「レースで勝った翌日は注文の電話がジャンジャン鳴る」。
かつてイタリア車がクラシックレースやグランツールを席巻した頃、どこの メーカーもトップカテゴリーの戦績は商売に直結していた。 言い換えれば、人気ブランドには著名な選手と大きなタイトルが必要だった。

  • ジロ・デ・イタリアを圧勝した T・ポガチャルの走りを支えた“V4Rs”

その頂点に永らく君臨したのがコルナゴであり、2024 年も UAE チームエミレーツに機材を供給。タディ・ポガチャル選手が春先のクラシックから好調をキープし、 ジロ・デ・イタリアを完勝した。 その彼の走りを支えているのが、“V4Rs”である。

■捲土重来を果たしたコルナゴのフラッグシップ

コルナゴには名車と呼ばれるに相応しいモデルがいくつもある。

中でもアイコニックな存在といえば“C”シリーズだろう。1987 年、創業 35 年を記念してフェラーリと共同開発した C35 に始まり、C40、C50、C59、C60、C64と続き、現在もC68が発売されている。

カーボン製ラグを使用し、カスタムオーダーにも対応したフレームはコストがかかり、ライバルの追随を許さなかった。さらに強豪チームがこぞって使用し、枚挙に暇がないほどの勝利をプロレースで収めた。独創性と美しいペイントも相まって、コルナゴを不動のトップブランドに押し上げることに成功した。

だが、部分的な強度を上げたり、剛性をシームレスに変化させるといった カーボンの素材特性を最大限に活かすため、2000 年代後半からカーボンフレームの主流は、一体成型のモノコック構造となる。コルナゴはこの流れに 一歩遅れたものの、再びフェラーリの手を借りて 2014 年にVシリーズを登場させる。

V シリーズの特長はモノコック構造にあるが、4 世代目となる V4Rs Disc (以下 V4Rs)では以下の 5 つの領域で進化させたという。

・空気抵抗の低減
・軽量化
・動的剛性
・ジオメトリー
・堅牢性と信頼性

  • 前面投影面積の小さい薄型ハンドルの CC.01。

いずれもレーシングバイクでは当然のこと。V4Rs では専用ハンドルの"CC. 01"が開発され、フレーム、フォーク、ヘッドセット、ハンドルバーの重量を 比較しトータルで 47g が軽量化されている。また、クランクの回転数を1分 間に 90 回& 時速 50km で走行した場合、V3Rs と比較して 27.7W を低減 できるという。

47g の軽量化を体感できるかといえば、できないだろう。ダウンヒルやレースで 集団走行しているときなど、稀なシチュエーションを除けば、時速 50㎞で走り続けることもない。残念ながら、この進化の恩恵を感じられるのは、トッププロだけだといっても過言ではないだろう。

価格も安くはない。フレームセットで 94万6000円、シマノ・デュラエースがフルアッセンブルされた完成車は 180万4000円。
コルナゴも数多くが売れるとは考えていないだろう。“限られた人しか手に入れられない”ことも V4Rs の価値の一部だし、そもそもコルナゴというブランドは高価だが、高性能であることをセールスポイントにしてきた。ライバルとの比較で考えても、そう高くはない。さらに言えば、アメリカのショップ価格 (1ドル160円換算)と比較すると、完成車で40万円以上も安い。

■走り出せば、ライダーを虜にする

歴代のコルナゴのトップチューブには創業者エルネストのサインが施されてきた。
しかし、V4RsやC68 には彼のサインがない。コルナゴは創業家の手を離れて、オイルマネーの傘下にあるのだ。サインを失った代わりに、豊富な資金を手に入れた。その恩恵によってフレーム開発だけでなく、マーケティング戦略も一気に進化した。  

名車と呼ばれるレーシングバイクには輝かしい成績が欠かせない。その点でもタディ・ポガチャルとUAEチームが長期契約を結んだこともあり、この先しばらくはコルナゴの成功も約束されたも同然である。  

さらにアーティストや著名デザイナーとのコラボレーション、非代替性トークン(NFT)作品としての販売など、ライバルと比較しても先進的な取り組みを行っている。  

  • 将来的にはデータ管理によって盗難を防ぐ NFT タグ。

誤解を怖れずに言えば、10年前のコルナゴは歴史と伝統を持ち、魅力的なブランドであるが、自転車の性能は最先端と言えなかった。そうした雌伏の時期を思うと、V4Rsの性能は信じられないほどだ。 
その走りをひと言でいうと、軽い。手に持った感じは、プレミアムバイクとしては標準的な車重である。
なのに、走り出すとペダルが下に吸い込まれるように加速する。あまりオーバーな言い方はしたくないが、思わず止まってギア比を確認してしまうほどなのだ。体感的にはフロントギヤの歯数が2つほど軽く感じる。この差がいかに大きいかは、サイクリストならわかるだろう。  

路面コンディションがつかみやすいのも、大きな魅力だ。雨の日のコーナーリングなど、価格を考えたら恐る恐る乗らざるを得ないシチュエーションでも、しっかりと攻めて走れる。ピレリタイヤとの相性が良かったのもあるだろうが、雨の日のライドまで楽しくなる。

振動のいなし方も、実に見事だ。昨今はワイドタイヤを履いているので、少々路面が荒れていても気にしないが、同時にタイヤとホイールの性能が支配的で、フレームの良さを体感しにくい。V4Rsは路面から受けた振動をすべて吸収するのではなく、必要最低限を伝えつつ、スパッと振動が収まる。ワイドタイヤの快適性の高さは歓迎すべきトレンドであるが、人車一体で走れるフラット感はライバルよりも上のレベルにある。  

  • タイヤクリアランスは 32㎜まで対応する。

加速時の鋭さも特筆すべきレベルにある。これはジオメトリーの変化と、フレーム剛性の改良によるものだろう。数値から想像できるのは、チェーンステーを短くすることで反応性を向上させつつ、リーチを伸ばすことで重心位置の最適化したことが大きそうだ。  

  • BB は採用するメーカーが増えつつある T47.

これはリアル・ダイナミック・スティフネスという、コルナゴが編み出した指標のことで、スプリントとシッティングでのヒルクライムを想定して設計がなされているという。 この指標が他のモデルに使われると思うと、今後が楽しみである。  

空気抵抗の低減をセールスポイントにする割には大人しいスタイリングで、物足りなさを感じる人もいるだろう。しかし、エアロを優先すれば、コントロール性はトレードオフせざるを得ない。ライダーの空気抵抗が圧倒的な自転車において、わずかな数値のために過度のデザインを施すのはいかがなものか……というのが私の考え方である。  

北米メーカーのように饒舌な自己アピールをしてこないが、それを物足りないというか、品がいいというかは好みの問題であろう。一つ言えるのは、価格なりの魅力は十分にあり、世界的にみれば日本のユーザーがもっとも安く買えるのは間違いない。  

  • フォークコラムに携帯工具が内蔵される。

文・写真/菊地武洋