宝塚退団から約5年が経過した。愛希にとって、新たなスタートはどんな心持ちだったのだろうか。「私は宝塚を退団して最初のお仕事が、退団公演でも演じた『エリザベート』という同作品だったので、一度ゼロからスタートしないとダメだろうなと思っていました」。
そのため愛希はウイーンに行って「新たなスタートを切る」と気持ちをまっさらな状態にした。もちろん宝塚での経験は自分のなかでは大きな財産だった。しかし一方で、宝塚との違いを感じることにも直面したという。
「技術的な面で言えば、歌の点では、私は娘役だったので男役さんと接するのですが、宝塚では男役も女性なので、普通よりはキーが高いんです。それに合わせてデュエットするので、こちらのキーが非常に高いんです。でも普通の舞台で女性が使うキーはもう少し低いので、そこの部分を強化する難しさはありました。お芝居の点では、やっぱり娘役は男役さんとの関係性を重要視します。男役さんがより舞台上で輝くように芝居や踊りを考えます。それが美学でもありますから。そういう習慣は身についていると思います」
そこから脱皮する必要があることも認識している。愛希は「もちろん、私も宝塚に憧れていたファンだったので、あの世界で演じることの素晴らしさは実感しています」と語るが「でも、同じ『エリザベート』でも、視点を変えると全然違う物語になる。同じ役を演じるにしても、もっと地に足がついた現実的な女性なんです。分かりやすく言えば『私は娘役ではない』ということを意識しなくてはいけないという部分は、大きな課題でした」と説明する。
■「1年生になったつもり」で映像作品に挑戦
特に映像作品への挑戦は「1年生になったつもり」ですべてをリセットし、ゼロからのスタートと位置づけた。その意味で、『大奥 Season2』で徳川家定を演じることは、今後飛躍をするための「大きなチャンス」であり、ハードルの高いチャレンジだった。
「とにかく家定はつらいシーンが多いんです。楽しいシーンはほとんどなかったですね」と撮影を振り返ると、映像作品ならではの難しさに直面したという。「涙を流すシーンが多いのですが、やっぱり前後が飛び飛びに撮影するので、気持ちを作るのが大変でした。急に泣かなければいけないこともありますからね。すごく瞬発力を要求されるなと実感しました」
以前、舞台『マリ・キュリー』で共演した清水くるみから、シーンごとに心境をノートに書き留めているという方法を聞いたという愛希は、それを実践して挑んだ。「まだ出会っていないのに、先に別れのシーンを撮るなど、映像ならではの撮影ですよね。舞台は持続力が要求されますが、やっぱり映像はその瞬間の集中力が必要。気持ちを作る上で、そのシーンごとにどんな思いを持っているのかをメモして臨みました」
「まだ楽しめるほど余裕はなかったです」と苦笑いを浮かべた愛希。一方で、映像作品への意欲は高まった。「難しいからこそ、やりがいもあります。これまで時代劇が続いているので、現代劇にも挑戦したいです。自分は全然そんなことないのですが、宝塚のイメージなのか、聡明で凛とした感じに見られるので、弾けた役やポップな役にも挑戦し、役者として成長していきたいです」と語っていた。
1991年8月21日生まれ、福井県出身。2009年3月、「宝塚歌劇団」に95期生として入団。同年、月組に配属。2012年に月組トップ娘役に就任し、『ロミオ&ジュリエット』ジュリエット役にてトップお披露目。2018年『エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)-』エリザベート役をもって宝塚歌劇団を退団。退団後の出演作に、ドラマ『青天を衝け』(21・NHK)、『潜水艦カッペリーニ号の冒険』(22・フジテレビ)、『アイドル』(22・NHK)、舞台『エリザベート』(19・22)、『ファントム』(19)、『フラッシュダンス』(20)、『The Illusionist-イリュージョニスト-』(21)、『マタ・ハリ』(21)、『泥人魚』(21)、『マリー・キュリー』(23)がある。
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