国土交通省は10月20日、「リニア中央新幹線開業後の東海道新幹線の利便性向上等のポテンシャルについて」の報道発表資料をサイト上に公開した。品川~新大阪間が開業し、東海道新幹線の東京~名古屋・新大阪間の直行需要の多くがリニア中央新幹線にシフトすれば、東海道新幹線の輸送量が約3割減少する可能性があり、静岡県内各駅の停車数が約1.5倍増加する。

  • 東海道新幹線の試運転列車が浜松駅に停車(報道公開の取材時に筆者撮影)

東海道新幹線の静岡県内停車駅が増えれば、以降の10年間で経済波及効果は約1,679億円、雇用効果は約15万6,000人になるという。誰もが予想したことを国が具体的に示したことになる。ダイヤ改正の予想だけなら鉄道ファンでもできる。しかし、国がやるからには経済効果まで調査した。ここを高く評価したい。

しばらく前から、静岡県の新幹線駅に「ひかり+こだまの本数が増加します」というボードが設置されている。それだけに、具体的な本数については運営会社のJR東海が示すべきところかもしれない。それをなぜ国土交通省が調査を実施したか。JR東海が示せない理由があるからだろう。もし静岡工区着工問題で揉めず、リニア中央新幹線開業に向けて静岡県がもっと協力的であれば、JR東海も早い段階から静岡県内の停車駅増加について前向きな見通しを提案できたかもしれない。

  • JR東海は2018年頃から静岡県内の新幹線駅にボードを設置し、リニア中央新幹線開業後の東海道新幹線停車駅増加を説明してきた

  • ボードを一部拡大。「ひかり」「こだま」が増え、静岡県からの移動が便利になると記されている

  • ボードを一部拡大。リニア中央新幹線が全線開業した後の運転本数イメージが示された

筆者は予想のひとつとして、「まだ具体的に提示すべき時期ではないから」ではないかと考える。品川~名古屋間の開業は2027年目標とされ、4年後に迫っている。品川~新大阪間の開業は最短目標で2037年とされ、14年後になる。そんな先のダイヤなど見通せるわけがない。列車ダイヤは沿線人口の変化、学校や大規模事業所の増減、訪日観光客の増減などで変わる。長期見通しには不確定要素が大きい。東京・名古屋・大阪を結ぶ一定の需要はあるから、リニア中央新幹線を満席にする見通しは立つ。それに比べて、東海道新幹線は不確定な需要を引き受ける状況になる。

予想のもうひとつは、「品川~名古屋間開業で、東海道新幹線の乗客がリニア中央新幹線にどれだけ移行するか不明だから」ではないかと考える。都内から名古屋駅までの乗客はリニア中央新幹線を選ぶだろう。しかし都内から京都・新大阪方面、さらに山陽新幹線の各方面へ行く人はリニア中央新幹線を選ぶだろうか。乗換えは面倒だから東海道新幹線で行こうと考える人も多いだろう。2001年に日本鉄道建設公団(当時)が示した「新幹線直通運転化事業調査報告書」によると、「需要予測において乗り換え1回の解消による効果は所要時間30分短縮効果と同じ」とのこと。これを逆に読み取れば、乗換え1回の増加は所要時間30分増と同じ逆効果といえる。

JR東海が品川~名古屋間の2027年開業を目標とするならば、その時点での静岡県内停車駅を示す必要があるだろう。しかし、名古屋開業時点でどれだけ「のぞみ」を減らせるかわからない。国土交通省の試算も品川~新大阪間になっている。ただし、国土交通省の調査は品川~名古屋間開業の結果も付記されており、「東海道新幹線の輸送量のうち約1割~2割程度がリニア中央新幹線に移る」「静岡県内の停車駅は約1.1倍~1.2倍増加する可能性がある」「10年間の累計で経済波及効果は約243~585億円、雇用効果約2.3千人」となっている。かなり控えめな数字といえる。もしかしたら、国土交通省は品川~名古屋間の遅れを見込んで、品川~新大阪間同時開業の可能性を含んでいるかもしれない。

さらに、JR東海が自ら発表しない理由は、「JR東海にとって静岡県は約束が通じない相手になってしまったから」だろう。言わずもがなの「静岡工区未着工問題」がある。

静岡県は大井川の水利と環境問題について安心できる情報を求めている。ところが、「大井川の水量は一滴たりとも減らすな」などと、その水準が高すぎて落としどころがない。生態系問題も然り。JR東海は、山岳の生態系は表層地表の水分によって保たれており、地下水とは深く関わらないという見解がある。しかし静岡県側は納得していないようだ。

つまり、JR東海の説明を県は納得できない。水に関して言えば、調査掘削も認めない。そこで国が問題を引き取り、有識者会議を開催している。自然相手のことで不確実性を伴うため、モニタリングと保全措置を継続するとしたものの、静岡県側の不信感は消えない。予測できない部分については補償の協定を結ぶとなるところだが、そこに進まない。静岡県は県内の公共事業でも同様の手順を踏んでいるはずだ。

こんな状態で、JR東海が「リニア中央新幹線が開業したら東海道新幹線の本数が増える」と言おうものなら、静岡県側はリニア中央新幹線問題とは切り離して、「それができるならいますぐやるべきだ」と言い出すだろう。JR東海が東京電力に協力を求め、「万が一工事中に大井川の水が減ったら東京電力田代ダムから供給を受ける」と合意しても、静岡県は「それは別の水利権問題だ。それができるなら東京電力はいますぐにでも水を返してもらいたい」とすり替えてしまった。

さらに言うと、リニア中央新幹線開業を急ぐ理由として、東海道新幹線の老朽化がある。リニア中央新幹線で新幹線を二重化した上で、東海道新幹線の大規模な保全工事を実施する。つまり、東海道新幹線の「半日運休」「全日運休」もありうる。停車駅を増やすどころか、数年間は列車そのものが走らない日もある。

だからJR東海はうっかり約束できないし、余計なカードを切りたくない。そこで国土交通省の出番になる。国土交通省としては、ダイヤを予測しても実行責任はない。だから可能性の議論として調査できる。経済効果についてはJR東海の及ぶ範囲ではなく、国土交通省だから可能になった調査結果といえる。

そもそも東海道新幹線の静岡県内停車駅増加は環境問題の解決策ではない。「ひかり」「こだま」が増えたら水が減ってもいい、生態系の些細な変化も許容しようという話ではないからだ。

静岡県知事と静岡県は「JR東海を信用しない」との姿勢を続けている。そして多くの静岡県民にとって、「駅のないリニア中央新幹線」は「他人事」である。じつは静岡新聞のニュースランキングにリニア中央新幹線の関連記事が上がることは少ない。一方、東海道新幹線の停車駅増加は静岡県民の暮らしに関わる。静岡県知事と静岡県を過信する人々は、経済効果の発表をきっかけに、「正しい情報」に向き合おうとするかもしれない。

■国土交通省の調査結果に欠けていたもの

テレビ静岡の報道によると、国土交通省の発表に対し、静岡県の川勝知事は「停車本数が増加する方向性を国として示してくれたことを歓迎する」「今後、仮定に基づいた調査結果の実現可能性などをしっかり聞きたい」とコメントしたという。しかし、3日後には掌を返し、「新幹線の停車本数はスマホで調べられる。停車数の1.5倍増加は小学生でもできる」「単なる頭の体操」と言いきった。

おそらく、知事は国土交通省の資料の1ページ目で判断したのだろう。資料では「東海道新幹線の輸送量が約3割減少し、輸送力の余力ができ、静岡県内駅の停車本数が約1.5倍増加するとした場合」となっているが、その根拠が示されていない。だからこれ以降の調査結果は「根拠のない議論」に見えてしまっている。

これは想定ダイヤを示せば解決できることだった。たとえば、東海道新幹線で現在実施している「のぞみ12本ダイヤ」は、山陽新幹線直通「のぞみ」が1時間あたり7本、新大阪駅止まりの「のぞみ」が1時間あたり5本ある。このうち山陽新幹線直通「のぞみ」のいくつかが新大阪駅止まりになり、新大阪駅止まりのいくつかが山陽新幹線直通になるなど変化する。最低でも5本は新大阪駅止まりだ。その他に「ひかり」「こだま」が2本ずつあって、1時間あたり最大16本設定されている。

全16本のうち、新大阪駅止まりの5本はリニアにシフトさせていい。これが「輸送量が約3割減少し」の根拠だろう。山陽新幹線直通「のぞみ」は乗換えなしを好む人のために残す。そうなると、減った5本を「ひかり」「こだま」に振り向けられる。とはいえ、「のぞみ12本ダイヤ」は「のぞみ」の速度だからできていて、「ひかり」「こだま」の増発はせいぜい1本ずつ。これが「停車数の1.5倍増加」の根拠になる。

ここまで具体的に説明すれば、少なくとも「単なる数字遊び」ではないと示せたはず。国土交通省の調査は、「この部分は承前」として説明を飛ばしてしまった。

もうひとつ残念なことは、各駅がどれだけ便利になるかという説明の後、いきなり経済効果の結果が説明されており、その数字の根拠が示されていない。根拠なしでこの数字は出てこないはずだから、しっかり説明してほしかった。

県外からの来訪者増、県内の定期外利用客の増加を見込んでいるので、経済波及はおもに観光産業かもしれない。ここはもう少し説明が必要だろう。観光産業であるとすれば、駅に列車が停車するだけでは効果がない。静岡県の魅力も高めていく必要がある。

経済効果は静岡県が生み出すもので、新幹線の停車数増加はきっかけにすぎない。静岡県や商工会議所などがそこに気づけば、いまから静岡県の魅力を高めていける。そこに考えを巡らせるために、静岡県知事と静岡県庁の担当者こそ「頭の体操」が必要だろう。