10月11日、第71期王座戦五番勝負第4局に勝ち、空前の大記録を達成した藤井聡太竜王・名人。11月4日に発売された、将棋世界Special『八冠 藤井聡太―全冠制覇で突入する将棋界新時代』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)では、この大きな節目にあたって渡辺明九段が何を思うのかを大いに語っていただきました。八冠を達成した王座戦の内容から、AIを利用した研究スタイルの変化、そして今後の将棋界についてなど、そのテーマは多岐にわたります。ここではその内容の一部を、インタビュアーの感想を交えてご紹介いたします。

  • 【記】島田修二、【取材日】2023年10月18日、【インタビュー写真】編集部

    【記】島田修二、【取材日】2023年10月18日、【インタビュー写真】編集部

■AIによって、個性は失われるのか?

――AIの研究によって序盤の精度は上がると思うのですが、中終盤での指し手の正確性を上げるにはどういう勉強をすればいいんでしょうか。

渡辺「具体的には実戦だったり課題局面を考えてみたり、進行中の将棋を見ながら読んでみたり、ということになるんでしょうけど、こうすれば上がる、というような正解はないと思います。

あと、中終盤の指し手の正確性が全員に必要とは限らないですよ。例えば中終盤の正確性はやや劣るものの、それを補って余りあるような何かがあればプロとしてやっていくことはできます。野球でいえば足が速ければ代走として出場できますし、守備が上手ければ守備固めのときに必要とされますよね。

結局、自分の長所がどこにあるかということを俯瞰して見極めて、それを磨いていくことが大切だということです。トップを取ろうと思ったら全ての能力を高くする必要があって、それが藤井さんみたいな人なわけですけど、みんなが同じ能力を同じレベルで手に入れようとするより、それぞれの長所を生かしていったほうが個性が出て面白いじゃないですか。だからもし僕が将棋の指導をすることがあったら、まずはあなたの長所はなんですかと探して、わかったらその長所を伸ばしていこう、という感じでやっていくと思います」

棋士みんなが同じ方向で頑張るのではなくて、それぞれが自分の長所を見極めて伸ばしていく。終盤だけがめっちゃ強いとか、ある戦型においてすごく詳しいとか。そういうことですね。

AI研究が全盛になって、プロ棋士は角換わりや相掛かりの研究合戦に巻き込まれて窮屈な未来になっていくのかなと思っていたので、渡辺先生から「個性があったほうが面白い」という言葉を聞いて、安心しました。

振り飛車のスペシャリストの菅井先生や、「村田システム」の村田顕先生のように、いろんな棋士がそれぞれの長所を武器に戦っている将棋界はいいなと思いました。ちなみに永瀬先生の長所は「圧倒的な量をこなせる性格」とのことです。これも他の人にはない個性ですね。

■最先端の研究スタイルとは?

将棋年鑑の藤井聡太竜王・名人インタビューで、藤井先生は「特定の相手や特定の対局のために研究していない。自分の中で日々定跡作成をしている。その都度作戦を立てている方より自分のほうがラクなはず」というお話をしていました。

――藤井竜王・名人は、特定の対局のために研究しておらず、日々自分の中で定跡の更新を続けている。ということをおっしゃっていました。こちらについて渡辺先生のご意見をお聞きしたいです。

渡辺「そのスタイルは主流になりつつあると思います。永瀬さんや伊藤さんもそうですし、若手の研究熱心なグループではそのスタイルの人は増えていると思います」

・・・なんと!藤井スタイルは藤井先生独自のものではなく、むしろ現在主流になりつつあるとは。驚きました。いろんな先生の話を聞かないとわからないものですね。