番組は、西さんの“自分探しの旅”を軸に進行していくが、“知りたい”欲求に駆られた彼は、行動力とバイタリティにあふれていたという。
「出会った当時、僕は24歳のまだ駆け出しのADで、取材の仕方もまだあやふやだったというのもあるのですが、『ここに行きたい』『あれを見たい』という西さんに振り回されているような感じでした。だから『次はこんなことが起こりそうだな…』と僕のほうから先回りするなんてことはできなくて、本当に西さんと並走していった感じです」
こうして、まるでロードムービーのように進んでいく西さんの旅。一方で、記憶を失った原因は心に留めておきたくないことがあるためで、それを無理に思い出すことに担当医から懸念が伝えられていたこともあり、真壁Dは、過去を知ろうと“暴走”しそうになる西さんを止める役割も果たすことになった。
番組では、西さんが“自分探しの旅”をする中で、本名が判明する場面がある。映画やドラマであれば、これをきっかけに一気に記憶を呼び覚ます展開になりそうだが、実際にはそうならなかった。
「本名は60年以上聞いてきた名前のはずなので、体の中に残っているんじゃないかと思って、何回か本名で呼んでみたんですが、『西さん』って呼ぶのと、あまり反応が変わらないんです」
その現実に、真壁Dは「名前というのは自分を表す“記号”でしかなくて、本当に自分が誰なのかを証明するものは、当時の人間関係や仕事、趣味といった、自分の歩んできた道なんだというのを感じました」と受け止めた。
■孤独な西さんに寄り添いたいと交流
長期間にわたる取材を通して、西さんとはプライベートでも交流するように。今や、「ご自宅にもよくお邪魔するのですが、料理が好きなので、『今日はビーフシチュー作ったから』と、容器に入れて持って帰らせてもらっています(笑)」という仲だ。
2人の年齢差は、約40歳。これくらい世代の違いがあると、年配者が若者に「俺たちの頃はね…」と経験談を語る構図になるのが定番だが、西さんには過去の記憶がないため、現在の仕事や「最近、ダンスに興味があるという話を聞きました」など他愛もない話で、もっぱら“今”の話題になるそうで、まるで同世代のような関係性となっている。
こうして真壁Dがプライベートでも交流するのには、孤独な境遇にある西さんに、少しでも寄り添ってあげたいという思いもある。
「西さんは、もうすでに自分が死んだときのことを考えているんです。一人暮らしで身内もいないから、家の中で亡くなったときに『誰も知らないまま、人生が終わるのが怖い』ということも言っているので、『西六男』としての人生はこれからですし、ちょこちょこ連絡を取って会いに行って、“僕もいますよ”というのを伝えていきたいと思っています」
今後もプライベートでは交流を続けていくつもりだが、番組取材の継続は「西さんのこれからによりますね」という方針。「やっぱり1人でいるということにすごく怖さを感じていて、職場の人たちとの交流はあるのですが、休日に遊ぶ友人を探せたらと『マッチングアプリやろうかな』とか、ふらっと言うんです。もしそういうところで動きがあれば、追っていきたいですね」といい、本人も前向きのようだ。
■『ザ・ノンフィクション』で意識する「少しでも救いを」
改めて、今回のドキュメンタリーを通して伝えたいことを聞くと、「ここまですごい境遇の人はなかなかいないと思うのですが、西さんが過去を探しながら前を向こうとする姿に、ちょっとでも自分が生きることに前向きになれたり、自分を受け入れてあげられたりするような救われる部分を感じていただけたらと思います」と話す真壁D。
それは、これまで『ザ・ノンフィクション』で制作してきた、母と息子のやさしいごはん ~親子の大切な居場所~』(21年10月3日放送、「第38回ATP賞テレビグランプリ」優秀新人賞)、『東京デリバリー物語 ~スマホと自転車とホームレス~』(22年10月9日放送、「ニューヨーク・フェスティバル2023」ドキュメンタリー・Social Issues部門銅賞)など、他の作品にも通底するテーマだといい、「社会的なテーマが垣間見える人たちを取材させていただくと、どうしてもつらい境遇を描かなければならないところがあるので、取材を受けてくれる人たちにも、番組を通して少しでも救いがあってほしいと思いながら、いつも番組を作っています」と、意識している。