• 佐野亜裕美氏

佐野:『さよならテレビ』の東海テレビ社内の反発を聞いて、じゃあカンテレ社内は『エルピス』でどうだったのか?と考えると、私が知らないだけかもしれないんですけど、逆にいうと私が知らないまま終わらせてくれる会社ということでもあり、むしろ他社の方から「あれやって大丈夫だったんですか?」ってよく聞かれました。で、大丈夫かどうかそもそも深く考えてなかったなと、聞かれて初めて思うことがありまして。たぶん、自分の鈍感さで突っ込んでいったら、カンテレが懐の深い会社だったことに救われたんだと思います。東京のキー局だったらいろいろ厄介だっただろうとは思うのですが、ありがたいことにそういうことがなかったので、みんなが守ってくれて放送できたんだなと思って。だから、『さよならテレビ』の後の東海テレビさんのお話を聞いて、結構びっくりしてしまいました。

阿武野:佐野さんは、放送前にあんまり大丈夫かどうかを深く考えなかったと言いましたが、僕はむしろグジュグジュいろいろ考えます。これも問題になるだろうな、あれも問題になるだろうな、それは誰が言ってくるかな、どんな言い方をしてるかな…と考えて考えて考え続けた挙げ句、全部捨てちゃうんですね。

佐野:(笑)

阿武野:決定的におかしいことがあるか、してはいけないことをしているか、と自分に問うと、そんなことは一つもない。でも、『さよならテレビ』は、放送後に全社ティーチ・インを開いたんですよ。

佐野:全社でですか!?

阿武野:そう。僕らスタッフが前の“被告席”に並んで、アルバイトから役員まで参加したい人はみんな来て、ティーチ・インをやりました。そこで、「身内をさらした」とか「切り取った」と激しく罵(ののし)られました。でも、ちゃんと反論しましたね。「いつもこうやって取材にしてるじゃないか」「いつも、みんな切り取ってるんじゃないか」って。

佐野:おっしゃる通りですね。

阿武野:「いつも映してる側が映される側になると、なんで急にそんなこと言い出すのか?」ということに激しい怒りを持ちましたね。僕は、取材対象者との間でトラブったら必ず自分が行って、相手がどういうことに疑問を感じ、どんな気持ちでどういるのかを知ろうとしてきました。そうして、人間関係を切り結んでいくことを、放送し終わった後も含めて続けてきたんで、ティーチ・インで罵る側に立った人たちよりも、取材対象の心持ちについては知っていると思っているんです。

  • 阿武野勝彦氏

■「赤いじゅうたん」を歩くテレビマン人生よりも…

佐野:阿武野さんのような立場の方が怒ってくれることの価値は、下の人間にとって本当に大きいですよ。だんだんみんな怒ってくれなくなるので、「いやいや、そこは怒って戦ってよ」って思うこともたくさんあります。私自身はたぶんこのままひたすら現場をやり続けるとは思うんですけど。

阿武野:テレビがダメになる理由は、やっぱり作り手が管理職になったりして、作り手を全うできないということがあると思います。モノを作る人を軽んじるこの国の悪しき姿ですね。この人はテレビの職人として秀でていると思ったら、そういうふうに組織が処遇すればいいのに、出世のあり方がダサい。本気で番組を作らなければ、テレビ局は終わるのに、みんな作ってるふり、やってるふりでしょ(笑)

佐野:現場から離れて偉くなる人が、何で偉くなりたいのか本当に分からなくて、何人かに聞いてみたんですよ。そしたら、自分の部屋が欲しいとか、車が付くとか、秘書が付くとか、そういったことに野心を持っていかないとやっていけないって言うんです。それが自分にはどうしてもピンとこなくて。

阿武野:でも、僕はすごくよく分かりますね。

佐野:本当ですか!?

阿武野:40歳前に、番組を巡って報道局長と“冷たい戦争”をして、営業に飛ばされたんですね。その後、10年先輩から営業局を統括する部長のバトンを渡されたんです。でも、毎日夜中の2~3時まで仕事して、翌朝9時に出勤するみたいなことをやってたら、足腰が弱くなりました。もう撮影機材の三脚持って取材ができなくなると思ったので、3年後に「戻してください」って頼みました。当時の常務と副会長から、「おまえの前に赤いじゅうたんが敷かれてるのが分からんのか」とか言われちゃって、「ああ、そうなのか…」って一瞬グラグラしましたけど、「でも、お二方は僕がその年齢になるときに会社にいるとは限らないですよね」って返して、現場に戻してもらいました。ただ、会社でいいお給金をもらって過ごすあっちの道を選んでおけば良かったかな…と、ずっとグジュクジュ考えちゃいましたね。

佐野:今のお話を聞いて、テレビ局の上の人って同じ表現を使うんだなって思いました(笑)。私も「お前のために赤いじゅうたんを敷いておいたのに、そこから勝手にいなくなった」って言われたことがありました。いわゆる大型企画のプロデューサー、みたいなことだったのですが、「勝手に敷かないで」ってやっぱりそのときも怒ってたんですけど(笑)、予算規模の大きなドラマとかを見ると、そういう道もあったんだなと思ったりはしますね。『エルピス』は大変ありがたいことにいろいろ話題にしていただいて、そのこと自体には深く感謝しているのですが、「私は赤いじゅうたんのほうじゃなくて、こっちの隙間で、大ヒットしたりはしないけどこういうものがあってもいいよねっていうところをできるだけ細く長く歩いていきたいと思っているので…」という気持ちではいます。

阿武野:この先、自分の人生を振り返るときが来たら、「2022年に何をやってたか?」という自問に『テレビで会えない芸人』って答えられるんです。「2023年は?」って言ったら『チョコレートな人々』というふうに、1本ずつ言える作品を作り続けられる、こんな幸せはないだろうなあって思います。自分の人生をドキュメンタリー作品で振り返られる。そこに関連するスタッフ、取材対象を思い出せる。個室に籠もる人々にはできないことです。

佐野:確かにすごく幸せなことですよね。同年代の友人と「2006年何してた?」みたいな話になると、大体みんなそのとき流行ってたものとか、「あの曲聴いてたよね」とか「あんな服着てたよね」という話になるんですけど、自分だと「あの番組のADやってて、こんな生活してたな」という思考になってやっぱり作品と共に振り返るのが癖になってるんですよね。自分の記憶が全部ドラマにひも付いちゃって、それって人生損してるなと思うこともあるんですけど、ある意味ではとても幸せなことですよね。