第94期ヒューリック杯棋聖戦(主催:産経新聞社、日本将棋連盟)は、決勝トーナメント1回戦の永瀬拓矢王座―井上慶太九段戦が3月23日(木)に東京・将棋会館で行われました。対局の結果、115手で勝利した永瀬王座が2回戦進出を決めました。

相掛かり調の力戦

先手となった永瀬王座が角換わりの序盤を志向したとき、後手の井上九段はこれを拒否して右銀を上がる趣向を見せました。角道を開ける手を保留したまま自陣の銀の活用を急ぐのは最近の井上九段が好んで採用する形で、最新形を避けて中盤以降のねじり合いに持ち込む心積もりです。井上九段は3度目となる永瀬王座との対戦で初勝利を目指します。

駒組みが続き、局面は相掛かり調の力戦に推移しています。お互いの玉が中住まいに囲ってある点は現代矢倉にも見られる構図。本局はこのあと、飛車先の歩交換に成功した先手の永瀬王座が9筋の端攻めに手段を求めて本格的な中盤戦に突入しました。永瀬王座は続いて、後手陣に打ち込んだ角を自陣に引き付けて攻防の馬としました。 

井上九段決断の反撃

永瀬王座の積極的な指し手を前に辛抱の時間が続く井上九段ですが、自然に歩得を重ねて反撃の時を待ちます。永瀬王座が2筋に桂を跳ねて銀取りとした局面はひとつの分岐点で、ここは丁寧に銀を逃げて面倒を見る指し方も考えられました。実戦の井上九段はこのタイミングで、銀取りに構わず飛車取りの歩で切り返して反撃を目指しました。

自陣の金銀を取らせる手順を許した後手の井上九段は、代償として手にした飛車をさっそく敵陣に打ち込んで先手玉にプレッシャーをかけます。はさみ撃ちの要領で香を打ったのは角を打ち込むための準備で、手順に敵陣に作った竜と馬を攻めの拠点としました。形勢は互角で、盤面全体を使ったねじり合いが続いたまま局面は終盤戦にもつれこんでいきます。

永瀬王座の再反撃が決まる

20手ほどの攻防が繰り広げられたのち、優位に立っていたのは永瀬王座のほうでした。井上九段の放った桂打ちの攻めを見切って5筋に合わせの歩を打ったのが好タイミングの反撃で、これで飛車を奪い返して後手玉への攻めの起点とします。終局時刻は19時34分、最後は自玉の詰みを認めた井上九段が駒を投じて熱戦に幕が引かれました。一局を振り返ると、相手の攻めを見切って反撃に転じるタイミングの判断が明暗を分けた格好です。

勝った永瀬王座は2回戦に進出。次戦で広瀬章人八段と戦います。

  • 永瀬王座が藤井聡太棋聖と争った昨年の棋聖戦五番勝負は記憶に新しい(写真は第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第1局のもの 提供:日本将棋連盟)

    永瀬王座が藤井聡太棋聖と争った昨年の棋聖戦五番勝負は記憶に新しい(写真は第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第1局のもの 提供:日本将棋連盟)

水留 啓(将棋情報局)

対局日に誤りがあり、訂正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。