新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけに、リモートワークが広まりました。そのメリットを生かして、地方への移住など住む場所を自由に選ぶ人も出ており、新しいライフスタイルが浸透しつつあります。
一方で、リモートワークの副作用も明らかになってきました。
リモートワークは健康的な働き方の実現に有効ですが、会議過多やフルリモートなどは「やりすぎ注意」である理由を解説します。
フルリモートは睡眠リズムを崩す
ワーク・ライフバランスとDUMSCOが2022年2月に実施した「テレワークの会議過多による、突然休職のリスクに関する調査」では、1日4件の会議を境に高ストレス者が増えることが分かりました。1日平均3件の会議を実施している人のうち高ストレス者は14%ですが、1日平均4件の場合は、高ストレス者が38%に達します。
また、東京医科大学 精神医学分野が2021年10月に発表した「在宅勤務は心身のストレス反応を軽減するが、フルリモートは生産性を損なう可能性がある」調査では、リモートワークの存在自体はストレスを軽減するものの、フルリモートワークでは生産性が下がることが明らかになっています。
コロナ前後のリモートワーク頻度に関する調査を実施した結果、リモートワークの頻度が増え、特にフルリモートになると、 睡眠リズムが乱れ、夜型化しやすいということが分かりました。
原因となるのは、生活環境です。人間は朝や昼に充分光を浴びることで体内時計を整えていますが、リモートワークではつい家から出なくなってしまうことも多く、出勤のために朝日を浴びるということもなくなってしまいがちです。
それにより日中に日光を浴びず、さらに夜はつい遅い時間までPCを開いてしまうことで、体内時計が狂い、睡眠に悪影響を及ぼします。
また、食事も睡眠を整えるのに必要な要素の一つです。体内時計を整えるには、毎日同じ時間にご飯を食べることが望ましいのですが、リモートワークでは、それが不規則になってしまうことがあります。
これらの、体内時計の乱れと睡眠の悪化が不調を生じ、生産性の低下につながることが分かりました。
上記のように、睡眠とストレスは密接な関係にありますが、それを語る上で欠かせないのが、交感神経と副交感神経です。
交感神経は人が活発に活動するための、車のアクセルに相当する役割で、副交感神経は安静時や睡眠時などに活性化する、車で言うブレーキに相当する役割です。この2つのモードを、環境の変化に合わせて自律的に調整してくれるのが「自律神経」です。
「ここは安心だ」と思える環境や心身の状態、つまり副交感神経優位の時でなければ、人はリラックスしてゆっくり眠ることができません。そのため、ストレス過多の状況に陥ると、中途覚醒の増加や睡眠時間の減少など、さまざまな観点で睡眠に影響を及ぼすことが分かっています。
ストレスと交感神経の関係
ここまで、調査結果とその原因について解説してきましたが、注目して頂きたい調査結果があります。
同調査では、高ストレス者の57%が、自身の高ストレスに無自覚という結果が明らかになっていまいますが、自覚が難しいが故に、睡眠の問題が生じても「でも、大丈夫」と認識され、改善策を講じないまま過ごす人たちも多いのではないかと懸念しています。
そして、ここでも交感神経が関係してきます。
人はストレスを感じると、交感神経が優位になり、抗ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールなどが分泌されます。これにより、血圧や血糖値を上げて活動性を確保し、その状況にがんばって対抗しようとするので、ストレス環境下で一時的にパフォーマンスが上がってしまうことすら少なくなく、自身のストレスに無頓着になってしまう場合があります。
しかし、この一時的にパフォーマンスが向上することもある「抵抗期」は長くは続きません。慢性的なストレス状態が続くと、ある日突然うつ状態に陥ることもあるので注意が必要です。
この「抵抗期」が、冒頭の1日4件の会議を境に高ストレス者が増えた調査結果にも関係していると推測されます。
アドレナリン、ノルアドレナリン、コルチゾールなど、ストレスに対抗するホルモンの影響で一時的にパフォーマンスが上がっていると、本人は「自分はストレスがかかっていない」と勘違いするだけでなく、組織もパフォーマンスが高いその人に仕事を任せてしまう場合があります。
そして、高ストレスであるにもかかわらず、特定の人物に仕事と会議が集中する状態に陥ることが考えられます。
こうした自覚できないリスクの回避を目的に、冒頭の調査を発表したDUMSCOでは、本人が自覚していないストレスを可視化するアプリ「ANBAI」のストレス評価の一部を、任意でSlackのステータスに反映する人事制度、「(忖度なしの)HP見える化」制度の運用を実験的に開始しています。
高ストレスを自覚できていない方の88%が、脊髄反射的に「大丈夫です」と言ってしまう点が、今回の調査で明らかになりました。そうした「本人も気付かずストレスを抱えるリスクのある」人物に会議が集中することを避けるのがこの制度の運用開始の理由の1つだといいます。
リモートワークのストレス対策
DUMSCOの「(忖度なしの)HP見える化」制度は、テクノロジーを活用したリモートワークのストレス対策ですが、日常生活で実践できる対策もありますので、幾つかご紹介したいと思います。
1つ目は、毎日の就寝と起床の時間を一定に保ってください。
仕事のない休日は夜更かししたり、心ゆくまで朝寝坊したりして寝たい気持ちも分かりますが、平日と休日の睡眠リズムが乖離(かいり)しすぎると、「ソーシャルジェットラグ」、つまり時差ぼけのような不調が発生し、体に負担がかかります。
もしも平日の睡眠時間が短く、休日にはたくさん寝たいという方は、いつも寝ている時間帯の中間地点をそろえるようにしましょう。
例えば平日午前0時~午前5時に睡眠されている方が、休日に8時間寝ようと思う場合には、真ん中の午前2時30分を起点にして、午後10時30分~午前6時30分で睡眠時間をとるようなイメージです。
2つ目は「食事」です。皆さんは昼食や夕食の時間をついつい遅らせてしまっていることはありませんか?
フルリモートになって隙間時間なく会議が続き、ついついお昼はスキップしがち、夕飯の時間もバラバラ──という方は少なくないはずです
「腹時計」といわれるように、体はごはんの時間を記憶しています。規則的な食事には体内時計を整え、睡眠の質を高める作用があります。食事の不規則さは睡眠の質を悪化させ、ストレス度合いも高めてしまい、結果的に生産性を低下させてしまいます。
もしどうしても一食の食事を落ち着いて食べられないという方は、タンパク質と糖質を含んだ軽食を一口でもいいので召し上がるといいでしょう。
例えば飲むヨーグルトや鮭おにぎり1個でも大丈夫です。タンパク質と糖質が体内に入ってくることで、体内時計が整いやすいことが知られています。
3つ目は「光」です。夜が来ていることを体が認識するためのホルモン、メラトニンは、夜に暗くなると分泌され、睡眠サイクルを形成します。また、昼間明るければ明るいほど夜によく分泌され、睡眠も安定します。
しかし、テレワークで外に出ず、昼は薄暗い反面、夜も夜で家の中が1日中明るいような状態が続くと、メラトニンの分泌がうまくいかず睡眠サイクルが乱れてしまいます。
明るい光やブルーライトを夜間、特に就寝前に見てしまうのは避けましょう。お子さんがいらっしゃる方は、大人だけではなくぜひお子さんと一緒に実行してみてください。
光が睡眠に与える影響は、大人よりも実はお子さんのほうが大きいです。
睡眠に何らかの問題を感じるようになった際は、自覚のないストレスの予兆と認識し、ここで紹介した対策に取り組んでみてください。
著者プロフィール:志村哲祥(しむら・あきよし)
精神科・心療内科・睡眠医学・産業
東京医科大学精神医学分野兼任講師。株式会社こどもみらい R&D統括。睡眠およびメンタルヘルスと企業の生産性やストレス対策に関する研究のトップランナー。
産学連携企業において、「利益の出る健康経営」「睡眠改善プログラム」の取り組みを行い、複数の学校で退学率90%減、コールセンターにおいて離職率74.5%減を達成するなど、さまざまな成果をあげる。また、そのノウハウをもとに、本人が自覚しないストレス「隠れストレス負債」を発見、改善するアプリ「ANBAI」(提供:DUMSCO)も監修する。