藤井聡太王将への挑戦権を争う第72期ALSOK杯王将戦(主催:毎日新聞社・スポーツニッポン新聞社)の挑戦者決定リーグは、10月25日(火)に永瀬拓矢王座―豊島将之九段戦が行われ、135手で永瀬王座が勝利しました。この結果、リーグ成績は永瀬王座が2勝1敗、豊島九段が1勝1敗となりました。
■両者研究済みのマイナーチェンジ
本局は角換わり相腰掛け銀の戦型に進みました。両者の対局では2局連続での戦型選択です。ともに経験の多い展開ということもあり、序盤の駒組みはテンポよく進みました。プロ間における角換わり相腰掛け銀の基本図まで進むかと思われた矢先、その2手前の局面で後手の豊島九段が飛車を玉の下に回る工夫を見せます。豊島九段としては永瀬王座に6筋の歩を突く暇を与えないことで、のちに桂頭を狙われたときに桂が逃げられるのが主張です。
実戦例の少ない形ながら、永瀬王座は数分の考慮で積極的に桂を跳ねて仕掛けていきます。時間の使い方から見るに、局面はまだまだ両者の研究範囲内であることがうかがわれました。徹底防御の陣を敷く豊島九段に対し、永瀬王座は攻めを継続します。豊島九段は永瀬王座の猛攻を受けつつ銀得を果たします。永瀬王座からすると銀損の実害は大きいように思えますが、その代償に作った馬の働きが大きく戦えるというのが永瀬王座の大局観でした。形勢はまったくの互角のまま推移していきます。
■一手の価値を高める構想
激しいやり取りが落ち着いた80手目の局面が本局のポイントになりました。おたがい敵陣に攻めのくさびを打ち込んでいるため、ここでは先攻の利よりも反撃の威力が大きい局面になっているのです。どちらからも手出しが難しい局面が続くなかで、永瀬王座がじっと歩を打って自玉を守った一手が永瀬流「負けない将棋」の面目躍如となりました。
この局面をたとえて言うなら、攻めの手を指せば自分に5ポイントの利益があるものの相手から10ポイントの反撃が生じるという状況。それならば、自分に3ポイントの得しかない守りの手を指しても相手に1ポイントのメリットの手しか残らないならば相対的に得できる、というのが本局で永瀬王座が採った考え方でした。具体的には、先手が駒得に走って金と香を取ると後手から桂打ちの反撃が生じて逆に豊島九段ペースになるところでした。
■永瀬王座が一気に抜け出す
手を渡された豊島九段は戦場から離れたところにじっと歩を垂らしますが、これを見た永瀬王座は突如ギアチェンジして後手陣への攻撃を開始します。それまでの地味な応酬とはうってかわって、局面は盤面全体を使った激しい攻め合いに突入しました。
難解な応酬が続いたのちに6筋で銀交換の折衝が生じた際、豊島九段は盤上に桂を残す選択肢を採りました。豊島九段としてはこの桂を自陣の飛車と連携させて反撃に出る狙いでしたが、この手に対応して永瀬王座が指した銀打ちが思いつきづらい好手でした。挟撃態勢を築きながら豊島九段の飛車を愚直に取りに行ったこの銀打ちが永瀬王座の勝着となり、ここから形勢の針は永瀬王座に触れていきました。最後は追いすがる豊島九段の反撃を余して、18時47分、135手までで永瀬王座が勝利をものにしました。
勝った永瀬王座はリーグ成績を2勝1敗として挑戦に向け前進。また、豊島九段が敗れて1勝1敗となったため、リーグ全勝は羽生善治九段(3勝)のみとなりました。次局は10月28日(金)に▲豊島九段―△糸谷哲郎八段戦が、10月31日(月)に▲永瀬王座―△羽生九段戦が予定されています。
水留啓(将棋情報局)