朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)が盛り上がっている。私があちこちの現場へ、取材や打ち合わせに出向くと十中八九、相手方が『虎に翼』を見ている。この雰囲気に既視感があると思ったら『あまちゃん』(2013年)だった。当時もふだんは朝ドラをまったく見ていないであろう、お父さんたちも虜になっていて、よく居酒屋で話したことを思い出した。

  • 伊藤沙莉

令和らしいと思ったのはSNS(主にX)での感想拡散だ。実は私も毎日、ドラマへの思いの丈をポストしながら、他の人の感想を見て楽しんでいる。一週間まとめて視聴するスタイルの人は「(ネタバレを)踏まないようにするのが大変」とも。期せずして心に飛び込んできた感動を誰かと共有したい。分かるよ、その気持ち。

とにもかくにも『虎に翼』! なのである。では今まで毎朝放送されてきた作品と何が違うのかといえば、やはり主役の伊藤沙莉。彼女から放たれる演技のパワーはとんでもないのだ。

ドジっ子ではないヒロインの登場だ

『虎に翼』はいわゆるリーガルドラマである。日本初の女性弁護士、判事、家庭裁判所所長という大きな肩書きを背負う、三淵嘉子さんがモデル。ドラマでは主人公が佐田(猪爪)寅子(伊藤沙莉)となり、希望にあふれた学生生活、弁護士、戦時を経て、今再び法曹の世界で働いている。真っ直ぐで気持ちの良い女性であることは女学生時代から、母となった今でも変わらない。

放送1週目にして『虎に翼』の大きく人気を呼んだ。そこにはテンポの良いストーリー展開、エキストラの女性にも及ぶ細かな演出、明るく可愛らしい衣装と様々な要素を含んでいた。

とはいえ天下の朝ドラ。長い歴史があり、物語の選定に始まり、ヒロインのオーディション、豪華なキャストなど日本のエンタメの贅を尽くしたようなドラマなのである。全てが公正な基準値の元に作られていて、何も本作だけがスペシャルなわけではない。

では一体何が違うのか……とドラマを読み込んでいくと、今回のヒロインは"ドジっ子"ではなかった。寅子はもともと、当時の女学生では抜きん出るほどの頭脳を持っていた。それが仇となってお見合いを何度も失敗しているほど。結婚に不信感を抱き、職業婦人ではない何かになりたいと常に模索していた。

「お母さんの言う通り、結婚は悪くない、とはやっぱり思えない。なぜだろう。親友の幸せは願えても、ここに自分の幸せがあるとは到底思えない」

ただ思い返すと(全てではないけれど)、ヒロインが目標に向かって突き進み、その最中にトラブルが起きる、起こすというのは、朝ドラのパターンである。ただ歴代のヒロインたちはマイナスからスタート地点に立つことが多い。『ひよっこ』『おかえりモネ』『舞いあがれ!』などが代表的な例で、視聴者もまた"ドジっ子"ヒロインを応援したくなる。

対するように寅子は放送第1週から、完璧な才女。クラスに一人はいた、絶対に自分のキャラではない、しっかりとしたあの子。女子サッカーの元日本代表キャプテン・澤穂希さんの名言「苦しい時は、私の背中を見て」を漂わせる女性だった。

運動神経の良さが名演技を生んだ?

まずヒロインのキャラクターの際立ちが、伊藤沙莉によってさらに引き出された……と仮定するのなら、その先にあるのはご本人の演技。ここには何があるのかと見ていると、とても運動神経に優れた人ではないかと感じる。その俊敏さが寅子役によく似合っている。

例えば序盤で後に夫となる優三(仲野太賀)を家から玄関を通って追いかけ回すシーン。雲野法律事務所に勤務していた頃、再会したよね(土居志央梨)に駆け寄るシーンなどでの動きの素早さには目を見張った。以前、彼女が出演した舞台『首切り王子と愚かな女』を観劇に行ったことがある。その時も上演中はずっと動いているようなイメージがあり、スピード感のある人だと思っていたけれど、まさか数年後に朝ドラでその様子を見られるとは……

自分が圧倒的な運痴のせいかもしれないが、あの運動神経には憧れる。そこから派生していくような気持ちの良い演技は、朝ドラを支えている。

純度の高さが寅子と嘉子をつなぐ

最近、SNSで少し寅子の人気が失速しているようなポストを散見した。例えば亡くなった花岡悟(岩田剛典)の夫人に挨拶をする際、「彼の苦しみに私が気づいていれば何か変わったかもしれないのに、ごめんなさい!」と謝罪をした寅子。これがマウントを取っているという。いや、そんなことはないだろう。マウントを取るとは、相手に対して意識的に自分の優位性を示す行為なのであって、寅子にはその気がない。

「正論は見栄や詭弁が混じっていてはだめだ。純度が高ければ高いほど、威力を発揮する」

裁判官の桂場(松山ケンイチ)のセリフに沿っていて、寅子もまた純度が高いだけなのである。男性の伝記ばかりが販売される日本の不条理な風潮によって、今回のモデルの三淵嘉子さんは学校の図書室にある伝記にこそ並んでいなかった。ただそこに並ぶ偉人たちの多くは、自分の好きなことにどこまでも邁進できる純度の高さを持ち、ゆえに天然キャラであったと聞く。寅子もその一人。

伊藤沙莉の運動神経と純度の高い演技が入り混じって、今後も『虎に翼』で視聴者を沸き立たせるはずだ。そんなことを考えながら明日の朝もまた、8時にテレビの前で放送を待つ。