本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。

前回までのあらすじ

農村とは、思わぬところにワナや敵が潜む異世界。新規就農者である僕はそんな異世界のワナや敵への対応方法を会得し、この地に順応してきたつもりだった。ところが、地域のラスボス・徳川さんの紹介で農地を借りたところ、その隣で無農薬で家庭菜園を営む人との間でトラブルが発生!

いきなり叱責され、このまま険悪なムードが続くかに思われたが、こちら側から先に平謝りしたことで相手の態度も軟化し、その後は良好な関係を保つことができたのだった。
この出来事から、新たな農地を借りるときには隣人に注意すべきだと思い知った。しかし、次に借りた農地で思わぬ難敵と遭遇することになったのである……!

「畑を借りて欲しい」といううれしい相談が!

「いつも朝から精が出ますね。少し前からここで畑をやってるみたいだけど、この辺に住んでいる方ですか?」

ある朝、農作業をしていると、通勤途中と思われるスーツ姿の中年男性が声をかけてきた。近くのバス停に歩いて向かうところらしい。農村といえば車で移動するイメージが強いが、ここは村の中でも比較的栄えた場所にあるため、バスと電車を乗り継いで通勤する人も多いエリアだ。

畑のそばを通りかかった男性が声をかけてきた(イメージ画像)

「ええ、そうです。2年前から農業を始めて、この土地は2カ月ぐらい前から借りてるんですよ!」

僕が汗を拭いながらそう返すと、男性は困り果てた表情を見せて話し始めた。

「僕は全く農業をしないんですけど、母親が亡くなって畑を相続することになって。管理にホトホト困っているんですよ」

詳しく話を聞いてみると、両親はずっと農業を続けてきたが、この男性はずっと市街地でサラリーマン生活を続けてきたらしい。最近母親が亡くなり、実家に移り住んでそこから勤め先に通勤することにしたそうだが、問題になったのが畑の管理。以前は別の農家さんに依頼していたが、「高齢だからもうできない」と突然返され、数年間放置されているという。

僕は同情するそぶりを見せながら
「そうなんですか、それは大変ですね」
と言葉を返した。その一方で、心の中では「よし! もしかしたらいい農地にありつけるかもしれないぞ!」とつぶやいていた。

「実はね、ご近所さんから、この畑を最近借りた若い人がいるっていううわさは聞いていたんですよ。それで、通勤途中に見かけたら声を掛けようと思ってね」

僕は全く気づいていなかったが、改めて思い返して見ると、何度もスーツ姿の人が通りがかっていた気がする。農村の中でも比較的住宅地が多く、人が通るエリアだったので気づかなかった。
そんな通りすがりの人の中に、僕が農作業を頑張っている姿を見ている人がいたとは!
普段、先輩農家からは「ケンが頑張っていたら、畑は自然と集まって来るもんだよ」と言われていた。

新規就農者にとって「農地の確保」はとても大変な問題だが、逆にベテラン農家のところには「何とか借りて欲しい!」という相談が頻繁に舞い込むらしい。この地域のラスボスこと徳川さんに言わせれば「断ることが大変」なんだそうだ。

僕はこれまでそんなシチュエーションに遭遇したことがなかったが、いよいよその場面がやって来たのだろうか?

「ちなみに、どんな畑なんですか?」
「ここから歩いて10分くらい行ったところなんですけど、できれば借りてもらえないかなぁ」

心の中でガッツポーズをする僕。やっと自分の力だけで畑を借りられそうだ。しかし先日の隣人との一件もあった直後。土地の確認は重要だ。

「ありがとうございます! 一度土地を見せていただいていいですか?」

早速連絡先を交換し、土地の詳しい場所を教えてもらった。そして新しい土地への希望を胸に、男性がそのままバス停に向かうのを見送った。

規模拡大をもくろみすぐさま借りることに!

「これがその土地か……」
案の定というべきか、その土地は耕作放棄地だった。1反半ほどの広さがある。

セイタカアワダチソウが生えた耕作放棄地にがくぜん(イメージ画像)

まだ雑木などは生えていないが、セイタカアワダチソウが僕の背丈を超えるほど生い茂っていた。しかし、この程度の荒れ方で済んでいるということは、数年前まではちゃんと手入れをしていたのだろう。今でもできる範囲で管理をしているのか、隣接する畑に迷惑がかからないよう、敷地の際だけがきれいに刈られていた。

「荒れてるけど、これより状態の良い畑が借りられる保証もないしな……」

潤沢に畑を確保しているベテラン農家であれば、断るケースかもしれない。でも、新規就農者の僕にとっては、こうした土地でも無いよりは助かる。幸いにもセイタカアワダチソウを草刈り機で退治すれば、何とか使えそうである。

ちょうど規模拡大を考えていたし、これから農閑期に入るため、来年に向けて整備に時間をかけることもできる。なんとかなるはずだ!
僕はすぐさまポケットから携帯電話を取り出した。

そして、その週末。

「ピンポーン!」
電話で案内された一軒家のチャイムを鳴らすと、先日顔を合わせた男性が普段着姿で現れた。

「いやー、すみませんねぇ、わざわざご足労いただいて」
「いえいえ、こちらこそ、この度はありがとうございます!」

僕は、近所の菓子店で購入したまんじゅうを差し出し、「正式に畑を借りたい」と伝えた。

思いがけない巨大な敵が地中から出現!

「思っていたほど悪くはなさそうだ!」

自走式の草刈り機を持ち出し、早速借りたばかりの畑に入った僕。うなりをあげる草刈り機を押し進めていると、目の前で勢いよく倒れていくセイタカアワダチソウの脇から、見るからにフカフカとした土が姿を現した。有機質をたっぷり含んだ良質の土のようだ。

セイタカアワダチソウに日差しが遮られるからなのか、厄介な下草も少なかった。トラクターですき込んで分解が進めば、数カ月後には十分に畑として利用できそうだ。

ただ、厄介な敵は、地表ではなく“地中”に潜んでいたのである……!

「あれ、何か変な音がしたぞ?」

畑全面に生い茂っていた草を刈り、トラクターで耕うんし始めると、大きな異音が発生した。最初はトラクターのトラブルかと思っていたが、どうやら違うらしい。そこで、耕うんした後を調べてみると、何だか黒い物体が地上に突き出しているのが見えた。

「なんだこれ?」

物体に近づいて引っ張ってみたが、簡単には抜けない。周囲の土をスコップで掘り出すと、徐々に全体が見えてきた。どうやらクルマのタイヤに取り付けるチェーンのようだ。

「どうしてこんなものが捨ててあるんだよ!」

草を刈っている段階では発見できなかったが、こんな大きな物が雑草の中に潜んでいたとは……。耕作放棄地の割には状態がいいと思っていたら、思わぬワナにはまってしまったのである。

乾電池、ベビーバス、農薬の空ボトルまで!

その後も、地中からは、次々と難敵が現れた!

コンビニの袋、コーヒーの空き缶、乾電池、ラジオ、謎の金属片、自転車の部品、赤ちゃんの入浴に使うベビーバス……。大量の服が入ったビニール袋なども見つかった。明らかに不法投棄である。この地域でもゴミ袋が有料化され、粗大ゴミの回収が有償になったあたりから、明らかにゴミの投棄が増えたと耳にしていた。

なかでも厄介だったのが、数えきれない量の農薬のボトルと、ビニールマルチだ。家庭菜園を楽しんでいる人が捨てる量ではない。明らかに近隣の農家の犯行と思われる。

不法投棄ゴミは次から次に出てきた(イメージ画像)

「これはひどい……。でも、何とか片付けて畑として使えないだろうか?」

少しでも耕作放棄地を減らしたい。新規就農者として世の中の役に立ちたいという思いで、なんとかゴミを片付けようと決意した。

数日後、ゴミだらけの畑で作業をしていると、見知らぬクルマが不自然に停車した。

「なんだ? 知らないクルマだな……」

どうやら車の主は、畑の真ん中でかがみながら作業する僕には、全く気付いていないらしい。しばらくすると、スウェット姿の若い男性が運転席から降り、トランクの中に入れていた大量のビニール袋を畑に捨て始めた。 

昼間から人通りの少ない畑沿いの小道とはいえ、白昼堂々、あまりに大胆な犯行に思わず言葉を失ったが、僕は意を決して声を掛けた。

「あの、そのゴミはどういう……」

やっとこちらに気付いた男性は、僕の姿を見つけると、ゴミを捨てる手を止めた。

「こんなところでゴミを捨てられると困るんですけど」
「すいません、すいません、すいません……」

言葉だけの謝罪を繰り返しながら、ゴミをトランクに詰め直した男性は、すぐさまその場を立ち去っていった――。車のナンバーを見ると違う自治体だった。通りがかりの犯行だったのだろうか。

その後、想定以上に時間はかかったものの、3カ月ほどで僕はなんとかその畑をきれいに整備することができた。ゴミの処分にかかった費用はざっと1万円くらい。分別用の袋の購入や粗大ごみの回収などにお金がかかったが、自分で拾い集めたので比較的安く済んだ。

先輩農家に聞いてみると、同じような経験をした人は多いらしい。大量の木の根が埋まっていたり、テレビや冷蔵庫が埋まっていてトラクターが壊れたり……。専門の土木業者に頼んで相当な費用がかかったという話も聞いた。

「安易に土地を借りるのも考えものだな」

今回の一件でまた一つ、異世界で生き残るための知恵を手に入れたのだった。

レベル12の獲得スキル「農地の借り入れは、スピーディーかつ慎重に!」

新規就農者が一番大変なのは「農地を借り受けること」である。ベテラン農家であれば断るのが大変なほど相談が舞い込む一方、信頼が薄い新規就農者が新たな農地を借り受けるのは非常に難しい。そこで、打開の一手として目が向けられるのが「耕作放棄地」である。耕作されていない畑を元に戻すのには労力がかかり、既存農家は手を付けたがらない。そこで新規就農者にも声がかかるわけだが、そんな時は迅速かつ慎重に物事を進めるのが賢明だ。

耕作放棄地を持っているということは、すでに農業を引退した人か、その土地を親から譲り受けた息子・娘であることが多い。当然ながら身近に現役農家がいることが多いわけで、知り合いの農家に頼んでも断られた土地である可能性が高い。だからこそ「借りたのは良いけれど使い物にならない」といった事態に陥らないように十分吟味する必要がある。

地表だけでなく草の中や地中にも気を配りたい。あまりにひどい場合は、事後にクレームを入れることもできるが、大きなトラブルに発展すれば、地域の農家の間でうわさになり、今後の借り入れが難しくなることも考えられる。最終的には「運」になってしまうが、それでも「草の中にゴミなどが眠っていないか」などをできる限り確認した方がリスクを軽減できるはずだ。

”地中”という思いがけないフィールドで大量のゴミというモンスターに遭遇するも、なんとか退治することに成功した僕。ただ、この異世界は、こんなことで全クリできるほど甘くはない。厄介な敵とのバトルは今後も続いていくのだった……【つづく】