東京の世田谷美術館で、「民藝 MINGEI―美は暮らしのなかにある」が始まりました。コロナをきっかけに多くの人たちがライフスタイルを見直したり、消費や環境に対する意識のアップデートも経て、ちょっとした“民藝ブーム”といえる状況が続いている昨今。この展覧会では「衣・食・住」をテーマに、暮らしで用いられてきた美しい民藝品約150件を展示。民藝のひろがりと今、そしてこれからを展望するものとなっています。

  • ちょっとした“民藝ブーム”が続いている今、注目の展覧会が東京会場となる世田谷美術館で始まった

そもそも民藝とは何か? 約100年前に思想家の柳宗悦が提唱したのが、日々の暮らしで使う手仕事の品に美を見出した「民衆的工藝」、“民藝”という新語でした。生活のなかにある美を慈しみ、素材やその作り手に思いを寄せる。そんな“用の美”のコンセプトは、いつの時代も人々を魅了してやみません。展示は、柳宗悦が1941年に設立した日本民藝館で開催したモデルルーム「生活展」の再現から始まります。

■昭和16年の『生活展』でのテーブルコーディネートを再現

「パッと見ると、柳家の食卓や“民藝のある暮らし”の再現かなと思うかもしれませんが、これは『生活展』のテーブルコーディネート展示の再現です。テーブルの上の茶器セットには傷みがあり、柳家で実際に使用されていたもの。『昨日家で使っていた食器が、気づいたら民藝館で展示されているということが頻繁にあった』という息子さんのコメントが残っていますが、いかに柳宗悦が生活の中に民藝品を活かしていたかということ。当時の展示では、椅子に座って部屋を眺めることもでき、美術館の中というより誰かの家に招かれたように、わかりやすく提示していた。昭和16年にこれをやったというのは、画期的なことだったと思います」と、本展監修者で美術史家の森谷美保さん。

といっても本展は、単に柳宗悦の思想や生涯、民藝運動の歴史をひもとくだけではなく、「もっと肩の力を抜いて、私たちの暮らしにいかに身近に民藝があるかということを、視覚化して展示を作り上げた」といいます。柳宗悦の民藝理論やその歩みを紹介するのはもちろんのこと、柳の没後にそのコンセプトを引き継いだ人たちによって広がっていった民藝にも焦点を当て、今に続く民藝のあゆみをたどっています。

■世界の民藝と、日本の工芸産地の手仕事

欧州、南米、中東、アフリカなどの世界各国から収集した、素朴であたたかくプリミティブな魅力を放つ品々、そして今に続く日本各地の工芸産地の品々と映像資料も登場。伝統的な手法を引き継いで手仕事を続ける産地、失われた手わざの復活を試みる職人、新たな民藝を創作する人々が紹介されます。

さらに、ライフスタイルやインテリア雑貨への関心の高まりによって注目されている、現代の民藝にも目を向けます。昨今のブームを牽引する存在で、2022年夏までセレクトショップBEAMSのディレクターとして活躍したテリー・エリスさんと北村恵子さん(「MOGI Folk Art」ディレクター)による、現代のライフスタイルと民藝を融合したインスタレーションも見どころのひとつ。2人の愛蔵品や、世界各地で見つけたフォークアートが今の暮らしに融合した、“これからの民藝スタイル”を提案しています。

  • 【写真】BEAMSで活躍したエリス氏・北村氏が提案する「これからの民藝スタイル」のインスタレーション。民藝とファッションが“普段使い”で融合する

展示のポイントに、“普段使い”、生活で使って楽しいという民藝のコンセプトを挙げたエリスさん。民藝から出てきた作家や、個人で仕事をするアーティストの作品をとりいれることも意識したといいます。柳宗悦に大きな影響を受けた染色作家の芹沢銈介は「みの」のコレクターでもありました。エリスさんたちはスコットランドのシェットランド諸島で編まれているセーターの工房の作り手に「みの」の写真を送り、“ノルディックセーターを作る”ような感覚でデザインを入れてもらったそう。そうして商品化したセーターと、インスピレーション源の「みの」を並べて展示したり、民藝、ファッション、そこから派生するいろいろなものにつなげていき、アフリカや北欧のトライバルアート、古いものと新しいもの、そうして響き合うものを組み合わせながら、普段の生活にも活かしている、と語っていました。

会場の最後で待ちうけるのが、エリスさんと北村さんが高円寺で開いたセレクトショップ「MOGI Folk Art」をはじめとする、民藝ファン憧れの名店や、人気の工房が集結した物販コーナー。手ぬぐいやバッグ、器にグラス、伝統的な日本の工芸品から現代的なデザインのものまで、買い物欲に火がつくのは必然の充実ぶり。筆者もここで、なんとも言えずいい表情を見せるラマの木彫りとポップであたたかなデザインのラグに心を掴まれ、仕事を忘れてつい購入してしまったのでした。

  • 目が合った瞬間に心を奪われた木彫りと、鍵モチーフのポップなラグ。図録は2,970円

昨年7月に大阪・中之島美術館からスタートし、広島、福島と巡回して、東京会場が4カ所め。約100年前に柳宗悦が見出した民藝のこれまでとこれからを展望する本展、世田谷美術館で6月30日まで開催した後、富山、名古屋、福岡を巡回します。

■information
「民藝 MINGEI―美は暮らしのなかにある」
会場:世田谷美術館
期間:4月24日~6月30日(10:00~18:00/月曜休 ※4/29、5/6は開館、5/7は休)
料金:1,700円/65歳以上1,400円/大学生800円/中小生500円、障害者の方は500円、ただし小中高大専門学校生の障害者の方および、介助者1名は無料