九州新幹線西九州ルートで佐賀県が提案した佐賀空港経由のルート(南回りルート)について、政府与党検討委員会は「技術的に困難」という結論に達した。2月9日に佐賀県庁で行われた「幅広い協議」で国土交通省が説明したところ、佐賀県は「フル規格を求めていない」と反発。どうして議論はかみ合わないのか。

  • 国が想定する佐賀駅ルートと、佐賀県から要望のあった「北回りルート」「南回りルート」。黄色い円が建物の高さ45m規制範囲、青い部分が離着陸機の高度規制範囲。佐賀県側の要望だった「南回りルート」は、空港の高度規制と、堆積による軟弱地盤のトンネル困難で「不可能」という結論になった(地理院地図と国土交通省資料をもとに筆者作成)

九州新幹線西九州ルートは、1972(昭和47)年に国が基本計画路線として「福岡市~佐賀市附近~長崎市」を決定し、1973(昭和48)年に整備計画が決定した。このうち武雄温泉~長崎間は2022年9月に西九州新幹線として開業した。福岡市から新鳥栖駅までは2011年に開業済みの九州新幹線(鹿児島ルート)を使う。残る新鳥栖~武雄温泉間について、国と長崎県はフル規格新幹線の建設を望むものの、佐賀県は望んでいない。

なぜなら当初、西九州ルートは「武雄温泉~長崎間に在来線の高規格線路を建設し、福岡~長崎間の在来線特急を経由させる」という合意があったから。この方式を「スーパー特急方式」という。鹿児島ルートもスーパー特急方式だったが、沿線自治体の要望等により、後にフル規格新幹線に変わった。

武雄温泉~長崎間も長崎県の要望でフル規格新幹線に変わった。フリーゲージトレインを使えば、新鳥栖~武雄温泉間でフル規格新幹線を整備しなくても、「スーパー特急方式」と同じように在来線から新幹線へ直通で運行できる。だから武雄温泉~長崎間のフル規格化について、佐賀県の合意は不要だった。

ところが、国は総合的な判断でフリーゲージトレインの導入を断念する。台車に負荷がかかるために保守コストが大きく、採算性に問題があった。最高速度も低く、JR西日本も山陽新幹線への直通に難色を示した。ここから話がこじれていく。国と長崎県は新鳥栖~武雄温泉間もフル規格新幹線を整備したい。しかし佐賀県はフル規格新幹線を受け入れたくない。

佐賀県は「フル規格新幹線にすれば佐賀県に対して建設費負担を求められる」「赤字必至の並行在来線を引き受けなければならない」ことを反対理由としており、フル規格新幹線を求めていなかった。結局、西九州ルートは「武雄温泉~長崎間はフル規格新幹線として開業し、武雄温泉で在来線特急とフル規格新幹線を乗り換える」という形で暫定的に開業した。フリーゲージトレイン直通を前提としていた武雄温泉駅は、在来線特急列車とフル規格新幹線の対面乗換方式に設計変更された。

  • 2022年9月に開業した西九州新幹線。武雄温泉駅で対面乗換方式により、在来線特急列車と接続する

その後、国はフル規格の建設を前提として、佐賀県に対し、「対面乗換え」「フリーゲージトレイン」「ミニ新幹線方式」「フル規格」の費用対効果など試算を提示した。しかし佐賀県が独自に試算すると、フル規格新幹線について佐賀県の負担が大きすぎると判明した。フル規格新幹線は佐賀県にとって受け入れがたく、そもそも合意していない。これ以降、佐賀県はフル規格新幹線の協議には応じなかった。

■「幅広い協議」とは

佐賀県の「国はフル規格前提ではなく、すべての可能性を検討すべき」という意向を考慮し、国土交通大臣は佐賀県に「幅広い協議」を提案した。佐賀県は慎重に対応し、「フル規格ありきではない」ことを確認した上で、「幅広い協議」に応じた。第1回は2020年6月。「幅広い」とは、フル規格新幹線を前提とせず、「対面乗換方式」「スーパー特急方式」「フリーゲージトレイン」「ミニ新幹線」「フル規格新幹線」について、振り出しに戻って協議するという意味があった。

「幅広い協議」は2022年2月までに6回行われている。概略をまとめた。

●第1回

これまでの経緯と幅広い協議の前提を確認。

●第2回

国から5つの整備方式を説明。すべての方式で環境アセスメントを実施する提案。佐賀県は「環境アセスメントは事業実施が前提のため不同意」と回答。

●第3回

5つの整備方式について国から比較検討した資料を提示。フリーゲージとスーパー特急は選択肢にならない。フル規格のメリットを数字で説明。佐賀県は「国の資料には国の視点のメリットとデメリットしかなく、佐賀県の立場と異なる。確約できる条件や数字を事業主体である国が責任を持って提示してほしい」と要望。

●第4回

国は佐賀県からの並行在来線問題の懸念を確認。ただし並行在来線協議はフル規格が前提なので、フル規格でやると確定するまではJR九州と協議しないことも確認。佐賀県から、武雄温泉駅の乗換えを解消しても、他の駅で新幹線と在来線の乗継ぎは発生する。

国は国の新幹線ネットワーク、西九州、九州のメリットを考えてもフル規格で進めたい。佐賀県は、フリーゲージが県のギリギリの合意点だった。低速度の再検証を望む。佐賀県議会で、フル規格は北回り(佐賀市北部)、南回り(佐賀空港)の話も出た。5方式のうちフル規格となった場合は、その3つのルートも検討に値する。

●第5回

国から、佐賀県から前回提案のあった3ルートの比較検証。フル規格について佐賀県の利点の説明。フリーゲージトレインは時速200km/hでも所要時間短縮を見込めず、開発は時速270km/hの開発断念と同じ理由で時間と費用の目途が立たない。

佐賀県から、並行在来線がJR九州の運営でも、在来線特急の廃止、新幹線振替で料金高額化。在来線特急停車駅から新幹線の乗換えは不便。国の回答はそれらの懸念に対する答えになっていない。フル規格は否定しないが、フル規格で、と合意できない限り、フル規格前提の議論、並行在来線やJR九州への要望、協議はできない。フリーゲージトレインの実現不可は納得できない。

●第6回

対面乗換方式の解消とフリーゲージトレインの実現可能性について。佐賀県は時速200km/hのフリーゲージトレインと対面乗換方式では所要時間が変わらない。ならばフリーゲージトレインで乗換えなしのほうがいい。

国から、佐賀県の指摘は認識しているものの、JR西日本が乗入れを拒む以上、新鳥栖~博多間は在来線となり、博多駅でも乗換えが発生する。

佐賀県から、鹿児島ルートの新鳥栖~博多間をGPSで計測すると最高速度は180km/hだった。新鳥栖~博多間は鹿児島ルートに乗れるはず。

■南回りルート(佐賀空港経由)が困難な理由は

2月1日、鉄道・運輸機構は佐賀県から提示された南回りルート(佐賀空港経由)について検討を重ねた結果、「技術的に困難」と政府与党の新幹線プロジェクトチームに報告した。南回りルートで建設すると、早津江川と筑後川の河口を横断する。ここを鉄橋にするか、地下トンネルにするか。どちらも不可能だという。

早津江川と筑後川の河口幅は、それぞれ約1kmになる。河口の海側には海苔養殖場があり、橋桁の工事中に川底を掻き上げて泥を発生させる。川に複数の橋桁をつくらず、両岸に橋桁をつくってロングスパンの鉄橋を建設する場合、橋の重量を支えるためにトラスまたはアーチ、あるいは斜張橋とする必要がある。

トラスは三角形を組み合わせた補強構造物、アーチは半円状の補強構造物である。斜張橋は支柱を立てて、橋全体を持ち上げて支える。どの方式も線路部分より高い位置に構造物を置く必要がある。ところが、佐賀空港の基準点から3kmの範囲内は、高さ45mを越える構造物を制限されている。早津江川の鉄橋がこの制限区域内にあり、鉄橋を建設できない。ちなみに、早津江川の上流の道路橋は鋼製アーチ構造で、高さは堤防から30mである。

佐賀空港駅を地下とし、早津江川と筑後川の下をトンネルで横断する方法も検討された。トンネルは、あらかじめ組み上げた箱状のトンネルを川面から沈めて連結する沈埋工法と、大深度地下鉄のようなシールド工法を検討した。沈埋工法は橋脚建設と同じく川底を掻き上げるため、海苔養殖や漁業に影響する。シールド工法は施工できるが、地盤が軟弱であるために沈下のおそれがあり、安全性を確保できなかった。

政府与党の新幹線プロジェクトチームの委員から、「佐賀空港から離して早津江川と筑後川の上流を通過してはどうか」という意見もあった。これについては、佐賀県の意向を踏まえた再検討を行うとした。ただし、佐賀空港と佐賀駅は直線距離で約10kmある。中間の位置に駅を設置したとしても、佐賀空港と佐賀駅の両方から不便になってしまう。

筆者の感想としては、そもそも佐賀空港ルートはJR九州が承諾しないと思われる。京阪神~九州間は航空路と新幹線が競合する。空港に駅を設置したとしても、航空路と同じように佐賀駅までバス等のアクセス手段が必要となり、航空路のほうが速くて有利という状態になる。JR九州が承諾しなければ、新幹線の建設条件「営業主体としてのJRの同意」を満たさない。

■「幅広い協議」2月9日の第7回で佐賀県側は不快感

南回りルートが困難という結果について、政府与党の新幹線プロジェクトチームは国土交通省に対し、佐賀県に報告内容を丁寧に説明し、協議を継続するよう求めた。そこで2月9日に行われた第7回「幅広い協議」で説明したところ、佐賀県が「その説明をいま受ける必要はない」と反発したと報じられた。詳しくは後日、佐賀県の公式サイトに掲載される議事録で明らかになる。

ただし、第6回までの議事録を見れば、国と佐賀県側のズレは明らかだろう。

国は「幅広い協議」について、5方式とフル規格の3ルートをすべて同格でメニューに載せた上で、できるできないの判断を行った。技術的に不可能な選択肢を外していきたい考えで、「フリーゲージトレイン」「スーパー特急」を外し、「フル規格南回りルート」も外した。選択肢が少なくなれば、結論を絞り込めるという考え方である。

一方、佐賀県は3ルートについて、「5方式からフル規格にするという結論があった場合に、次の段階として3ルートから選択」という考え方である。フル規格と決めたわけではないにもかかわらず、なぜ南回りルートは困難という説明が必要か。そのタイミングはいまではない。むしろフリーゲージトレインが決定的に困難な理由を調査してほしかった。佐賀県は「国がフル規格の決着を急いている」と受け取った。

佐賀県にとって、在来線を使う話で決着したにもかかわらず、何の前触れもなくフル規格を押しつけられる形になった。ここまでの「幅広い協議」を俯瞰すると、国は「佐賀駅経由でフル規格新幹線をつくりたい」、佐賀県は「フリーゲージトレインをあきらめないでほしい」の平行線になっている。

国はフリーゲージトレインを否定し、佐賀県はフリーゲートレインをあきらめられない。これに尽きると言えるかもしれない。落とし所を見つけるためには、佐賀県が「フリーゲージトレインでは無理」と理解する必要がある。

佐賀県が国の見解を信用しないなら、佐賀県が第三者機関に依頼して「フリーゲージトレインが使える」という結果を得たらいい。もっとも、佐賀県がそんな費用を出す必要はない。もともとフル規格新幹線は要らないのだから。さらに言うと、佐賀県民の長崎への移動は、福岡への移動に比べて少ない。したがって、武雄温泉駅で乗換えが必要か否かも、じつは佐賀県にとってどちらでもいい話である。

フル規格新幹線は佐賀県の費用負担なしで建設する。在来線のサービスもいままで通りと約束する。こうしないと佐賀県は納得しないと思われる。これまでの整備新幹線の建設は「自治体が新幹線を欲しがる」という前提だった。しかし、今回は「新幹線が要らない県に新幹線を作らせていただく」話である。現在の整備新幹線建設の枠組みでは解決しない。新たな枠組みが必要になる。