creep」(1992年)が先にアメリカで34位まで上昇、遅れて本国でも7位のヒットになったのは1993年のこと。一方、1stアルバム『Leisure』(1991年)でインディ・ダンスをうまく咀嚼していたブラーは、アメリカに背を向けて英国色を強める方へ舵を切った2作目『Modern Life Is Rubbish』(英15位)を1993年5月に発表、続く『Parklife』(1994年4月)での躍進に向けて足場を固める。当時のブラーのライバルはスウェードで、1993年3月にリリースした1stアルバム『Suede』が全英1位を獲得。ザ・スミスやデヴィッド・ボウイの影響を指摘されたインパクトのある詞・曲と、ブレット・アンダーソンのカリスマティックなパフォーマンスが圧倒的な支持を集めていた。
「ニルヴァーナ以降」の更新
オアシスというバンドのロールモデルのひとつは、間違いなくストーン・ローゼズ。ふてぶてしい存在感を放つシンガーをフロントに置き、彼らのように強度の高い楽曲を演奏すれば、不在中に王座を狙える。ネット上に流出している最初期のデモ音源を聴くと、まだ余計なエフェクトが多かったりしてストーン・ローゼズを意識しすぎている部分があり、微笑ましい。
1992年のデモ音源。ストーン・ローゼズ色の強い「See The Sun」は正式リリースされていない
しかし楽曲のアレンジはノエルが加わってから、はっきりと変わっていく。リズムギターはバーコード。ベースはルート音。ドラムはリズムキープ。無駄を削ぎ落として、楽曲のダイナミズムをわかりやすく、パワフルに伝えること……そういうコンセプトが明確になった時点で、オアシスの個性はある程度出来上がったと言えるのではないか。1stアルバム『Definitely Maybe』(1994年8月)のレコーディングをわざわざスタジオ・ライブ的にやり直したのも、ウェルメイドな”インディ・ロック風”の質感から逃れて、自分たちの魅力を最もストレートに伝える手段を模索した結果だろう。
デビュー当時のオアシスはクリエイションに所属していた他のバンドと比べるとあまりにもロックンロール色が強く、1stシングル「Supersonic」(英31位)は無防備なまでの真っ当さゆえに、かえって新鮮に聞こえたことを思い出す。ちょうどプライマル・スクリームが「Rocks」をリリースした直後だったので、アラン・マッギーが目指すクリエイションの次なる形はロックンロールが持つワイルドネスと”臭い”の再提示なのだろうな……とぼんやり思っていた。
当初は即座にわからなかったが、「Supersonic」のフレーズやサウンドにじっくり向き合うと、”ニルヴァーナ以降”の更新を経た曲だとわかる。カート・コバーンが亡くなったのは1994年4月5日。「Supersonic」がリリースされたのはそのわずか6日後、4月11日。そんな風に入れ違うことになったのは偶然だが、前代のUKバンドとは違うサムシング・ニューを模索していたオアシスがニルヴァーナから刺激を受けたことは紛れもない事実。ノエルはニルヴァーナについて「『Nevermind』は今聴いても未来のロックの音に聞こえる」と、彼らしい褒め方をしている。エンジニアのマーク・コイルは、ティーンエイジ・ファンクラブがニルヴァーナの前座を務めた際にPAを担当した経験の持ち主であることも今ではよく知られている話。オアシスを単にトラディショナルなロックに逆戻りしたバンドだと思い込んでいる人たちは、彼らが狙ったポイントを見逃している。
新たなヒーローを待望する時代の空気
1994年6月のセカンド・シングル「Shakermaker」(11位)は、ノエルの潜在意識にあったであろうニュー・シーカーズのヒット曲「I'd Like To Teach The World To Sing (In Perfect Harmony)」(1971年)とよく似たメロディに、その軽さと相反するヘヴィなリフを与えた曲。グラム・ロックへのシンパシーを感じさせるが、リアムの個性的なボーカルがそれともまた異質な酩酊感を楽曲に与えている。
一度聴いたらすぐに覚えて歌えそうなシングル2曲とライブの評判から、すでにホットな存在になっていたオアシス。そして1stアルバムから3枚目の先行シングルとしてダメ押し的にリリースされたのが、必殺の名曲「Live Forever」(1994年8月)だった。敢えてミドルテンポの、飛び切り強いメロディを持つこの曲をシングル第三弾まで温存しておいた作戦が周到すぎる。全英10位とシングルチャートで初めてトップ10入りを果たした「Live Forever」は、再結成のニュースが報じられてから今年再びチャートインして最高位を8位に伸ばしたばかりだ。
ヒットシングル3枚に続いてリリースされた『Definitely Maybe』は、見事に初登場で全英No.1を獲得。アルバムからシングル・カットされた「Cigarettes & Alcohol」(1994年10月/英7位)や、彼らのスタンスを巧みに要約した「Rock 'n' Roll Star」など荒々しいロックンロールが目立つ一方、ポール・マッカートニーもお気に入りのブロークン・ソング「Slide Away」や、「Live Forever」に顕著な哀感も彼らは最初からあわせ持っていた。デビュー作にしてベスト盤級の名曲揃いであると同時に、英・米でトップ10入りを果たす「Wonderwall」の到来を予感させる要素もここにはある。
デビューから半年も経っていない新人ながら彼らが瞬く間にトップを制した背景には、次代のスターを、新たなヒーローの登場を待望する時代の空気があったように思う。カート・コバーンの自殺という悲しい幕切れに直面させられたあの時期特有の閉塞した空気を、誰よりも鮮やかに塗り替えてみせたのは、カートがそうだったように着の身着のままで出現した、謎なほど自信満々なワーキングクラスの若者たちだった。
イギリスの政治に目を移すと、1979年から続いていた保守党のマーガレット・サッチャー首相による政権が終わりを告げたのは1990年11月。同じ保守党のジョン・メージャー首相にバトンが渡されたが、目覚ましい改善が見られない失業率、所得格差、貧困層の拡大といった問題に国民の不満はくすぶり続けていた。一方、労働党のトニー・ブレアは1994年に党首に就任。1997年の総選挙で保守党を破り、いわゆる”クール・ブリタニア”の時代を迎える、大転換への機運が徐々に醸成されていく。そんな時代の変わり目に登場したオアシスが国民的バンドへとのぼり詰めて行く過程は、ごく自然な流れに見えた。ノエルは労働党支持を表明、ブレア首相と急接近することにもなっていく。
トニー・ブレアと談笑するノエル・ギャラガー(1997年7月)
若い世代からのフラットな評価
フーリガンがバンドを組んだような初期のイメージ、メディアがこぞって報じた乱痴気騒ぎの印象から、一時は”ラッド・ロック”という称号を与えられ、マチズモの権化のように揶揄された時期もあるオアシス。しかし長い年月の間にネガティブな風評はすっかり落ち着き、近年は彼らがもたらすロック・バンドとしてのカタルシスと、”詞・曲の良さ”を評価する声が残った感がある。オアシス復活が報じられるや、真っ先に歓迎したのがスネイル・メイルやニア・アーカイヴスといった、彼らの娘世代の女性アーティストたちだったことは極めて象徴的だ。長い年月の間に雑音が静まり、純粋にコンポーザーとしての魅力を評価されるフラットな状態が訪れたのだろう。
オアシス再結成がアナウンスされた直後、スネイル・メイルが「Supersonic」をカバー
今年2月のバラエティ誌のインタビューで、ザ・ラスト・ディナー・パーティーのアビゲイル・モリスはドキュメンタリー映画『オアシス:スーパーソニック』について述べ、「彼らは音楽産業のゴリ押しで成功したわけじゃないし、私たちも違う」と共感を示していた。メディアでは早速、「オアシスのライブで誰がオープニングアクトを務めるのか?」という予想が始まっていて、彼女たちのような若手から、そもそも交流があるカサビアンやブロッサムズなどの名前が挙がっている。スケジュールが正式に発表されたばかりの北米ツアーでは、ケイジ・ジ・エレファントが前座を務めることが明らかになった。
前座の有力候補のひとつとして名前が出ていたフォンテインズD.C.が、オアシス復活について「どうでもいい」と発言、それを知ったリアムにSNSで罵られる……という、いかにもなニュースもあったが。そんな風に若手と肩がぶつかるポジションに今も彼らがいるのは、オアシス解散以降もノエル、リアムが現役で活躍し続けてきたからこそ。リヴィング・レジェンドならではの堂々たるパフォーマンスを見届けるその瞬間が、今から待ち遠しくてたまらない。
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映画『オアシス:ライヴ・アット・ネブワース 1996.8.10』
監督:ディック・カラザース
出演:オアシス
上映時間: 約110分
制作年:2021年/制作国:イギリス
2024年10月18日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか、全国ロードショー
© Big Brother Recordings Ltd
© Jill Furmanovsky
公式サイト:https://www.culture-ville.jp/oasisknebworth1996810
『コンプリート7インチ・シングル・コレクションBOX Vol.1』
日本独自企画:3000セット完全生産限定盤
2024年10月30日 (水) リリース
封入特典:ノエル・ギャラガー アクリル・スタンド
購入リンク:https://sonymusicjapan.lnk.to/Oasis_vol1
『コンプリート7インチ・シングル・コレクションBOX Vol.2』
日本独自企画:3000セット完全生産限定盤
2024年11月13日 (水) リリース
封入特典:リアム・ギャラガー アクリル・スタンド
購入リンク:https://SonyMusicJapan.lnk.to/Oasis_vol2
BOX詳細:https://www.sonymusic.co.jp/artist/Oasis/info/567414
オアシス
『Definitely Maybe(邦題:オアシス)』30周年記念デラックス・エディション
発売中
<2CD>
■豪華ハードカヴァー・デジブック×三方背スリーブケース仕様
■日本盤のみの仕様
・高品質Blu-spec CD2仕様
・英文ライナー訳/歌詞・対訳/新規解説 (妹沢奈美) 付
SICX30217-30218 税込¥4,400 【完全生産限定盤】
購入リンク:https://SonyMusicJapan.lnk.to/Oasis_2cd
<4LP>(輸入盤国内仕様)
■日本盤のみの仕様
・英文ライナー訳/歌詞・対訳/新規解説 (妹沢奈美) 付
・日本語帯付き
SIJP185-188 税込¥16,000 【完全生産限定盤】
購入リンク:https://SonyMusicJapan.lnk.to/Oasis_4lp
<デジタル>
配信リンク:https://sonymusicjapan.lnk.to/Oasis_DM30
【展示会情報】
リヴ・フォーエヴァー:Oasis 30周年特別展
会期:2024年11月1日(金)~11月23日(土)
会場:六本木ミュージアム
主催:ソニー・ミュージックエンタテインメント、ソニー・ミュージックレーベルズ、ソニー・ミュージックパブリッシング
後援:ブリティッシュ・カウンシル 協賛:ADAM ET ROPÉ
公式サイト:https://oasis-liveforever.jp/
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/oasis30th/