ホンダは先日、電気自動車(EV)「Honda e:」の生産終了を発表した。次に日本市場で普及を狙うEVは、軽自動車の商用車「N-VAN」をベースに開発した「N-VAN e:」だ。既存の軽商用車をEV化するのは難しそうに思えるが、どんな苦労があったのか。開発陣に聞いてみた。
EVのパーツをどうやって詰め込んだ?
話を聞いたのは、BEV商品企画部開発企画課の堀田英智チーフエンジニアをはじめとする各担当者だ。
まず、開発にあたって苦労した点は?
堀田さん:ベースが大きな空間を持つガソリン車(N-VAN)だったので、それをキープしつつEV化するため、高圧のバッテリーを乗せるところで最も苦労しました。バッテリーの形や配置はかなり工夫しました。
床の高さを変えずにバッテリーを搭載しようとした際には、「こんなダイブダウンするシートじゃ載せられないじゃないか!」という声が当初はあったというが、ドライバーズシート下のデッドスペースや元々あったセンタータンクレイアウトの空間をいかし、さらには左右のバッテリーの形状を変えることで解決したという。
狭いフロントボンネット内に、エンジンよりも大きなeアクセルとチャージャーを詰め込むのはかなり辛い作業だったらしいが、「ここは開発者の腕の見せ所」として頑張った点でもあるという。なるほど、ボンネットを開けてみると、各パーツがみっちりと詰め込まれている様子が見てとれる。
パワーユニットの性能向上のため、ラジエーターはバッテリーの冷却用と加温用、モーターとeアクスルの冷却用と3つの回路が別れていて、それも配置する必要があった。組み上げる際には下から積み上げるそうなのだが、前も横も隙間が10mmくらいしかない。衝突時に各部品をすれ違わせることで、高電圧の電気部分を損傷させることなく保護する工夫や、それらを衝突から守るためのガードなども盛り込んだ。フロントグリルには普通と急速の充電口も取り付けた。
EV化に必要なパーツをフロント部分に集中配置できたことで、メリットも生まれたという。
堀田さん:例えばリアに充電口があるN社やM社のクルマは、高圧ケーブルがリアまで長い距離で引きまわされていて、全てを衝突から守る必要があります。スライドドアを開けると充電口が塞がれてしまうという不都合もあります。内部の銅のケーブルもけっこう値段が高いので(盗難事件が発生するくらい)、フロントにまとめるのはコスト的にも都合がいいんです。
NSXのバンパーを再利用?
デザイン面では、配達を繰り返す小口配送者さんのために床面を低くしたのはもちろん、運転席から歩道側への乗り降りのために、つま先の出し入れがしやすいようにセンタークラスターの下端をえぐったという。シフトセレクターをこれまでのレバー式からバイワイヤのスイッチ式にしたことによるメリットだそうだが、アイデアが秀逸だ。各操作部分が運転席に近い位置に配置してあるのも、細かいながら嬉しい改良。これらはヤマト運輸との実証実験による成果なのだという。
サスティナブルマテリアルを活用した環境への取り組みもなされている。フロントグリルはリサイクルバンパーをペレット化(粉砕)したものを成形したそうだ。近くで見ると、端っこにはリサイクルマークが刻印されていて、黒のベース部分には赤や青、白のキラキラした粒状の斑点が確認できる。ホンダ担当者によると、これは「通常なら粉砕するときに取り除かれる塗装膜をあえて残したからで、1台として同じカラーはありません。ひょっとしたら、この赤色はNSXのフォーミュラレッドかな、この白色はタイプRのチャンピオンシップホワイトではあるまいか、そんな風に楽しむこともできます」とのこと。いかにもホンダの技術者らしいコメントである。ただし、手間はそれなりにかかっているので、コスト面でのメリットはないとのことだ。
ちなみに前出の堀田さんは、EVを担当するのは今回が初めてとのこと。「そもそもEVってなんだっけ、というところが最初の段階です。当時の社内では、ICE(ガソリン車)やHEV(ハイブリッド車)が開発の主流で、EVは電気で走るというのはわかるけど、細かいところはどうなっているのか、やっぱり知識が足りていませんでした」という。N-VAN e:の開発期間は意外と短かったというけれど、今回のプロジェクトを進めながら色々と学んだそうだ。
堀田さん:ホンダは今まで、ガソリン車しか売ってきませんでした。一方でEVの購入を検討するユーザーの知識は非常に高いのが事実です。そこをカバーするには、販売店の力がこれからますます必要になると思います。それと日本では、250万円を切る価格帯のものじゃないと、なかなか買ってもらえなかったりもします。派手さはないですけれど、EVを着実に普及させるため、まずは日本の実情にあった商用EVという形で始めたことがポイントかな、と思っています。