■勝野美江さんプロフィール

徳島県副知事
徳島県藍住町(あいずみちょう)出身。1991年に農水省に入省し、和食室長などを歴任。2016年からは内閣官房東京オリンピック・パラリンピック推進本部事務局にて参事官(2019年から企画・推進統括官)を務めた。2021年11月より現職。

■横山拓哉プロフィール

株式会社マイナビ 地域活性CSV事業部 農業活性事業統括部長
2007年にマイナビへ入社し、地域創生部門、法人向け社宅サービス部門などにおいて、数多くの企画・サービスの立ち上げを経験。現在は「マイナビ農業」を運営する農業活性事業統括部にて「農とつながる、農をつないでいく」を身上に、農業振興に寄与すべく奔走している。

多様な人材集う、徳島県農業

横山:早速ですが、副知事として1年強職務に当たってこられた中で感じられている、徳島県農業の現在地を伺えればと思います。

勝野さん:全国共通の課題として、基幹的農業従事者の減少や高齢化が叫ばれる昨今ですが、わが県では2017年からの5年間で計710人の方が新規就農するなど、徳島県農業に可能性を感じた多くの若者がU、Iターンで参入してきており、農業への注目は高まりを見せています。象徴的なのは毎月末に開催されているマルシェ。農産物や加工品がそろうこのマルシェは、午前中に行かないと売り切れてしまうほどの盛況ぶり。同様の動きが各地で生まれてきており、地産地消の動きもかなり根付いてきたと思っています。耕地面積の減少、荒廃農地の増加などマクロのデータでみると「徳島県農業、元気がなくなってきてるのではないか」と感じられるかもしれませんが、点として見ていくと、元気でユニークな新しい力が多く入ってきており、徐々に可能性が広がってきていると感じているところです。

横山:この先、徳島県の農業を俯瞰したとき、何か課題を感じられている点はありますか?また、課題払拭(ふっしょく)のために取り組まれようとしていることがあれば併せて教えてください。

勝野さん:多くの人が懸念しているのは、耕作放棄地の問題でしょう。草が生い茂るだけでも景観や周辺の営農に悪影響を及ぼしますが、木が生えてきたり、竹やぶになってしまうと元の農地に戻すことは困難。そうなる前に、耕作しやすいように基盤整備していくと同時に、地域の中でも「誰がその土地の農業を担っていくのか」をしっかり話し合って決めていただく必要があります。併せて、これからはこうした地域内での議論の中で「自分たちが作ったものを誰にどう売るのか」までトータルで考えていくことを当たり前にしていかなければならないと感じています。

教育・研修段階で経営力を培う

横山:県内の農業に挑戦してもらいやすくする入口部分に目を向けるだけでなく、できた農産物を消費者へどのように届けていくのかという出口戦略まで、今後は着手されていくということですね。2023年度以降、具体的な取り組みの方針として描かれていることがあれば、ぜひ教えてください。

勝野さん:大きく分けて2点あります。まずは農業研修や農業学校でのカリキュラムの中で、農業経営に必要な素養を培っていくことが重要と考えています。例えば、パティシエを養成する専門学校では、1年目から「自分が作ったケーキをいくらで売ったら経営が成り立つか」を学ぶとともに、百貨店などで販売実習を行っていると聞きました。おいしい商品を作るための知識のみならず、経営や販売戦略まで学習する、まさにこうした取り組みが農業でも必要不可欠。農業経営に必要な農業技術と経営力、販売戦略を必須の能力として、今後農業に挑戦する方々へ身に付けていただくための取り組みが大切であると考えています。

もう1点ですが、現在は資材費や輸送コストが急上昇しています。これまで国や県がさまざまなセーフティネット対策を行ってきていますが、やはり対症療法の域を脱しません。これからは、輸入に頼ってきた農業資材については国内の未利用資材を活用しつつ、エコファーマー、特別栽培、GAP、有機農業の取組をエシカル農業として推進することにより、「みどりの食料システム戦略」に掲げる2050年の目指す姿の実現に向けて、減化学農薬、減化学肥料につなげていきたいと考えています。

ピンチをチャンスに。農業振興へ次の一手

横山:ウクライナ危機から始まった農業資材の高騰然り、ピンチをチャンスに変えていくさまざまな取り組みをされていくということですね。こうした取り組みを積み重ねていった先にある、徳島県農業の展望や実現すべき未来について教えていただけるでしょうか。

勝野さん:農家の方と消費者である市民や県民の方々との距離がより短くなればと考えています。そのためには、徳島県農業の価値を県民の皆様に深く理解していただくことが大事。今後、学校給食に地元の食材を今まで以上に供給するなど、いわゆる食育にも力を入れていきたいと思っています。

例えば、県佐那河内村(さなごうちそん)の小中学校の給食では、使用している地元食材を毎月の給食便りに記載しています。同村の素晴らしいところは、出荷している農家のご指導のもと、小中学校の全学年で何某(なにがし)かの作物を栽培している点。地元の食べ物や農業の大切さを実感してもらいたいという思いがあるそうです。このような取り組みが村内のみにとどまらず、県内のより多くの小中学校に波及し、実践していただければと考えています。これにより、食べ物との向き合い方・農家の方々への見方が変わり、農家を目指す子供たちが増えるきっかけにもなればと思っています。

目指すべき未来についてはもう一つあります。日本の有機農業の面積は世界的に見て下位で、消費も低位で推移しており、これには通常の作物に比べて有機栽培された農産物が1.45~1.8倍ほどの価格帯となっていることが原因として挙げられます。背景には、生産者側としては人手を増やせないために生産量が増えない、結果として手間がかかるために高値で売らないと生活が成り立たないといった事情がある一方、高値であるために購入を敬遠されるといった悪循環が起きてしまっています。

この改善策として、県内で「CSA(地域支援型農業)」の取り組みを普及させていきたいと考えています。CSAとは、生産者と消費者が連携し、前払いによる農産物の契約を通じて相互に支え合う仕組みのこと。わかりやすく説明すると、消費者はあらかじめ生産者から「月に野菜セットを2箱、定価で購入する」という事前契約を結び、定期的に購入する、それだけではなく、生産者の農作業や出荷調整作業などをサポートするシステムです。これにより生産者は、需要を計算しながら安定的な生産を行うことができ、消費者にとっては安定的に自分の求める品質の農産物を手に入れることができます。生産者は、いわゆるファンを得るために魅力的な農産物を作る努力が必要になってきますので、ぜひマイナビ農業でも、農家がファンを得るための秘訣(ひけつ)などを紹介していただきたいですね(笑)

こうした仕組みを作りながら「農業をしててももうからない」という声をなくしていきたいと考えています。

横山:販売戦略の一つどころか新しい農家の在り方といっても過言ではありませんね。こうした取り組みを通じて、より一層徳島県農業の可能性が広がっていくことを期待しています。本日は貴重なお話をありがとうございました。