2003年の俳優デビューから20周年を迎えた俳優・綾野剛。『そこのみにて光輝く』『新宿スワン』シリーズ、『世界で一番悪い奴ら』『ヤクザと家族 The Family』と代表作を常に上書きし続ける、日本映画界になくてはならない存在だ。現在は、主演映画『花腐し』(公開中)で、またしても新たな面を覗かせている。同作は、小説家・松浦寿輝氏の芥川賞受賞作を、『ヴァイブレータ』『共喰い』などの脚本家であり、『火口のふたり』ほかではメガホンも取っている荒井晴彦氏が、中野太氏との共同脚本で大胆に脚色し、映画化した。

同じ女性(さとうほなみ)を愛したふたりの男(綾野、柄本佑)の出会いを切り取る本作。彼らが愛したのは確かに同じ女性なのだが、その付き合いには10年以上の開きがあり、彼女はまるで違う女性のように変化していた。

物語にちなみ、綾野自身の時間の流れによる「変わった部分と変わっていない部分」について尋ねてみると、「変化し続けている」との答えが返ってきた。また、「僕は基本的に空っぽ」との発言も。その真意に綾野らしい生き方が見えた。

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    綾野剛 撮影:望月ふみ

■綾野剛「同じでは生きていられない、生きているに値しない」

――本作の物語は2000年と2012年で展開します。10年ひと昔と言いますが、綾野さんは10年前のご自身と、「変わった部分、変わっていない部分」を考えるとどこになりますか?

変化し続けていると思います。

――おお! それはスゴイ。

10年前は「変化を恐れない」ということだけをテーマにしていました。同じでは生きていられない、生きているに値しないと思って躍起になっていましたね。今では変わらない美しさも学び知り喜びでもあります。ですが役や作品に関してはむしろ変化しないと付いていけない程のスピード感で動いている様に思います。

――というと、仕事に関してもですか。

すべての人が変化しているように、仕事におけるベースとして常に“変化”があります。昭和や平成にしかなかった生き方があるように、今の時代には今の時代にしかない生き方が役にはあると思います。そのなかで、役たちもどう変化していくか。変化が楽しいものとして、作品を通して変化を楽しんでいただけるよう、頑張りたいですね。以前も今も、これからも。

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――そうした考え方を教えてくれた人、教えられた瞬間などがあったのでしょうか。

役者を始める前から、何かが変化していく様を注視することが多かったです。変化しないもののほうが漠然としすぎていて畏怖があったのだと思います。そもそも僕は基本的に空っぽなんです。

――空っぽというと。

特別自分を持っているわけじゃない。空っぽだから、役が中に入りやすい。それも変化の連続を通して獲得したことなのかもしれません。ある役に入ってそれをやりきったら、次の作品には使えない。毎回ゼロベースになってのやり直し。自分を踏襲していくことなく、一作一作変わっていくことは自然だったのだと思います。なにより現場の力が大きいですね。

――現場ですか。

自分で作ったものを持って現場に入ったこともありました。でも、やっぱり役に立たなかったんです。そして、それ以上に大きかったのが、現場でみんなで導けた光を感じた瞬間があったこと。その光の力に確信を持っています。端的にいえば、映画は総合芸術です。ひとりで作っているわけではありません。僕らの仕事は年齢も関係ない。でもリスペクトが必要です。そう思えているみんなが集まってやっているときに、光を感じる瞬間があるんです。

――光、ですか?

全員が「これだ」と感じる瞬間があります。言葉にするのは難しいのですが、たとえば録音部さんもヘッドホンをパッと外して「今、来たよね」となってしまうような、その場の全員が「来た」と思える瞬間。ひとつの脚本を手掛かりに、ひとつになるときがある。非常に美しい瞬間です。

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■柄本佑のことはずっとファンで、すべてにうっとり

――『花腐し』の荒井監督は、それこそ映画人というイメージがありますし、本作の脚色には荒井監督の映画愛が投入されています。現場はいかがでしたか?

とても自然に映画を撮っていらした。それがすごいんです。映画作りは特別だと思わず、ごく自然に、当たり前に、家族のように現場にいる。自分を特別だと思っている人は誰もいませんでした。一人ひとりがスペシャルだけど、相手に対するリスペクトを持っていて、自分の仕事を全うする家族になっている。当たり前ですが、やらされている人はひとりもいないし、驕りを持っている人もひとりもいない。かっこよすぎました。

――共演者の柄本佑さんと、さとうほなみさんとのお仕事はいかがでしたか?

佑くんのことが個人的にファンなので、ファン目線で言うと、すべてがうっとりでした。何度か共演させていただいている中で、面と向かってタッグを組んだのは今回が初めてでした。本当に魅力的な方で、声の豊潤さといい、潔い感情の出し方といい、すべての情報をまっすぐストレートに投げてくれるかっこよさがありました。

――個人的にファンでもあるとのことですが、柄本さんと綾野さんはともにキャリア20年になります。その辺は意識されますか?

お互い2003年デビューの同期だというのも、つい最近知りました。佑くんが出ていると観てしまう。佑くんの魅力を説明しはじめると長くなるので、佑くんの特集をやる時に呼んでいただけたら、あらためて語らせていただきます(笑)。本当にすごいことをあっさりとやってのける方なんですよ。とにかく魅力的で、人間力もあって、大好きです。

――さとうさんは。

ほなみさんはとにかくエンジンの大きな方。放出するのも受け止めるのもどちらもできる稀有な方で、直感で動いているのに、地に足が着いている。それを自分のものにできている。栩谷と伊関の愛した祥子がほなみさんで本当によかったと思います。普段はとても明るくて気持ちのいい方なので、監督がほなみさんを見たとき「こんなに明るい子に、祥子ができるだろうか」と最初、思ったらしいんです。でもほなみさんの祥子を見て「そうか、祥子って、暗い人じゃなくて、重心が重い、低い人なんだろうな」と感じたんですよね。

――なるほど。なにか納得しました。

明るくても重心が低くなれば考えや深度が深くなって、曇天になったり雨に変わることもあるし、明るい人だからって暗い面が存在しないわけではない。祥子は暗い人なんじゃなくて、明るい人だけど、重心が低い、ちゃんと重さのある人、繊細な苦しみのある人なんだろうなと。それから、ほなみさんがドラムをやっている姿も拝見していますが、ドラムでも、芝居でも、テクニック的に非常に難しいことも、ほなみさんがやると難しくみえないんですよね。そういうところが本当にかっこいいです。

――最後に公開にあわせてひと言お願いします。

脚本を読ませていただいたときから、ソリッドで繊細で筋肉質なとても作家性が強いもので、読み物としてすでに傑作でした。映像化するにあたって、畏怖心がありましたが、荒井さんだけでなく、カメラマンの川上皓市さんや各部署のみなさん、これまで憧れてきた映画人の方たちと一緒にいる喜びが、そういった畏怖心を打ち砕いてくれました。総合芸術の面白さを改めて体に刻んでくれた作品です。皆様に、映画『花腐し』に触れて頂けたら幸いです。

■綾野剛
1982年1月26日生まれ、岐阜県出身。2003年に俳優デビュー。10年、ドラマ『Mother』での出演で注目を集め、12年の連続テレビ小説『カーネーション』で広く知られるようになった。『日本で一番悪い奴ら』で第40回日本アカデミー賞優秀主演男優賞、『閉鎖病棟−それぞれの朝−』で第43回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞。近年の主な出演映画に『新宿スワン』シリーズ(15-17)、『64-ロクヨン-』(16)、『亜人』(17)、『楽園』(19)、『影裏』(20)、『ヤクザと家族 The Family』(21)、『最後まで行く』(23)などがある。公開待機作に『カラオケ行こ!』。

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