厚生労働省によるとハラスメントは近年、増加傾向にありここ3年間でパワハラは16%、セクハラは10%の増加を認めています。
臭いに関して周囲に不快を与える「スメルハラスメント(スメハラ)」も増加していますが、パワハラ、セクハラの様に言動に表われず個人の感覚によることが大きいので、対応が難しいところ。
スメハラの代表例として挙げられる口臭は、実は職場の7割の人が周囲の人の口臭に悩んでいます。今回は口臭の最新情報について、歯科医師・歯学博士の宮本日出氏に解説してもらいます。
口臭細菌の共生が原因
世界的に見て日本人は口臭がある人が多いことで知られていますが、大阪大学大学院薬学研究科が日本人の研究で口臭の原因となるメカニズムを解明しました。
口臭には誰にでも発生する生理的口臭と歯周病に起因する病的口臭に大別されますが、前者より後者の方が臭いが強く、その最大の原因となるのがメチルメルカプタンと呼ばれる化学物質です。
実は、このメチルメルカプタンが大量発生しておこる「口臭増加機構」が存在することがわかりました。
口の中に常在し歯周病菌であるフソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum:F.ヌクレアタム)は活動する中でメチルメルカプタンを発生しますが、F.ヌクレアタムだけではメチルメルカプタンの発生は多くありません。
しかしF.ヌクレアタムが、歯の表面に初期に付着している菌がストレプトコッカス・ゴルトニイ(Streptococcus gordonii:S.ゴルトニイ)と接触し連携に至ると、それぞれの悪性度を高めます。
両菌は共生栄養環境(それぞれの排泄物(代謝物)が互いの栄養素となる状態)の関係になり、強力な菌膜(バイオフィルム)を形成し口腔内の細菌のバランスを壊していくのです。
この時に発生させるメチルメルカプタンの生成量は最大で通常時の3倍にもなり、強烈な口臭となります。
そして、この菌膜は非常に頑固で歯磨きでは除去できず、結局歯磨きをしても口臭がなくならないのです。
口臭は現代病か!?
口臭には誰にでもある「生理的口臭」と、歯周病が原因とする「病的口臭」に大別できると最初に説明しました。
生理的口臭は舌の表面の汚れ(舌苔)の中に潜んでいる口臭菌が原因で、菌数が増えると口臭が強くなります。
また、病的口臭の原因である歯周病も、その進行に比例して口臭も強くなります。そして、どちらの菌も口の中が乾燥すると数が増えるのが特徴なのです。
呼吸の影響を調査している「あいうべ協会」によると、本来呼吸は鼻で行うものですが口で呼吸をする人が増加して、現在の日本人は6~8割が口呼吸であると推測されています。
特にコロナ禍の期間にマスク生活が長かった時は、マスクの下では空気の通りが悪いので鼻呼吸では息が難しくなり多くの人が口で呼吸をするようになりました。その名残で、マスクを外した今も口呼吸が癖になっている人が多くいるのです。
口呼吸による弊害の一つとして、口の中が乾いて唾液の効果が発揮できないことがあります。
唾液には口腔内の洗浄効果や殺菌作用、免疫機能など様々あり、例えば自然と口呼吸になりやすく唾液の分泌量が減る就寝時は、口の中が乾燥し菌数は寝る前の30倍に増えます。 口呼吸が癖になると、このような現象が日中も起こるので一日中、細菌が増え続けます。その結果、虫歯菌、歯周病菌、口臭菌が増えて「生理的口臭」「病的口臭」の発生につながります。まさに日本人の口臭は現代病とも言えるでしょう。
人には見せられない口臭セルフチェック
自分の口臭を自分でチェックする方法は、ビニール袋に息を吐いて溜めてから鼻で臭いを嗅いで判定するのが一般的なのですが、これが案外に難しく著者もテレビ番組で何度かタレントさんに口臭チェックを試みましたが、自覚できる人はほとんどいませんでした。
そこで今回は目で見るチェック方法についてご紹介します。
生理的口臭は舌表面の汚れが原因でした。猫は舌がザラザラしているのでわかると思いますが、舌の表面には多くの突起があります。これにより、タンパク質(粘膜のカス)と細菌が混在した汚れが溜まりやすくなっています。
舌が汚れると本来の舌の赤みが見えなくなり、表面は白く見えたり灰色あるいは黒く見えたりします。汚れが長期間にわたって溜まり、汚れの層が厚くなると、色が濃くなる特徴があります。つまり色が濃いほど口臭は強いのです。
鏡の前で「ベー」と舌を前に大きく出して、ご自分で舌の色を確認してください。舌の中央部に本来の赤みが確認できない場合は、生理的口臭があり、ゆで卵のような臭いがしています。
病理的口臭の原因は歯周病でしたが、歯ブラシでの出血は歯周病の症状の一つなので、出血=歯周病になっているので病的口臭があると判断してください。
歯周病での出血は見られる場合と見られない場合、あるいは歯磨き粉に紛れて気が付きにくいことがあります。その場合には歯間ブラシを使ってチェックしましょう。
一番サイズの小さい歯間ブラシ(4S)を用意し、流水で良く洗浄してから歯と歯の間の歯ぐきに隙間に優しく挿入してください。
歯間ブラシを前後左右にゆっくりと動かし、歯間を清掃。歯周病はこの歯と歯の間の歯ぐきから発症するので、ここの状態を確認するとで、歯周病の有無が判定できます。
歯間ブラシを5~6回動かしたら取り出し、大さじ2杯分の水(30mL)を入れた透明な小さめのコップの中でブラシを濯いでください。その後、歯間ブラシを流水で汚れを洗浄し、口中の歯間を繰り返し清掃してください。
すべての清掃が終わったら、コップの水を確認してください。キレイに透き通っていたら歯周病ではありませんが、水の色が黄色く濁ったり、水の中に小さいカスのような物質が混ざっていたら、歯周病の可能性が高いです。つまり台所の三角コーナーのような腐った病的口臭の臭いがしています。
口臭を防ぐには口腔内の清潔さがポイント
生理的口臭を防ぐことは難しくなく、舌の表面をキレイにすれば瞬時に臭いはなくなります。市販している舌ブラシを用意して、鏡の前で舌表面を奥から手前に擦って汚れを落としてください。
強い力を入れて擦ると舌を傷つけますから、そーっと数回擦ってください。舌清掃が初めての人は柔らかめのブラシを使用すると良いでしょう。
舌清掃の経験がある人はW清掃効果のあるブラシが効果的かも知れません。時々、歯ブラシを代用して舌清掃をする人がいますが、歯ブラシは硬い歯を清掃する設計なので舌を傷つける可能性がありますし、舌の清掃効果も高くないので、控えてください。
病的口臭対策、つまり歯周病対策は自分で毎日行う清掃のセルフケアと、定期的に歯科医院で行う清掃のプロケアの両方を実施するのが必須です。歯周病は自分一人では絶対に治せないので、必ず歯医者に通ってください。
歯周病が軽度の人は3~6ケ月の通院で症状が治る人もいますが、悪い歯周病菌が原因の場合は数年かけないと症状が治らないこともあります。
生理的口臭も病的口臭も、お口のキレイにしておくことが基本的な予防になります。
スメハラ被害にあわないための対策とは?
スメハラ被害にあわないためには、病的口臭のある人に注意することが賢明でしょう。
病的口臭の原因である「歯周病になりやすい人」は以下のような特徴※があります(カッコ内はオッズ比)。
※出典:『あなたの知識は最新ですか? 歯科衛生士のための21世紀のペリオドントロジー ダイジェスト 増補改訂版』(クインテッセンス出版)
(1)喫煙:喫煙歴30年以上(5.3)、15年以上(2.4)
(2)肥満:BMI 30以上(8.6)、25以上(3.0)
(3)飲酒:毎日ビール大瓶1本以上(2.8)
(4)年齢:40歳以上(2.2)
(5)性別:男性(1.5)
上記の項目には年齢や性別のように、本人では状況を変えられないものがあります。
また歯周病での口臭の原因となる成分は、嗅覚を麻痺させる働きもあり、本人が自覚できない場合、さらには臭いの感じ方は人それぞれで、基準がハッキリしないところもあるのです。
このように、臭いにはデリケートな側面があるので、特有の注意点があることにも留意する必要があります。
著者プロフィール:宮本日出(みやもと・ひずる)
歯科医師・歯学博士・MBA
幸町歯科口腔外科医院・院長。
「ホンマでっか!? TV」(フジテレビ)、「あさイチ」、「バリューの真実」(NHK)など多数のメディアで活躍中。近著は「レモン水うがいダイエット」(あさ出版)。