大分県は東九州新幹線について、「日豊本線ルート」と「久大本線ルート」の比較調査結果を発表した。距離も所要時間も事業費もほぼ同じ。数値だけ見ると、「日豊本線ルート」が少しだけ有利という結果になった。「日豊本線ルート」は関西圏に近く、「久大本線ルート」は西九州新幹線と接続したネットワークに期待できる。とはいえ、費用対効果の算定は「2045年着工、2060年開業、開業後50年間」という条件で、かなり先の長い話である。

  • 東九州新幹線の福岡~大分間は2ルートを比較検討している。点線は筆者の想定(地理院地図を加工)

東九州新幹線は1973(昭和48)年に国が基本計画路線にリストアップした。この「昭和48年組」は11路線あり、着工済みは中央新幹線のみ。その他の路線も、沿線自治体が早期着工をめざして国などに働きかけている。東九州新幹線もそのひとつだ。福岡市を起点に、大分市、宮崎市を経由して鹿児島市に至る。このときから最近まで、誰もが「東九州新幹線は日豊本線の新幹線である」という認識だった。博多駅から小倉駅まで山陽新幹線と共有し、小倉~大分~宮崎~西鹿児島(現・鹿児島中央)間を結ぶ路線と考えられてきた。

ところが、2023年1月に開催された「大分県東九州新幹線整備推進期成会シンポジウム」で、経済界からの意見を踏まえて「久大本線ルート」が提案された。たしかに基本計画は「福岡市~大分市」と記載されたのみで、「日豊本線ルート」に固定する必要はない。「その手があったか!」というわけで、「東九州新幹線整備推進期成会」が野村総合研究所に調査を委託した。調査の詳細は大分県のウェブサイトで公開されている。

■2つのルート案と中間駅予想

「日豊本線ルート」「久大本線ルート」ともにGIS(地理情報システム)を使ってルートを設定した。GISは路線距離の測定やルート上の標高も反映できるため、整備費用の検討にも使える。ルート設定については現在の新幹線車両の性能を前提とし、カーブの最小半径を2,000mに設定。西日本最大の自衛隊演習場「日出生台演習場」周辺は回避する。どちらのルートも上下線の追越し可能な中間駅を2つ設置するとして、コストを比較する。

「日豊本線ルート」は山陽新幹線小倉駅の東側で南側に分岐する。分岐器の根元側は博多向きとし、在来線特急列車のようなスイッチバックはしない。関西方面と直通するにはスイッチバックまたは乗換えが必要になるが、東九州新幹線は博多中心で考えることにする。小倉駅から周防灘沿岸を通って、国東半島の付け根を通り、別府駅周辺を通って大分駅に至る。

中間駅の位置は明らかにしていない。しかし、ルート説明の文言から筆者が予想すると、中津市と別府市ではないか。別府市と大分市は約10kmと短距離だが、日本有数の温泉観光地であり、博多~別府間の需要は大きいはずだ。

一方、「久大本線ルート」は九州新幹線新鳥栖駅の南側で分岐する。久大本線の起点は久留米駅だから、当初は久留米駅分岐も検討した。新鳥栖駅にした理由は、長崎方面と大分方面の乗換えを重視したため。将来、西九州新幹線として新鳥栖~武雄温泉間が開業した場合、新鳥栖駅での乗換え1回で長崎・佐賀~大分間が結ばれ、博多経由より短絡できる。新鳥栖駅から日田・玖珠エリアを経由し、由布市周辺を通って大分駅に至る。

こちらも中間駅を予想すると、日田市と由布市になるだろう。日田市は沿線最大の都市、由布市は温泉観光で知られる由布院がある。

■2つのルート案を比較する

「日豊本線ルート」と「久大本線ルート」を整備費と所要時間、費用便益比で比較する。建設費は東北新幹線(八戸~新青森間)、九州新幹線(博多~新八代間)、北陸新幹線(長野~金沢間)、西九州新幹線(武雄温泉~長崎間)を参考にした。直近だと北海道新幹線もあったが、青函トンネルという特殊要素があるため除外した。所要時間は各路線の列車の平均速度として210km/hを採用し、計算した。

「日豊本線ルート」は全長約110km。整備費総額は8,195億円。海岸沿いで標高が低い。トンネル区間が短く、コストもやや少ない。所要時間は小倉~大分間で約31分。在来線特急列車と比べて52分の短縮となる。現在は博多駅から小倉駅まで約16分だから、新幹線が開業すれば博多~大分間は47分前後で結ばれる。本州・関西方面から最短ルートとなる。

「久大本線ルート」は全長約106km。整備費総額は8,339億円。山間部のためトンネルが多く、コストはやや高め。所要時間は新鳥栖~大分間で約32分となり、在来線より109分も短縮できる。現在の博多~新鳥栖間は約13分だから、新幹線が開業すれば博多~大分間は46分前後となる。南九州・西九州から大分まで短絡でき、九州島内の鉄道ネットワークとして有効だろう。

  • 各地からの所要時間と2023年時点の運賃・特急料金を当てはめて比較する(大分県の資料「東九州新幹線調査報告書 大分県東九州新幹線整備推進期成会 令和5年11月」をもとに作成。都市間バスは乗換検索サイトで調べて筆者追記)

需要予測は国土交通省が毎年実施している「旅客地域流動調査」と、5年ごとに実施している「全国幹線旅客純流動調査」のデータを使う。「旅客地域流動調査」は全国レベルの需要予測、「全国幹線旅客純流動調査」は大分県と福岡県の需要予測に用いた。「日豊本線ルート」は1日平均2万3,973人、「久大本線ルート」は1日平均2万2,163人となった。

■報道では、費用便益比「1.2以上」だったが…

整備新幹線における着工の指標が「費用便益比」である。費用は建設にかかったコスト、便益は新幹線がある場合にどれだけ経済効果があるかを数値で示す。便益を費用で割った数字が「費用便益比」で、この計算結果が「1.0」を超えると「便益が費用を上回る」とされる。これが整備新幹線など公共事業決定の基準となっている。今回の調査では、利用者便益、供給者便益、資産の残存価値の合計を総便益とした。

利用者便益は短縮された所要時間を1分あたり59円と換算する。新幹線による交通費の変化も加味する。航空機利用者が新幹線を選んだ場合、航空運賃より新幹線が安く、利用者の交通費が減るので新幹線利用の便益が上がる。在来線やバスの利用者が新幹線を選んだ場合、利用者の交通費が増えるので便益は下がる。

供給者便益は新幹線があることによってJRが得る利益。在来線から新幹線に乗り換える利用者が多ければ差額が便益に加算され、バスや飛行機などから新幹線を選んだ場合は全額が加算される。今回はこの2つの要素だけで、実際は新幹線開通による渋滞の解消、交通事故の減少、走行経費の減少なども加味する。マイカーやバスが減ることによる環境負荷も考慮する場合があるが、今回はそれらを対象としない。少し控えめといえる。

報道では「費用対効果」と紹介され、毎日新聞は「両ルートとも便益が事業費を上回った」、大分放送と読売新聞は「日豊本線ルートは1.27、久大本線ルートが1.23」と報じていた。日本経済新聞が最も正確で、社会的割引率を1%・2%・4%の3通りで計算したと書いた上で、社会的割引率2%の場合の「日豊本線ルートは1.27、久大本線ルートが1.23」を表に掲げている。国交省基準だと、「1.0」以下とはどこも報じていない。

■「社会的割引率」のカラクリ

「費用便益比が1を超えているなら合格ではないか」と思わせる記事になっていたが、「社会的割引率2%」がくせ者だ。国土交通省が標準とする「社会的割引率」は4%。東九州新幹線の調査結果に4%の計算結果もあり、「日豊本線ルートは0.73、久大本線ルートが0.71」となるため、建設基準には到底及ばない。

そもそも「社会的割引率」とは何か。「将来のお金の価値の変化を想定しましょう」という数値であり、簡単に言うと「いまの1万円は50年後も1万円の価値があるか」という話である。私たちは日常会話で、「昔の1万円といえば、いまなら10万円くらいの価値があったんじゃないかな」という。この場合、1万円の価値は10分の1になっているわけだ。

物価や賃金の上昇によって、相対的にお金の価値が下がる。費用便益比は開業後数十年にわたって算定されるから、この価値の変化も含めておく必要がある。この変化が「社会的割引率」である。

「社会的割引率」の算定方法は、捉え方によって変わる。国土交通省が定めた4%は国債の金利を参考にしているという。金利は借りた側が貸した側に支払う手数料だ。国債は国が市中から借金しているわけで、その金利相場は消費者物価、銀行金利などを総合した貨幣価値による。だから国債の金利は募集するたびに、その時点での貨幣の価値が反映される。だから社会割引率として「引用」している。

いままでの整備新幹線や高速道路など、交通関係の便益計算は「社会割引率4%」だった。大分県が調査結果に「社会的割引率2%」を挙げて「費用便益比1.0を超えた」とすることは、通例で考えればかなりずるい。4%にしないと、他の事業に対して不公平である。

しかし、大分県の気持ちも理解できる。じつは、国土交通省が参考にする国債金利は下がっている。現在は2%を下回る。11月27日現在、40年償還の国債の金利は「1.819%」、30年償還の国債の金利は「1.716%」で、償還期間が短いほど金利は下がる。では、長期国債の金利4%はいつだったか。たどっていくと、1995(平成7)年4月に発行された「4.036」までさかのぼる。これ以降、国債金利は低下傾向になっていく。持ち直した時期もあったが3%台。令和になると0%台も現れる。

つまり、大分県としては「社会的割引率を現在の国債金利に合わせた数字で考えてほしい」というメッセージを送っていることになる。これはさまざまな誘致活動を実施している自治体に対して、かなりインパクトを与えるはず。自治体などが算出した費用便益比は、着工までに国が精査する。はたして標準の社会割引率だった4%ではなく、実際の国債金利に近い2%が認められるだろうか。

■数値に表れない課題とは

「日豊本線ルート」「久大本線ルート」ともに、数字上では甲乙つけがたい。本州との接続を取るか、西九州を含めたネットワークを取るか。ただし、本州との接続という意味では、大分には四国新幹線計画がある。愛媛県松山から豊予海峡を渡って大分県に至るルートで、これが完成すれば四国・京阪神と短絡できる。西九州との連携については別途、九州横断新幹線計画があり、「久大本線ルート」に近い。

そして今回の調査は政治的な要素に触れられていない。整備新幹線における着工条件のひとつに「営業主体となるJR会社の同意」がある。「日豊本線ルート」は博多駅から小倉駅までJR西日本の山陽新幹線を経由する。つまり、この区間についてJR九州に利点がないばかりか、現在、博多駅まで乗り入れる日豊本線特急列車の収入を失う。「久大本線ルート」であれば、全区間がJR九州の路線であり、売上も最大化する。

ならば「久大本線ルート」が本命かといえば、こちらは「佐賀県の同意」が必要になる。新鳥栖駅一帯は佐賀県である。整備新幹線西九州ルートで、県の負担が大きすぎるとして建設に同意していない。佐賀県にとって、大分へ向かう新幹線はどう評価されるだろうか。「新鳥栖を通過する客のための新幹線について建設費負担はできない」と言いそうに思える。あるいは「長崎・佐賀~大分の新幹線軸は評価できる」として、西九州ルートとの同時開業を認めるような「奇跡」が起きるだろうか。

そしてもちろん並行在来線問題もある。だからこの調査はあくまでも、損益の問題で比較した話にとどまる。

蛇足ながら、鉄道旅行好きとしては、「トンネルだらけの久大本線ルートより、周防灘を見せてくれそうな日豊本線ルートがいいな」と思う。いずれにしても、50代の筆者は健康で長生きしたいところだ。2060年開業と言わす、もう少し急いでもらいたい。