全国的に小中高校生の不登校児童生徒が増加傾向にあることはご存じだろうか? なぜ、その選択をしたのかにはそれぞれの理由はあるが、いずれにしても学びの機会が著しく失われてしまう児童生徒が増えていることは確かだ。不登校児童生徒にも等しく学ぶ機会を与えるため、デジタル技術を使ってみるという試みが、NTT東日本、NTTスマートコネクト、さいたま市教育委員会らの協働で始まった。授業の様子を取材してきたのでお伝えしよう。

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    「3D教育メタバース」とは?

不登校児童生徒が"学び"を選択できる時代

全国的に増加傾向にある不登校児童生徒。今回の取材先となったさいたま市でも年々学校に行けない児童生徒は増えているという。一方で、さいたま市では不登校児童生徒が、オンライン学習等のICTを活用した学習支援活動等を通して学ぶ喜びや人とのつながりを実感し、社会的に自立していくことを目指している。その中のひとつとして2022年4月に「不登校児童生徒支援センター」を設立。名称を「Growth」と名付け、ICTを活用した学習支援体験活動により、誰一人取り残されない学びの実現へ向けて活動を開始している。

その活動内容にNTT東日本も賛同、「よりリアルな空間で臨場感のある交流ができるメタバースはないか?」というGrowthからの要望に応え、NTTスマートコネクトと連携する形で、「3D教育メタバース」の導入、活用を支援することとなった。

この活動は現在、実証事業というかたちで2023年11月より行われており、その経過は良好だという。筆者もその様子を取材してよいということになったため、今回の訪問が成立したというわけだ。

Web会議ツールで行われるホームルーム

取材したのは2024年2月。我々取材陣が同席する中、Growthの授業が開始された。最初は教員と児童生徒らによる朝のホームルーム。このコミュニティを成立させているのはMicrosoft Teamsだ。

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    ホームルームはMicrosoft Teams上で行われる

教員のみなさんはGrowthにある教室にそれぞれPCを持ち込んで着席。児童生徒らは、自宅などからリモートでアクセスしている。教員らは1人ずつ今日行われる授業のあらましや、近況報告など、必要事項を伝えていく。児童生徒らのフィードバックはチャットを通して伝えられるといった内容でホームルームは進んでいく。

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    教員のみなさんは自席から参加

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既定の情報を伝え終えたタイミングでホームルームは終了。続いていよいよメタバース内の講堂に教員、児童生徒らが集まることになる。参加者がアクセスしてくる空間はデジタル上に用意された講堂をイメージさせる大型施設となる。集まった児童生徒らはそれぞれ思い思いの席に座ったり、ジャンプをしておどけてみせたりするなど、それこそ学校の自由時間と変わらぬ風景が広がる。

リアリティのあるメタバース

この日、メタバースに集合した理由について、さいたま市教育委員会の大髙恭介氏から説明がなされた。用意された内容は、メタバースに複数人いる「スペシャルゲスト」に話しかけるとキーワードを教えてもらえるので、なるべく多くのゲストからヒントを得て、その人たちの会社名を当てるといったものだ。

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    講堂をイメージさせる空間。このほかにも用途に応じた数種類の空間が用意されている

このお題に児童生徒らはさっそく反応、積極的にスペシャルゲストからキーワードをもらうためにメタバース内を走り回る。環境によってマイクが使えない児童生徒らはスペシャルゲストの前でジャンプしたり、体を揺らしたりすることでキーワードがもらえることになっているので、この間、メタバース内は非常ににぎやかになる。

5分後にキーワード入手の時間はタイムアップ。答え合わせを行うことになった。多くのキーワードを入手できた児童生徒もいれば、あまり情報が得られなかった生徒もいたが、画面を通して感じるのは楽しそうな様子だ。正解者はいなかったが、大髙氏より「今回のスペシャルゲストはNTTさんです」と告げられると、うすうすわかっていた児童生徒もいたのか、メタバース内もざわざわ。

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    NTT東日本、NTTスマートコネクトがどんな仕事をしているか紹介するNTT東日本埼玉支店の宮本則子氏、金井聡美氏

その後、NTT東日本埼玉支店の宮本則子氏より、同社の仕事がどのようなものか説明がなされた。終了時間が近づいてきたこともあり、メタバース内の講堂で記念写真を撮ることになったが、「実はチャットで『楽しい』『うれしい』といった言葉を打つと、みんなのアバターが笑顔になります。ですから、最後に笑顔でみなさんと写真を撮りましょう」とNTT東日本が提案。「笑顔」で1枚、「3、2、1、ジャンプ!」で1枚と、楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。

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    最後は楽しく記念撮影

この様子を見ていた取材陣も思わず笑顔になる。この一体感は、リアルと変わらないものだと感じさせてくれる授業だった。環境によってメタバースに接続できないケースもあるため、Growthに関わる全員がここへ参加できたわけではないが、そういった状況の児童生徒は別途Microsoft Teamsによる授業が同時に行われるなど、まさに誰一人取り残さないというコンセプトを実現している様子も見ることができた。

デジタルが新たな学び舎となる可能性について3者が語る

授業を先導したさいたま市教育委員会の大髙氏とNTT東日本 埼玉支店の宮本氏、NTTスマートコネクトの瀬川正之氏から話を伺った。

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    さいたま市教育委員会の大髙恭介氏、(中央リモートから)NTTスマートコネクトの瀬川正之氏、NTT東日本 埼玉支店の宮本則子氏

——さいたま市の不登校児童生徒の現状はどのようになっていますか? また、その背景には何があるのでしょう?

大髙「令和4年度の小・中学校の不登校の児童生徒数が2,103人となっています。昨年比でも479人増えており、全国同様増加傾向にあるといえます。

背景についてですが、他者とのコミュニケーションが苦手であるといった理由や、学習面でついていけない、あるいは逆にできすぎてしまい教室にいづらいという例もあります。全体的な傾向を見つけるということは非常に難しく、100人いれば100の理由があるというのが実情です。

ですから、原因究明というよりも、一人ひとりの理由に寄り添い、良い学びを提供していくことがとても大切だと考えています」

——その良い学びを与える場のひとつが今回見せていただいた「メタバース」ということですか?

大髙「そうですね。家から出られない、出たくないという児童生徒もいますから、きっかけづくりとして、オンラインによる支援は、比較的一歩が踏み出しやすい面はあるかと思います。メタバースに関しては、子どもたちが選ぶ一つの選択肢になればという位置づけです」

——ありがとうございます。そのメタバースに関しては、NTT東日本さん、NTTスマートコネクトさんがプロデュースされていると思いますが、さいたま市教育委員会さんと3者合同で取り組もうとしてきっかけはどのようなものでしたか?

宮本「最初はGrowthのネットワーク整備という形でお手伝いをしていました。そのつながりの中で、Microsoft Teamsでの授業だけでは手が届かないところ、もっと双方向性が感じられ、子どもたちが臨場感を得られる居場所はないかということで、メタバースのお話が出てきました。

私たちの取り扱っているソリューションで3D教育メタバースというものは無かったのですが、サービスを創り上げてみようということで取り組みを始めてみることになり、グループのNTTスマートコネクトに相談しました」

——開発をおこなったNTTスマートコネクトさんではどのような点に気を付けましたか?

瀬川「教育向けのメタバースを作る上ではセキュリティが課題になりました。例えば入退出のログ管理が必要ですが、これまで私たちが扱ってきたメタバースは誰でも自由にアクセスできることを売りにしていましたから、そういった点でも修正は必要でした。

また、GIGA端末でもアクセスできるよう、マルチOS対応で低スペックのマシンでも軽快に動作させるという部分にも気を使いました。ただし、最近の子どもたちは3Dに親しんでいるので、あまりライトに作りすぎると昔のゲームのように見えてしまうので、そのバランスも難しかったですね」

——Growthでこの3D教育メタバースを最初に見たときはいかがでしたか?

大髙「メタバースを提供しているいくつかの会社も検討させていただきましたが、やはりNTTスマートコネクトさんで作っていただいたものが、もっとも要件にマッチしていました。非常に良いものを提案していただいたのでぜひこちらで進めようということになりました」

——すでに3か月ぐらい実証事業を行われていると伺っていますが、子どもたちの反応はいかがですか?

大髙「今のところ様子を見ている段階なので、イベントや行事を中心に活用しています。軽量に作っていただいてはいますが、やはり端末のパワーを使うので日常使いできるかどうか判断が難しいところがあります。端末のせいでログインできなかった、出席ができなかったというのは避けたいですからね。しかし、このメタバースにアクセスできた子どもたちはとても楽しんでいますね」

——本日はNTT東日本さん、NTTスマートコネクトさんも、メタバース内で子どもたちと触れ合っていました。やはり、臨場感はありましたか?

宮本「子どもたちがメタバースを使いこなしているのが印象的でしたね。例えば、『バイバイ』という挨拶をするとき、挙手アイコンを出しながら体を左右に振ると、アバターとアイコンが連動して『バイバイ』の動きになるのです。そのアクションを子どもたち自らが発見したことにとても感動しました」

瀬川「私も同じように、イエス・ノーの感情を首の動きや体の揺らし方で再現しているのを見て驚きました。開発側でも考えもつかないような使われ方をしていて、子どもたちの発想力と新しいコミュニケーションの取り方を直接見ることができてうれしかったですね」

——最後に今後の期待や抱負をお願いします。

大髙「メタバースを活用して子どもたちに何を届けられるかが大切だと考えています。それがあってこそ、コンテンツが充実しているからメタバースを使いたいということになるのだと思います。メタバースとコンテンツの両輪を回すことで良い支援につながっていくはずなので、我々としてもノウハウを蓄積して子どもたちの役に立つものを作っていきたいですね」

宮本「管理機能についてのご相談もありますし、拍手ボタンが欲しいといった、使ったからこそ分かるきめ細かい要望もまだまだありますから、まずは現在の3D教育メタバースを改善していきたいですね。何よりも子どもたちが追加される機能をすごく使いこなしていて、その姿をみるとこちらも感動します。これからもデジタルを通じて子どもたちの支援につながるようなご提案をしていきたいと思います」

瀬川「中長期的な目標でいうと、総合的な学習にマッチするようメタバースを発展させていきたいなというふうに思っています。今、生きる力をつけるということが話題になっていますが、それには課題を発見して他者とコミュニケーションを取ってスキルを高めていくことが必要です。メタバースなら距離や場所、時間に関係なく無限に使えるので、そういったメリットを活かせるように開発をしていきたいと考えています」

——ありがとうございました。