今年、トレックは軽量モデルの“エモンダ”のニューモデルを投入してくるだろう。そんな大方の予想を見事に裏切って、レーシングモデル“マドン”の第8世代(Gen8)がデビュー。フラッグシップとなるSLRを早速試乗してみた。

トレックの新車発表会の連絡があった時は、間違いなく軽量モデルの“Émonda(”エモンダ)のお披露目だと思っていたので、会場でマドンだと分かった時は驚いた。というのも、第7世代(Gen7)が発表されたのは22年。モデルチェンジには早過ぎる。ただ、レース機材であれば、常に進化するのが当たり前。それにしても、マイナーチェンジではなくモデルチェンジということは、大きなブレイクスルーがあるということ。

スタイリングは前作がデビューした時のようなインパクトこそないが、基本的なコンセプトを継承しつつ進化させているのは明らかである。そして、Gen8の開発に当たって、軽量化は大きなテーマだったという。

開発を手掛けたJ・ロージン氏によれば、「6.8㎏のマドンに乗りたい」というプロ選手からのリクエストがあり、他にも「ツール・ド・フランスやパリ~ルーベのようなレースでも勝てるバイク」という声に応えるのがGen8の開発目標となった。

もっと軽いマドンが欲しい

ここ10年、ロードバイクは“エアロ・コンシャス”な時代だった。走行中、もっとも大きな抵抗となる空気抵抗の低減するのは理に適っている。しかし、空気抵抗だけに特化したバイクが最適解かと問われれば、必ずしもイエスとは言えない。

選手が“6.8㎏のマドン”を欲しがるのも、エアロだけでは満たされないから。6.8㎏というのは、UCI(国際自転車連合)が定める車両最低重量であり、選手が求めているのは、極限まで軽い自転車だ。ただし、軽量化も強度や剛性、ハンドリングや快適性も妥協できない。あくまでも同じ性能なら、軽ければ軽いほどいいのであって、やみくもに軽ければいいというわけではない。

Gen7も十分に軽かったが、ライバルと比べて引けを取るファクターでもあった。それを解決したのがGen8であり、エアロと軽量化の両立させるため、チューブの形状は細部まで見直しが行われている。パッと見でGen7との違いが言えるほどではないが、チューブの断面はほぼ同じ場所がない。

  • シマノ・デュラエース仕様のマドン・SLR9 Gen8。185万円。

そして、すべての革新のキーとなっているのがフレーム素材だ。従来の800シリーズOCLVから900シリーズOCLVへと進化している。OCLVとはトレックのカーボンテクノロジーの総称で、Optimum Compaction Low Void(超高密度圧縮、低空隙)の略で、カーボン製品を作る時に強度や剛性低下の原因になる空洞を極限まで減らす技術のこと。

詳細なスペックは明らかにされていないが、数字が大きくなるほどグレードが高くなり、900シリーズは800シリーズ比で強度が20%向上。このアドバンテージと、新形状によってフレーム重量は765g、フロントフォーク(370g)とのセットでは、従来比で320gも軽量化されている。

600g台のフレームがあると思えば、765gは軽くないように見える。だが、シートポストの一部が一体型となっているフレーム形状を思えば、かなり軽く仕上がっていると言えるだろう。

総合性能に磨きをかけて正常進化

Gen8の登場によって、エモンダは生産が中止される。予想外だったので驚いたが、200万円近くもする自転車で「軽いのが欲しいなら……」という状況が終わるのは喜ばしいことである。他人事でいいなら、より専門的でニッチなバイクも面白いが、自分が買うことを前提にしたら、万能型のほうがいい に決まっている。

資料によれば、200wで1時間走るとGen8はエモンダよりも77秒も速く、空力的にはGen7と同等で、320gも軽い。大した差ではないように思うかもしれないが、一緒に走っている人に1分も千切られたらショックだし、手にした時に320gも違ったら、車格が違うと思う。それぐらいの大きな差だ とも言える。

マドンが新しくなると聞いて、ちょっと心配になった。というのも、Gen7の走行感が好きだったので、あの快適性が損なってまで軽くしなくてもいいんじゃないの? と思った。

結論から言えば、それは杞憂であった。Gen8は旧型をていねいに磨き上げ、完成度を高めてきた1台だ。シートチューブ周りの空気抵抗を低減する“ISOフロー”も形状がダイエットされて、全体に細マッチョな雰囲気になった。フレームと統合的にデザインしたボトルを採用した“フルエアロフォイル”など、ちょっとした改良を積み重ねている印象だ。

  • 専用ボトルまで開発しエアロ性能を向上させている。

  • 空気抵抗を低減するISOフローが特徴的なリアビュー。

ただ、フレーム関連のエアロは環境や条件が一定ではないので、それを具体的に感じるのが難しい。感じないわけでもないが、プラセボだと言われたら、それまでの違いである。Gen8でも、いちばん違いを感じたのは快適性の向上だ。

ワイドタイヤが主流になってから、快適性を語る時の主役はタイヤである。いいタイヤを選択し、セッティングが決まれば、最近のバイクはみな快適だ。だが、そのスイートスポットは小さいので、早々簡単に性能を引き出せないのも事実である。

その点、Gen8は旧型比で縦方向の振動減衰が80%も向上しているせいか、セッティングの幅が広いというか、懐が深い。限界性能を追求すれば、Gen8だって本当に小さな芯はあるだろう。しかし、タイヤのグリップ感がつかみやすく、凹凸を越えた後にサドルが程よくしなり、すぐに収束する。この美点は初心者にとっても、セッティングを追求したいシリアスライダーにとっても大きな恩恵となるはずだ。

スタイリングだけを見れば新しくなった特別感は希薄かもしれないが、走行性能の完成度はキチッと熟成されている。価格も価格だけに、Gen7オーナーにも買い換えを勧めるかと言えば、そうは言わない。それぐらいGen7の完成度は高い。それでいてGen7か8かと問われれば、何度聞かれても後者を選ぶ。それぐらいの差別化が図られているのも、新作の美点である。

文/菊地武洋 写真/山田芳朗