円安は輸出に追い風?

「日本は今、国を挙げて農林水産物・食品の輸出拡大を目指しています。この国の方針も後押しして、農作物の輸出額は増加傾向にあります」と話すのは、JETRO農林水産食品部主幹の石田達也(いしだ・たつや)さん。JETROは日本の貿易の振興や対日投資の促進、中小企業などの海外進出の支援などを行う機関で、石田さんの所属する農林水産食品部は農産物の輸出の支援なども行っている。

石田達也さん

政府は2020年3月に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」で輸出額目標を2030年に5兆円とした。さらに2025年に2兆円という中間目標も示された。目標達成の方策として「」がまとめられ、毎年改定が行われている。この中で肉類のほか、果樹、野菜、米などが輸出重点品目に定められており、これら品目の輸出に対して、市場ごとの方策が示されている。

こうした政府の後押しがあるうえに、今は円安だ。農産物輸出には追い風なのかという筆者の問いに対し、石田さんは次のように答えた。
「円安だからといって、農作物の輸出は簡単ではありません。言語は必ずといっていいほど問題になりますし、日本とは異なる商習慣の方とやりとりする必要があります。農作物の場合は鮮度を保つ必要がありますから、物流の構築も容易ではありません。それと輸出先の法規制に対応した栽培をする必要があります」
さらに、こうしたさまざまな課題を乗り越え農作物の輸出を始めるために重要なのが、「輸出の流れを把握しておくこと」だという。

農林水産省「2023年の農林水産物・食品の輸出実績」より引用

農作物を輸出するには、どうすればよいの? 輸出の方法とメリット・デメリットを知る

農作物の輸出には、直接輸出と間接輸出という二つの方法がある。直接輸出とは、農業生産者が輸出者となり、あらゆる交渉から物流の手配までを自身で行う方法のこと。間接輸出とは、商社などに間に入ってもらい輸出する方法のことだ。
直接輸出では、中間マージンを支払う必要がないから利益を得やすいが、輸出に関わる業務すべてを自身で行う必要がある。間接輸出では、物流も決済も、ほぼ国内取引で完結するからハードルが低い。ただし中間業者に手数料を支払う必要があるため、得られる利益は少なくなる。直接輸出と間接輸出については、当サイトで輸出農家座談会を開催した記事を掲載しているので、そちらを参考にしてほしい。

しかし石田さんによると初心者がいきなり直接輸出を始めるのはハードルが高いそう。
「輸出業務に慣れている人に手伝ってもらうことができればよいですが、そんな方が身近にいる人は多くないでしょう。そこでJETROでは、初めて輸出に挑戦する方に向けた取り組みも行っています。例えば、同じ地域にお住まいの方と輸出商談の流れを学ぶことができる『商談スキルセミナー』や、間接輸出を希望する方に向けた商社マッチング などの機会を提供しています」

JETROでは農林水産物の輸出に関するウェビナー「」を行っており、そのアーカイブ動画も視聴することができる

また、農水省では輸出を目指す生産者や企業と、さまざまな知識・経験を持った外部人材とのマッチングを図ろうと、「」を展開している。

一方で石田さんは、間接輸出は発展性に欠ける面がある、とも指摘した。間接輸出では、商社任せになりがちなのだという。商談から決済までが国内で完結するため、購入者の反応を見て生産にフィードバックさせて、その結果売り上げが伸びる、というようなビジネスの醍醐味(だいごみ)を味わうのが難しいのだ。
「間接輸出から始めるにしても、将来的には直接輸出できるよう、通関手続きや現地の法律の勉強を並行して進めるのがよいのではないでしょうか」(石田さん)

さらに石田さんは、農作物輸出のメリット・デメリットについて「捉え方次第ですが、確かに存在するのは国内取引との違いです」と語った。石田さんが挙げる農産物の輸出と国内取引との違いは以下の通りだ。

取引先の所在地

法規制:国・地域ごとに検疫条件が異なる(農薬の残留基準など)。

商習慣

為替リスク

物流:コスト面から日持ちする食品は船で送るのが一般的だが飛行機を使う場合もある。売り場まで鮮度を保つ必要がある。

決済:時間差がある。通貨・手段・タイミングなどを交渉して決める。

取引相手が見えにくい:海外の売り場を頻繁に見に行くことはできない。

これらの違いを、ハードルと捉えるのか、乗り越えた先に大きなビジネスチャンスがあると捉えるのか、ということだろう。

農作物輸出の始め方

ここからは、農作物輸出の始め方について、順を追って説明していこう。

貿易の流れをつかむ

最初に行うのは、貿易の流れをつかむ、ということ。これは心構えの問題だ。間接輸出であっても、他人任せにしてはいけない、と石田さんは念を押した。
「ほとんどの国・地域において、輸入申告は輸入者の責任で行うことになっていますので、税関で止められた場合、担当官に内容を説明するのは輸入者です。通関書類は輸入制度を踏まえて用意されるのですが、商品を一番知っている人=農業生産者が他人任せだと、必要な書類を整えるのが難しくなります。すると、流れるものが流れなくなってしまう。どういう書類が、どのような視点でチェックされるのか、農業生産者の方も知っておく必要があります」

貿易の流れをつかむのに最適な講座を、JETROが開催している。それが「貿易実務オンライン講座」だ。基礎編・応用編・英文契約編が用意されており、好きなタイミングでオンライン動画で学ぶことができる。

国内・海外の見本市会場で学べることがある

貿易の流れを学んだら、次は国内・海外の見本市会場に来場者として行ってみよう。
「見本市会場で実際に何が行われているのか、出展者の行動を観察しましょう。出展者がどのような商談資料を用意しているのか、資料をもらうことで参考にできます。輸出を視野に入れている出展者は、国内の見本市であっても、海外バイヤーが来場する場合に備えて、輸出向けの相談に対応できるよう資料を用意しているものです」(石田さん)
展示ブースの作り方、集客や接客の方法も、展示会場で学ぶことができるはずだ。JETROの「」では、輸出の始め方や商談のノウハウを紹介しているので、こちらもぜひ、事前準備の参考にしてほしい。

見本市・商談会に出展する

画像提供:JETRO

貿易の流れを学び、商談資料が用意できたら、いよいよ見本市・商談会に出展しよう。ご存じの方も多いと思うが、国内の見本市にも海外から多数の来場者が訪れる。最初は国内開催の見本市に出展すると負担が小さいだろう。
海外の見本市への出展を希望する場合は、JETROや地方自治体のウェブサイトをのぞいてみてほしい。見本市の中にスペースを確保して開催する「フェア・イン・フェア」(例えば「日本ブース」「◯◯県ブース」など)の場を提供して、出展者をサポートしてくれる場合がある。また、出展費用の一部を補助してもらえる可能性もある。
またJETROでは、国内の主要な見本市会場の中にJETRO特設会場を設置したうえで海外バイヤーを招待して、商談会を開催している。JETROの商談会は、見本市の出展者のみならず、非出展者も対象だから、より参加しやすい。見本市に出展しつつ、商品や資料を持参して商談にのぞめば、より効果的だろう。
見本市で興味を持ってくれた顧客と商談して話がまとまれば、輸出の実務を始めることができる。

輸出開始後、業者に任せっきりにしないのも大事

間接輸出であれば輸出の実務は業者がやってくれる。しかし、現地スーパーや外食で自社製品がどのように使われているのか、生産者自身が見に行くことも大切だと石田さんは指摘した。その商品を一番よく知っている生産者が、輸出の当事者として輸入者の視点を知る必要があるというのだ。その際に得られた情報を農業生産にフィードバックしたり、中間業者と共有したりすることで、新たな可能性が開けていくという。

農作物輸出を目指す農業生産者に向けたアドバイス

今後も円安が続くとは限らないなかでも、農作物輸出は農業生産者の選択肢の一つになり得ますか、という問いに、石田さんは「もちろんです!」と即答した。専門家の視点で見ても「海外には、日本の農作物への需要がある」ということなのだろう。
そのうえで、農作物輸出を目指す農業生産者に向けてアドバイスをくれたので、最後に紹介しておこう。
大前提として「本当は何をやりたいのか、中長期的な視点で考えることが大切です」と、石田さんは話した。輸出したい理由は何なのだろうか。輸出は手段であって、本当は海外の人たちに喜んでもらいたい、という場合もあるだろう。
「そういう方は、インバウンド向けビジネスも検討してください。輸出は商品が国境を越えますが、国境を越えて来てくれた消費者に対応するのがインバウンド向けビジネスです。これですと、物流や法規制などに悩まされることなく、海外の方に喜んでもらうことができます」

また、短期決戦は難しい、ということを肝に銘じる必要があるという。例えば、海外では有機農作物が高く評価されるが、それには土づくりから始める必要があり、栽培管理も規制に沿って変更する必要がある。だから時間がかかる、というわけだ。

もう一つのアドバイスは、「仲間を作る」ということだ。評判が良いと現地から大きなロットでの取引が求められるようになるからだ。これに一人で対応するのは難しいため仲間が必要になるが、賛同者を得るのにも時間が掛かるという。
「農作物の輸出は、小規模生産者が一人で挑むには大変な作業です。自治体・商工団体・農業団体・全国のJETROなどに相談し、ネットワークを広げることをお勧めします。海外バイヤーから生鮮食品ではなく加工品が求められる場合、仲間を紹介してくれるかもしれません。自分一人では考えつかなかったアイデアや解決策を持っている人と共に、中長期的視野に立ち、挑戦するとよいでしょう」

仲間を作る=産地化という点では、農水省も動いている。競争力を高めるには、まとまった区画が必要となる。農薬に関して、海外向けと国内向けを分ける必要がでてくる。同じ産地内であっても、誰はOK、誰はダメとなるのが現状だ。
「農水省ではの形成に取り組んでいます。それにより、ロットを確保しやすくなります。こうした取り組みに参加することも、輸出を始める一つの方法となります」(石田さん)

最後に石田さんは、農産物輸出の成功のカギについて次のようにまとめた。
「農作物輸出の成功には、国内取引との違いを理解したうえで、中長期的かつ俯瞰(ふかん)的な視野と柔軟な姿勢を持つことが不可欠です。決して簡単な作業ではありませんが、日本の常識にとらわれず、挑戦してください。海外には、日本産農作物を待つ巨大な市場が存在しています」