日本では結婚で氏(姓)が変わるとき、ほとんどのケースで妻が夫の氏を選んでいる。実はこの『夫婦同姓』という制度、先進国のなかでは珍しい存在のようだ。というのも世界では軒並み『夫婦別姓』が権利として認められつつある。では日本でも、そのうち『夫婦別姓』が認められる日が訪れるのだろうか? 憲法に詳しい名古屋大学の斎藤一久教授に話を聞いてみた。

  • 『夫婦別姓』、あなたはどう思う? - 近年の裁判ではいずれも「認められない」の判決! その理由は?

■『夫婦別姓』論議はいつから? 現状は?

冒頭、まずは現状をおさらいする。現在、民法では「結婚に際して、男性又は女性のいずれか一方が、必ず氏を改めなければならない」旨を定めている。そして現実的には『男性の氏』を選んで女性が氏を改める、というケースが圧倒的多数を占めている。斎藤教授によれば、実に96%ほどの夫婦において妻が夫の氏を名乗るという。

現行の制度は、昭和22年(1947年)に施行された民法「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」を根拠にしたもの。しかし近年、女性の社会進出にともない、改姓による不便・不利益が生じている。またアイデンティティの喪失を感じる、と訴える女性も少なくないという。これを背景に、結婚後も夫婦がそれぞれ結婚前の氏を称することを認める『選択的夫婦別氏制度』の導入を求める意見が出ている。

斎藤教授によれば、これまでも何度か『選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)』を国会に提出しようとする動きが水面下ではあった。しかし「家族の絆、一体感が失われる」といった反対意見もあり、いまだ実現していないという。このため現在は、実質的に夫婦関係にある男女が婚姻届を役所に出さずに"事実婚"の形で暮らす、ということが行われている。

■近年の裁判ではどんな判決が下されている?

斎藤教授は、2015年に「民法750条(※)を改正せずに、夫婦別姓を認めないことは違憲だ」として、また2021年には「夫婦別姓の婚姻届が受理されないのは違憲」として最高裁で争われた2つの裁判に焦点を当てる。結論から先に言うと、いずれも原告は敗訴した。これらの訴訟では、いくつかの憲法の解釈がポイントになった。そのひとつは憲法第14条(法の下の平等)。最高裁では「どちらかの氏を選択する権利は与えられているため、平等には反しない」との判決が下されている。
※民法750条:夫婦は、婚姻の際に定めるところにより、夫又は妻の氏を称する。

ところで日本国憲法が施行されたのは1947年のこと。70年以上経過し、その当時には想定していなかった(憲法として具体的には記していない)権利も求められるようになってきた。そこで今日の裁判では、個々の訴訟に対する判断の根拠として、個人個人の幸福追求に関する権利を保障した憲法第13条(幸福追求権)が引き合いに出されることが増えている。例えば、プライバシー権、肖像権あるいは、みだりに指紋をとられない権利などなど。

斎藤教授によれば、これらを争点にした裁判は、憲法第13条から判決を導くケースが多いという。そこで今回のテーマに戻る。「氏を変更されない自由」も、憲法第13条から導けるのだろうか。これが2015年、2021年の最高裁でも争点となった。しかし、いずれも「氏を変更されない自由はない」という判決が出ている。

また憲法第24条(第2項)では「(前略)婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」とある。斎藤教授は「つまり夫婦間の改氏の問題も、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚しなければならないんです」と解説する。

ここで斎藤教授は2015年の最高裁において、判決結果には影響が出なかったが、女性裁判官の1人が「改氏により女性は自己喪失感を抱く」といった趣旨の意見を述べていたことに注目。そして大法廷の15人の裁判官のうち、女性裁判官は当時3人おり、その全員が夫婦別姓を認めないことについて違憲の判断を下していた、とも振り返る。もっとも、そもそも論として裁判所は法律の改正を論じるところではない。これには斎藤教授も「民法の改正を論議するのは国会の役割。民法改正のためには、立法権を行使する国会に働きかけていく必要があることは事実です」と話す。

ちなみに現在、運転免許証やマイナンバーには旧姓が併記できるようになり、また民間企業に勤める人はもちろん、国家公務員も旧姓のまま働き続けられるようになった。こうした背景を受けて、最高裁では「ここまで旧姓の通称使用が広まったことで、一定程度アイデンティティーの喪失感、不利益は緩和されている」としている。

■『夫婦別姓』の今後は?

法務省のホームページには、令和3年(2021年)に実施した「家族の法制に関する世論調査」の結果が掲載されている。それによれば、夫婦の氏の在り方に関して後述するような結果が出たという。

「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した方がよい」…27.0%
「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した上で、旧姓の通称使用についての法制度を設けた方がよい」…42.2%
「選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい」…28.9%
「無回答」…1.9%
(令和4年4月 法務省民事局が、男性:1360人、女性:1524人を対象に調査した結果によるもの)

なお斎藤教授によれば、法務省において民法改正の原案はできており、法制審議会も通過済み。今後、『夫婦別姓』について世論が高まることがあれば、再び『選択的夫婦別氏制度』を国会に提出する動きが出てくるのではないか、と話していた。

監修者 : 斎藤 一久(さいとう かずひさ)


斎藤一久

名古屋大学法科大学院教授。1972年、新潟県に生まれる。早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程退学後、東京学芸大学准教授を経て、現職。その間、フランクフルト大学客員研究員、テキサス大学ロースクール客員研究員。専門は憲法学・教育法学。大学院では主として裁判官、検察官、弁護士などの法律家を目指す学生を指導しているが、高校生、大学生、一般人向けに憲法や選挙についての著書も執筆している。著書に『高校生のための選挙入門』『高校生のための憲法入門』(すべて三省堂)、『図録日本国憲法〔第2版〕』『教職課程のための憲法入門〔第2版〕』(すべて弘文堂)、『教職のための憲法』(ミネルヴァ書房)など、翻訳書に『憲法パトリオティズム』(法政大学出版局)などがある。


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