JR九州が7月27日に実施した社長定例記者会見で、同社代表取締役社長執行役員の古宮洋二氏が「所定の運賃できっぷを買ってほしい」と語ったという。「小倉駅から170円区間」のきっぷは1日あたり300枚売れる。170円は小倉駅で販売する最低運賃だが、「小倉駅から170円区間」の唯一の駅、西小倉駅で30枚しか回収されていない。

  • 「小倉駅から170円区間」のきっぷ300枚(1日平均発行枚数)のうち、9割が未回収状態と報道された

300枚のうち30枚、つまり1割は正しく使われているものの、残り270枚は不正乗車に使われたおそれがある。報道によると、「無人駅で降りている」などの目撃情報もあるという。この報道に対し、ネット上でJR九州を批判する声も上がっている。「無人駅を増やし、特急もワンマン運転として車内検札をなくすからだ」と。

それは「薄着で出歩くから襲われる」とか「店内に死角があるから万引きされる」といった屁理屈と同じくらい間違っている。JR九州に不正乗車される隙があったとしても、悪は不正乗車だ。責めるべきは不正乗車であり、被害者側が批判されるべきではない。

■今後は「特別改札」「監視カメラで特定」などの対策も

不正乗車疑惑は西日本新聞の7月26日付の記事で報じられた。小倉駅に「不正乗車防止運動実施について」という掲示があり、以下の内容が記されていた。

JR九州では、目的地までの正しいきっぷを購入せず小倉駅からの初乗り運賃である170円のきっぷで乗車し170円区間外の駅で降車する不正乗車が多発しています。
また、当社をご利用いただくお客さまからも不正乗車防止につきましてのご意見を多数頂載しております。
つきましては、不正乗車防止運動として以下の期間において170円 きっぷの販売を改札口およびみどりの窓口のみの販売とさせていただきます。
西小倉駅までご利用されるお客さまには大変ご迷惑おかけいたしますが何卒ご理解くださいますようお願い申し上げます。

<実施期間>2023年7月22日(土曜日)~8月10日(木曜日)   JR九州 小倉駅長

この掲示を見た記者がJR九州に独自取材し、記事を書いた。地元テレビ局なども後追いで報道した結果、社長会見で言及するに至った。西日本新聞は2020年6月にも、福岡県内の無人駅で不正乗車が多いと報じていた。

しかし、これらの報道と会見は不正防止の取組みに触れておらず、逆に不正乗車の手口を広めているようにも感じた。その点をJR九州の広報に直接聞いてみた。

「小倉駅の事例で言いますと、小倉駅から初乗り運賃170円で行けるのは、隣駅の西小倉駅のみとなり、券売機で1日300枚程度の発売があるものの、西小倉駅の集札枚数は30枚程度でした。実際に170円きっぷの券売機発売を中止し、窓口のみで行ったところ、1日30枚程度の発売でした」(JR九州)

「実際に、無人駅でそのまま降りていったというお客さまからの証言も多々寄せられていますが、定期券などと組み合わせて正しくご利用いただいている可能性もあり、一概に9割が不正と決めつけるのは乱暴であると認識しています」(JR九州)

「当社は北九州地区に限らず、無人駅等にて不定期で特別改札を実施しておりますが、『たまたまきっぷを買い間違えた』、『定期券の期限が切れていたことに本当に気づいていなかった』といったお客さまもいらっしゃるのは実情です」(JR九州)

JR九州は、270枚すべてが不正乗車ではないと考えているようだ。ただし、「きっぷは目的地までの運賃で購入する」が正しく、それ以外は故意でなくても不正である。これはJR九州の旅客営業規則第13条に定められている。

<JR九州旅客営業規則第13条>
列車に乗車する旅客は、その乗車する旅客車に有効な乗車券を購入し、これを所持しなければならない。ただし、当社において、特に指定する列車の場合で、乗車後乗務員の請求に応じて所定の旅客運賃及び料金を支払うときは、この限りでない。

つまり、「到着駅で精算」さえも正しい利用とは言えず、有人駅における「便宜」にすぎない。

その上でJR九州は、「当社としては、お客さまが『きっぷを買いたかったのに買うことができなかった。不正乗車せざるを得なかった』とならないよう、しっかりと販売機器等の設備は整えたうえで、正しくきっぷを買っていただくようお願いしていくしかないと考えています」と回答した。

不正乗車対策については、前出の「無人駅等にて不定期で特別改札を実施」に加えて、「不正乗車を発見した際の対応としては、鉄道営業法に基づき、乗車区間に相当する運賃とその2倍以内の増運賃(合計で3倍以内の額)を請求することとなっています。それ以上の対策は現時点では考えておりません」(JR九州)とのことだった。

しかし本誌も含め、多くのメディアが手口を報じてしまったから、今後しばらくは「特別改札」を増やしていくことになるだろう。SNSのXでは、大手私鉄の職員と思われる人物が「監視カメラによって常習者を特定できている」という内容をツイートしており、不正常習犯の「大物」を摘発する機会をうかがっているともいえそうだ。それはJR九州にしても同じだろう。

■「より厳しい罰金制度」と「摘発乗務員」の法制化が必要か

コロナ禍が続いた影響もあり、JR九州に限らず、どの鉄道事業者も経営状況は厳しい。駅の無人化やワンマン運転は苦肉の策であって、本来はきちんと駅員や車掌を配置してサービス向上を図りたいはず。それでも要員を減らす理由は、路線や列車を維持したいからだろう。コストを下げ、収益の数値を上げることで、路線の価値を高めるしかない。

残念ながら、少子高齢化や過疎化は改善の見込みが立たず、無人駅やワンマン運転は増えるし、自動運転の実用化も近い。そうなると不正乗車の穴も広がる。ワンマン運転の列車で無人駅から無人駅へ、あるいは自動運転の列車で移動する。そうした乗車方法が主流の時代が来るとすれば、不正乗車対策も徹底すべきではないか。

現在の旅客営業規則は、不正乗車した区間に相当する運賃とその2倍以内の増運賃、つまり最大3倍の運賃を支払うことになっている。しかし、これでは短距離の不正乗車で1,000円以下の徴収しかできない。実際の摘発では、繰り返し不正乗車を行う人物を特定し、長期間にわたって数十万円から数百万円の徴収を行ってきた。

旅客営業規則は鉄道事業者と旅客の契約をまとめたもの。つまり取引のひとつだ。これとは別に、鉄道営業法第29条違反で刑事罰が与えられることもあり、「有効な乗車券を持たずに乗車したとき」「所持する乗車券より優等な車両に乗ったとき」「乗車券に示されていない駅で降りたとき」に罰金を課される。罰金額は別途、罰金等臨時措置法2条によって「2万円以下」と定められている。

  • 821系の普通列車が小倉駅から折尾・直方方面へ

話は少し変わって、筆者が過去によく遊んだ「Cities in Motion」というゲームがある。フィンランドのコロッサルオーダーという会社が制作した。公共交通会社の運営をテーマにしたゲームで、バスや路面電車などを運行して乗客を獲得し、利益を上げる。このゲームの中に「fines」という項目があった。車掌の乗務を増やし、「fine」の数値を増やすと収入が増える。

この「fines」は「罰金」を意味する。罰金の金額、罰金徴収用の車掌の乗務が経営戦略のひとつとなっている。改札口を持たない国では、抜き打ち検札による罰金徴収が当たり前のようだ。だから経営ゲームの項目に入り、罰金徴収額が経営目標数値のひとつになっている。それはゲームに採用されるほど当たり前のことだろう。

海外旅行ガイドブックでも、鉄道を利用するときの注意点として、きっぷを持たない場合の罰金制度や取り締まりについて紹介している。国によっては正規運賃の20倍以上になる場合や、乗越し精算制度がなく、きっぷの範囲外は罰金がかかる場合もある。

日本も無人駅やワンマン運転を増やしていくなら、増運賃100倍以上にするか、1回の不正でも10万円以上の罰金にしてはどうか。あるいは運賃に関係なく1回10万円など。月極駐車場の無断駐車のようなしくみになってしまうが。

残念ながら、性善説ではまともな商売ができない時代になった。鉄道事業も例外ではない。鉄道事業者は、「お金を払わない乗客は客じゃない」くらいの強い気持ちで不正対策を行う必要がある。