「子育てしやすい街」を掲げ、公立保育所のICT化を推し進めてきた長野県中野市。4月からは紙おむつのサブスクリプションサービスを本格的に導入する予定だ。1月23日、同市のこれまでの取り組みが「ひらおか保育園」において発表された。

  • 紙おむつの管理は、保護者と保育士にとって大きな負担となっている

ひらおか保育園で行われた子ども・子育て支援説明会

1月23日、長野県中野市の「ひらおか保育園」において、中野市における自治体DX化の推進に連動した子ども・子育て支援の説明会が行われた。

  • 長野県中野市にある「ひらおか保育園」

中野市が導入および導入検証を進めているサービスは大きく3つ。ひとつ目は、保育・教育施設向け業務支援ツール「CoDMON (コドモン)」、ふたつ目は、勤怠管理システム「KING OF TIME for おまかせ はたラクサポート」、そして3つ目が、おむつのサブスクリプションサービス「手ぶら登園」となる。

「CoDMON (コドモン)」は、保育・教育施設で求められる登降園・入退室の管理や保護者との連絡、日誌や指導案作成、請求管理などを電子化することで、日々の実務を支援するツールだ。

2020年に「保護者への通知機能」の活用からスタートし、2022年には「写真販売機能」「アンケート機能」「欠席連絡機能」「園だより配信」と徐々に活用の幅を広げてきた。これによって保育園と保護者との連絡が電子化されただけでなく、保育士が写真販売に関わる金銭的なやり取りを行わずに済むようになったという。

2023年からは各園のWi-Fi環境整備と合わせて1クラス1台のタブレットを導入。保育士が保育室で指導計画の作成などの業務を行えるようになった。そして2024年2月からは、スマートフォンからQRコードをかざして登降園を管理する機能の利用を開始している。今後は、保育士のタブレット活用をより進めていき、動画を活用した保育の実施なども検討しているという。

  • スマホ用アプリを使って欠席連絡や保育園とのやり取りが行える

  • 子どもたちがお昼寝をする中、タブレットで指導計画を作成する保育士

  • スマホに表示させたQRコードで登降園を打刻する

「KING OF TIME for おまかせ はたラクサポート」は、出勤簿や休暇申請、時間外勤務といった勤怠管理業務の効率化を実現するツール。職員の稼働削減による働き方改革とコスト低減を目指し、2024年1月より中野市の職員全体で導入された。

従来は紙ベースで休暇申請や時間外勤務の許可を取っていたが、システム導入によりスマートフォンからの申請や勤務状況の確認が可能になったほか、管理者側でも勤務データの集計や可視化がしやすくなったそうだ。

分かりやすいところではタイムカードの打刻というアナログ記録が、ICカードによるデジタル記録に置き換わっている。また、クラウド上で管理されているため、スマートフォンや出先のPCからでも各種申請手続きを行えるというメリットもある。

  • 従来はタイムレコーダーを使ってタイムカードに打刻していた

  • 現在はICカードをかざしてデジタルで打刻、クラウドで出退勤を管理している

「手ぶら登園」は、月額定額制で紙おむつやおしりふきが使い放題になるサブスクリプションサービス。紙おむつやおしりふきは直接保育施設に配送され、保育士が必要に応じて利用する。

料金は月額2,508円となり、費用は保護者がクレジットカードもしくは口座振替で直接支払う。Webフォームから月単位で登録・解約できるため、不要な月やおむつ卒業時にはすぐに利用を停止することが可能。

最大のメリットは、毎日紙おむつ一つひとつに名前を記入し、保育園に持っていくという親の手間が解消されることだろう。紙おむつの利用枚数に関するトラブルや適切なサイズの利用、こまめに紙おむつを交換できることによるかぶれ防止などが期待できそうだ。

保育士にとってはこれまでのオペレーションを変えることになるという負担もあるが、子どもの名前を気にせずに紙おむつを替えられるため、保育士側からも概ね好評だという。 「手ぶら登園」の導入が正式に決定すれば、毎日5枚の紙おむつ持参も不要になる。着替えのストックがあれば、手拭き用タオルと口吹き用エプロンだけで登園できるわけだ。

  • サービスに加入した家庭の子どもであれば名前を確認せずとも利用できるサブスクおむつ

  • 紙おむつやおしりふきのストックは別室で管理されている

  • Webフォームを通じて、保育園側からいつでもおむつを発注できる

保護者と保育士の負担を減らすことが大切

ひらおか保育園の園長を務める町田理恵氏は、「人手不足の折、年配の先生も多いのですが、いまはみんなスマートフォンに触れているので、時間かけてやり方を覚えればできると思っていました。もっとも良かった点は、コドモンやおまかせ はたラクサポートの導入によって保育士の事務負担が大きく減り、本来の保育に注力できるようになったことです」と保育園のDX化について語る。

  • 中野市 子ども部 ひらおか保育園 園長 町田理恵 氏

現在、ひらおか保育園では紙おむつのサブスク「手ぶら登園」の導入検証が行われているが、アンケートではすでに保護者の16.7%が「利用したい」、52.8%が「検討したい」と回答しており、7割近くが導入に前向きな姿勢を示している。

実際にひらおか保育園を利用している保護者からの反応も「荷物がちょっとでも減るのは良いと思います」「おむつに名前を書かなくていいし、用意する手間もなくなって、とても便利になったと思います」と上々だ。

一方で、「うちは2人がおむつを使っているので、費用面はちょっと気になります」「親は楽になるんですけど、先生の負担が増えることにならなければいいなと思っています」という懸念の声もあった。

  • 保護者は概ね紙おむつのサブスクに好意的だが、保育士の負担を心配する声も

「紙おむつのサブスクはまだまだこれからなので、保育士とともに運用について相談していきたいと思っていますが、これが保育士の定着に繋がれば良いなと期待しています。さまざまな取り組みが行われていますが、おうちの方と保育士、両方の負担を軽減し、お子さんたちと笑顔で触れあえる時間を増やすことが一番大切だと思っています」(ひらおか保育園 町田氏)

中野市の地域課題に伴走してきたNTT東日本

この中野市の自治体DXに大きく関わっているのが、NTT東日本 長野支店だ。同社は2020年のコドモン導入をきっかけとして、2022年7月から1年にわたり中野市にDX人材支援を行ってきた。

NTT東日本 長野支店 ビジネスイノベーション部 地域基盤ビジネスグループ 地域基盤ビジネス担当の當田桃花氏は「地域の自治体さまのお困りごとを解決することが、今我々に求められてるミッションです。必要があれば、当社の技術を使っていないサービスでもご紹介します。なによりもお客さまに包括的に寄り添えるパートナーとして日頃から活動しています」と取り組みの趣旨について話す。

  • NTT東日本 長野支店 ビジネスイノベーション部 地域基盤ビジネスグループ 地域基盤ビジネス担当 當田桃花 氏

中野市が自治体DXに踏み切ったことには、大きなきっかけがあった。それは2019年の台風19号による千曲川の氾濫だ。長野県内で被害が相次ぎ、多くの自治体が電話以外の緊急連絡網の必要性を実感したという。他自治体では園児の情報が記載された書類が水没するという事態も起こった。

また、紙おむつのサブスクに先駆け、2023年4月には使用済みの紙おむつ持ち帰りの廃止も行われている。その背景には、当時の長野県における紙おむつ回収率の低さがあったという。紙おむつ持ち帰りには「便の様子から保護者が子どもの体調を把握する」という目的があったが、衛生面の問題や持ち帰る手間などから保護者の負担となっており、実際に便を確認する方はほとんどいなかったためだ。

NTT東日本は、そんな中野市の現状を踏まえながら同市に伴走してきた。おむつのサブスクも数年前から提案し、なんども説明会を行った結果、自治体や保育士の信頼を得て導入検討に至ったという。地域に密着しともに歩みながらDXを実現することこそ、現在のNTT東日本が目指す姿と言える。

中野市が目指すのは子育てのHub(ハブ)

少子高齢化が進む中で、地方自治体はとくに強くその影響を受けている。そんな状況の中で、中野市は「子育てしやすい街」をキーワードにさまざまな施策を行っている。同市が子育て世帯の中心として見据えているのは、共働きを行う核家族だ。

中野市 子ども部 保育課 課長の鈴木克彦氏は「中野市は“ちょうど良い田舎”だと思うんですよ。インフラはほどほど整備されていて、でも大都市みたいにせかせかしているわけでもない。子育てにちょうど良い街だと思っています」と語る。

  • 中野市 子ども部 保育課 課長 鈴木克彦 氏

「子どもの数が減り、子育て施設に限らず、市町村それぞれが公共施設をひとつ用意することは難しくなっています。広域的な視点で拠点を作り、地域でそれを共有すると言う考え方がこれから必要になっていくのではないでしょうか。我々は、この地域一帯における子育ての“Hub(ハブ)”を目指していきたいと思っています」(中野市 鈴木氏)

こうした展望のもと、中野市は廃校になった小学校の校舎を再生し、2023年4月に子育て支援拠点施設「HUBLIC (ハブリック)」をオープンさせた。中心や集約を意味する「Hub」と、公共を意味する「Public」を合わせた“HUBLIC”というネーミングは、まさに中野市の狙いを体現していると言えるだろう。実際、中野市のみならず周辺自治体からも多くの方が子どもを連れて訪れているそうだ。中野市の取り組みは、地方自治体が行うべき子育てDXの可能性を示してくれるかもしれない。